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20139/2

映画「風立ちぬ」の抒情性について・10の断想(前川英樹)

 

4.美しさの追究
鮭の骨のような美しい曲線の機体をつくりたいと技術者堀越二郎は思う。その飛行機がたまたま零戦であった。
映画「風立ちぬ」には、世界で最も優れた戦闘機を設計したことへの断罪もなく賛美もない。ただ、最後に零戦の残骸を前に「はい、終わりはズタズタでした」と堀越に語らせている。それはそれでいい。そうでしかあり得ない。
その上で、美しさの追究とは何か。
アート(技芸=技術も芸術も)は、時代の中でそのように、つまり美を最上位にすることでしか、そしてそのように生きることによってしか、成立しない・・・その虚無と愛おしさ。それが宮崎駿の「風立ちぬ」の歴史的にしてかつ現在的テーマのはずだ。「終わりはズタズタでした」の意味を個人的感慨にとどめてはいけない。といって、それを宮崎駿に求めるのではなく、何よりも私たちが[自己-仕事-時代]の関係を常に問い直すこと、それが映画「風たちぬ」から私たちが受け取ってしまったものなのだ。堀越二郎が、美しさを求めてやまなかった零戦の技術が、現在の日本の優れた製造技術に継承されている、という話にしいはいけない。堀越本人がそう書いている([amazon_link id=”4041006236″ target=”_blank” ]零戦 その誕生と栄光の記録」角川文庫[/amazon_link])としても、である。

 

しかし、美しいものは美しい。
戦争兵器にも機能美はある。ファシズムにも美学はある。
レニ・リーフェンシュタールが監督したナチ党大会の映画「意志の勝利」、ベルリンオリンピック記録映画「オリンピア」(第1部・民族の祭典 第2部・美の祭典)、日本の海外向け宣伝雑誌“FRONT”のことなどを思う。馬場マコトの「戦争と広告」に登場するデザイナーたちのことも。

前川4

 

 

美を追求する者が、みな高原の療養所の世界に閉じこもるわけにはいかないとすれば、ではどのような仕事、どのような生き方がありえたか。そしてありうるか。危機の時代に、「人物の内面の微かな気分のゆれ動き」だけを書いていればよいというものでもあるまい。
かくして、アニメ映画「風立ちぬ」の論点は、「表現は(政治から)自立し得るか」という、古典的といっても良い一点に収斂する。

 

<だが芸術の生産において真正さという基準が無効になる瞬間には、芸術の社会的機能全体が、大きく変化を遂げてしまう。芸術は儀式に基づくかわりに、必然的にある別の実践、即ち政治に基づくことになる。>(ヴァルター・ベンヤミン「複製時代の芸術作品」・ベンヤミンコレクション①近代の意味 浅井健二郎編訳 久保哲司訳 ちくま学芸文庫 595P)
註:「真正さ」とは複製時代以前の芸術作品が持つ<唯一性>のことであり、それは例えば展示・展覧という晴れの場で開示される=儀式性・・・と私は解釈している。

 

では、ベンヤミンの言葉の芸術を技術と置き換えることは可能か。技術の自立(あるいは中立性)というテーマ設定は成立するだろうか。それが、アニメ「風立ちぬ」の第二の論点である。

 

 

5.近代日本の技術特性の象徴=零戦。
ガラ系(携ではなく)技術の系譜がここにもある。
あの時代の日本思想の一つの潮流だった唯物弁証法になぞらえて言うならば、日本の技術開発は<量的増大というモメントを欠いたまま、質的転換を追求しようとした>のである。生産インフラという条件が整わないところで高度な技術的課題を解決しようとしたのだ。

 

 

 

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