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20139/2

映画「風立ちぬ」の抒情性について・10の断想(前川英樹)

9.抒情とはまことに厄介なものであり、しかしそれ抜きに人は生きられない。抒情をどう捉え返すのか、近代国家と人々の関係の問題として、実は相当に困難な、しかし重要なテーマなのだ。例えば、私たちの年齢ならばどこかで憶えているいくつかの懐かしい歌は小学唱歌であり、文部省が作った(作らせた)ものだ。国家による抒情の編纂、組織化、制度化・・・、近代とはそういう時代なのだ。

 

「みどりの多い日本の風土を最大限美しく描きたい」と、プログラムに書いてある。
そして、そのように映画に描かれている。
ところで、それ「(失われた?)日本の風土」への共感、は前(反?)近代にまで遡行するのだろうか。あるいは、それは「美しい国、日本」とどう違うのだろうか。そして、ここでも抒情は編纂されるのだろうか。

 

 

10.「微かな違和感」
「微かな違和感」と書いた。
それは、恐らく堀辰雄の感性と堀越二郎の知性のズレから生れるものだろう。同時代人の二人だが、そのようなズレがあって不思議ではない。宮崎駿は彼の抒情としてそれを一つの世界に描いて見せたが、そのような表現では越えられない裂け目が日本の近代には幾つもある。その断裂・断層は別の方法で超えるしかない。
例えば、文学はそのために存在するし、もし今この国に希望があるとすれば、若い作家たちが<それ>を書くことにあると思う。
宮崎駿の「風立ちぬ」が私たちに残したもう一つの問い、はそのような問いであろう。

前川1

 

では、これからNHK「プロフェッショナル仕事流儀 宮崎駿1000日の記録」の録画を見ようか、それともやめようか・・・。

 

 

[私的余話 そのころ、結核は不治の病だった。]
私の母は終戦直後の昭和20年9月、結核で死んだ。父は日本にいなかった。軍人・兵隊ではなく、商社員としてシンガポール、タイ、マレーシア、ビルマ(ミャンマー)などで物資の調達にあたっていた・・・らしい。敗戦で世の中はどうなるか分からず、夫は不在で7歳(兄)と4歳(私)の二人の子を残して逝ってしまった母は、さぞ無念だっただろう。まだ三十前だった。高原のサナトリュウムに行くことはなかった。
顔に白い布をかぶった女の人というのが私の母の記憶である。

 

父が帰国したのは昭和21年2月だった。
父は子供たちの事を考えてということもあったのだろう、再婚した。継母は教育熱心な良い人だった。ところが、敗戦直後の外地での無理(ジャングルを逃げ回ったという)がたたったのだろうか、父もほどなく結核になり、しばらく寝たり起きたりという生活が続いた。そして昭和30年、私が中学2年の時に死んだのだった。パスなどの新薬が漸く登場したのはその頃で、父も服用していたようだが、病状の進行の方が早かった。その同じ年に継母が癌で逝ってしまった半年後のことだった。父もまた無念だっただろう。その時代の子供たちの多くは、それぞれに<戦争>の波乱を背負っていたものだが、私の少年時代も結構劇的な展開だった。
その上、兄は大学入学した時に結核が発見されて1年間入院休学したのだが、さらになんと私もTBS入社内定の後に軽度な結核の症状と診断され、現場の勤務は1年間止められたのだった。両親の死後大変世話になった叔父にその報告をしたとき、「お前の家にとって、結核は業病だなぁ・・・」とその叔父は慨嘆したものだった。まったくだ…。

 

「風立ちぬ」を観た時の切なさには、個人的なそうした記憶、あるいは喪失感を掘り起こされるということもあったのだった。

 

 

 

前川英樹(マエカワ ヒデキ)プロフィール
1964 年TBS入社。TBS人生の前半はドラマなど番組制作。42歳のある日突然メ ディア企画開発部門に異動。ハイビジョン・BS・地デジとい うポストアナログ地上波の「王道」(当時はいばらの道?)を歩く。誰もやってないことが色々出来て面白かった。その後、TBSメディア総研社長。2010 年6月”仕事”終了。でも、ソーシャル・ネットワーク時代のテレビ論への関心は持続している・・・つもり。で、「あやブロ」をとりあえずその<場>にして いる。「あやブロ」での通称?は“せんぱい”。プロフィール写真は40歳頃(30年程前だ)、ドラマのロケ現場。一番の趣味はスキー。ホームゲレンデは戸 隠。

 

 

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