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20129/25

9・25【お前はただの現在であり続けられるのか。いや、ただの現在から脱する時ではないか。】境 治

 

 

フジテレビが日曜19時に放送している『ほこ×たて』という番組が、日本民間放送連盟賞のテレビエンターテインメント部門の最優秀賞をとったそうです。ぼくはこの番組が大好きなので、ひとりのファンとしてうれしいニュースでした。
この番組はタイトルの通り、“矛盾”の由来となった故事をベースにしています。どんな盾でも突き通す矛と、どんな矛にも突き通せない盾があるとして、それを戦わせたらどうなるか。これを本気で実現する番組です。どの番組も同じじゃないかと揶揄される最近のテレビ界にあって、際立った企画性を持つユニークさにあふれています。往年のフジテレビらしさを思い出させてもくれます。
例えば、“どんな物でも破壊する重機”と“絶対に破壊できない壁”といった対決が見られます。対決は20〜30分かけて行われ、クライマックスに向けてのプロセスがよくできています。対決するそれぞれの特徴をいろんな角度で紹介していき、少しずつ最終結果に向けて盛り上げていくのです。批判の多いCMまたぎや無駄なひっぱりもせず、見せるべき物を見せ、語らせるべき人に語らせて徐々に徐々に気分を高めてくれます。構成や演出もほんとによくできていると思います。
でも時折、家族の要望で他の番組を観ることもあり、録画で観ることもあります。そして録画で観ると、この番組の良さはほとんど台無しになります。台無しにしているのは自分自身です。この番組が大好きなのに、録画で観ると本来の良さを台無しにする観方をしてしまうのです。つまり、どんどん早送りし、スキップしてしまう。そんなことしたら、この番組の美味しさであるプロセスを味わうことができなくなる。それがわかっているのに、早送りしてしまうのです。対決の結果だけを観ようとしてしまうのです。そうか、結局鉄球が勝ったのか。そこだけ観てしまうのです。結果が出るまでの30分間、楽しめたはずなのに、それをしない自分がいます。
「お前はただの現在にすぎない」これはほんとにすごい言葉だなあと思います。あやとりブログでも、この言葉をキーにしたエントリーがなんと多いことか。テレビの本質を突き刺してとらえている。でもそこには、テレビの大いなる弱点が暴露されていることに最近気づくのです。
現在じゃないと、途端に力を失う。テレビのコンテンツパワーは、ほとんどの番組においてライブ視聴でこそ保たれる。だからこそ、テレビがテレビ以外のテレビに侵食されると、パワーが保てないのです。
いまの文章、わかりにくいので補足すると、テレビ受像機が、テレビ放送以外の映像コンテンツに侵食されると、録画されて失われたパワーは補えない、ということです。そして最近はテレビ受像機にいろんなアウトプットがつながっています。放送は観られないか、録画で観られる時間が増えていく。
もちろん、録画すると広告効果が失われるからというのもありますね。これに対し、いや録画視聴でも意外にCMは飛ばされないんだぞ、という反論もあります。
でもぼくがここで話題にしているのは、広告の話ではありません。その前に、録画した途端に本来の面白さがなくなるということであり、日本のテレビ制作がいかに「ただの現在」であるために進化してきたかということです。そこには磨きがかかっています。「ただの現在」としての価値を高めるための制作能力は世界一だと思います。
『ほこ×たて』のように賞をとるほどでなくても、なんとなくつけたテレビの、なんとなく見はじめた番組から、いつの間にか目が離せなくなることはしょっちゅうあります。ほんとにうまく作られています。ちょっとしたクイズがあったり、大したことでもないのに次が気になる展開になっていたりで、いつの間にか30分とか1時間見入ってしまった、てなことが何度もある。その手練手管、磨きをかけてきたテクニックはほんとにすごい!でも、もう「ただの現在」であること“だけ”では済まなくなっています。20世紀の間は、「ただの現在」の価値を磨くほど広告価値も高まっていきましたが、もはやそこに正比例の関係はなくなってしまったのです。そうすると、「ただの現在」の価値を捨てる、のではなく、それに加えて、新たな価値を模索せねばなりません。
IPGという会社があります。正式名称は株式会社インターネットプログラムガイドで、Gガイドを生業としています。でもいろいろと変わった試みもしていて、”Gプレス”というインタビュー記事をWEBで連載しています。2012年9月の記事として掲載された、北海道放送のディレクター、藤村さんのインタビューはすごく刺激を受けました。この方は大泉洋を全国的スターに押し上げた『水曜どうでしょう』の制作者です。“視聴率は気にならないのですか?”という質問に、こう答えています。
“私は断言しますが、視聴率はまったく気にしていませんし、ローカル局は気にする必要がないと思っています。「視聴率を気にする」こと自体、全国ネットの論理なのです。”
ぼくはびっくりしました。こんなことを言ってのける人がテレビ界にいるとは!ぜひインタビュー全体を読んで欲しいのですが、そこで言っていることはあまりにも本質的ですし、これからの指針が埋め込まれています。もちろんローカル局だからこそ言えることですし、ヒット作を生み出したからこそ言えることでしょう。でも、決して“特殊な意見”ではないと思います。キー局から見ても参考になることがいっぱい詰まっているのではないでしょうか。
少なくとも、さっきの「ただの現在」に加えた価値、という流れで言うと、『水曜どうでしょう』が他局への販売で成功しDVDセールスでも特筆すべきヒットとなっていることには注目すべきでしょう。だから2次使用できる番組にしなきゃね、ということだけでなく、放送だけでない放送、ということを言いたいのです。放送を核にしながらも、放送だけではない。あるいは、すべからくすべてのコミュニケーションを構想し、その中心が放送なのだ、ということでもある。
それが次世代ということではないかと夢想するのです。そこに新しい面白さがありそうだと考えるのです。まだまだ曖昧模糊としていますが。でも、夢想が形を持つのはそんなに遠いことでもない気がしているんです。けっこう、もうすぐそこなんじゃないかなあ。

 

境 治 プロフィール
フリーランスのコピーライターとして長年活動したのち、なぜか映像製作会社ロボット経営企画室長となり、いまは広告代理店ビデオプロモーション企画推進部長。2011年7月に『テレビは生き残れるのか』を出版。
ブログ「クリエイティブビジネス論」:www.sakaiosamu.com
ツイッターアカウント:@sakaiosamu
メールアドレス:sakaiosamu62@gmail.com

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