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20129/21

9・21【「ただの現在」から考える「メディアと《鎖》」、そして「魅惑のスマホ2.0」】北原俊史

 

 

あまり、お邪魔虫が度々、投稿するのもいかがなものかという気がして遠慮しておりましたが、前川さんと志村さんから「あや取り」していただきましたので、返礼の意味を込めてもう少しだけ書かしていただきます。
まず、前川さん。テレビ界への入口と出口の両方ともにご縁があるというご指摘、光栄です。前川さんが敷いたレールの上を走らせていただいたのかなぁと思います。素晴らしい鉄路でしたが問題は沿線の風景が予想外の急変を遂げたことです。

前回、私は「現在」という時間概念には、管理され記録される「歴史的(意味のある)現在」と、生まれては消えてゆく「ただの(無意味な)現在」が存在し、「テレビは後者であるべきだ」という村木さんたちの主張が若い私の胸を打ったと書きました。方法論的な言いかえを行えば、「論理よりも感情、解決策より問題提起がテレビにふさわしい表現だ」という事になりましょうか。そうであるなら、この2つの「現在」は、それぞれ、「メインカルチャー」と「カウンターカルチャー」と言い換えてもよいかもしれません。世代論的に言えば「大人の時間」と「子供の時間」でしょうか。
思い返せば、70年代くらいまでは、しっかりした言論界とやんちゃで猥雑で、適当に前衛的なテレビに代表される表現世界とが上手に世の中を2分していたように思います。しかし、今、気付いてみれば「メインカルチャー」は雲散霧散し、「大人の文化人・知識人」も姿を消してしまいました。(今の時代、小林秀雄や清水幾太郎にあたる人は、どなたなのでしょうか?)今や政治も言論もテレビ的な軽さをベースにして展開されているかに見えます。別の言い方をすると、思想の座標軸、価値判断の原点を失って、社会・政治から経済・経営に至るまで、日本という国家全体がフワフワと漂流し短絡的で感情的な判断に委ねられるようになってしまったということです。
こうなってしまったことの原因をテレビにだけ押し付けるのはフェアではないと思いますが、いま日本中に蔓延している「(匿名など)無責任な立場から他人の行為行動を徹頭徹尾、感情的に批判して恥じない」「自己の存在を隠したまま他人の存在否定を平気で行う」という怯懦かつ卑怯な風潮は、「子供の時間」代表であるテレビが(そんなつもりはなかったのだが)、世の主流文化を形成するようになってしまったことに遠因があるのではないでしょうか。
その意味で大宅壮一氏が半世紀の昔「一億総白痴化」とテレビ文化を批判したのは慧眼だったと思います。実際に起きたのは「一億総子供化」ですが。

「子供的世相」の最大の問題はもちろん、前述した「自省心無き他者批判・他存在否定」ですが、その他の問題点として「論理性を嫌う、或いは馬鹿にする」というのがあります。ここから派生して「根本からの議論は面倒だからしない」ということになります。従って完全異質な他者とは向き合いたくないので、一定の基本認識を共有するグループ内で(仲間内の秩序感覚の些細な違いから)激しく、いがみ合ったりします。この好例は「2ちゃんねる」で、似たような傾向を持つ人間が一つのスレッドに集まり、中で激突を繰り返していますが、それは、一部を除いてスレッドの外部にはほとんど影響を表しません。
私の認識では90年代にはもう、このような世相になっていたと思います。そしてこの状態のまま格差社会とソーシャルメディアの時代を迎えます。

志村さんは、私のポストと境さんの「人類はソーシャルネットワークで何を作れるのでしょうか」という問いかけを入り口にして、「《鎖》の自縛を防ぐためには個々人の「表現」が必要で、そのためにはメディアからの自立と国家からの経済的自立が必要だ」と述べています。前回、私は21世紀の日本社会が世帯収入格差の拡大という地下水脈により、大きく3分裂し、さらなる格差の拡大に伴い、細分化を続けていると書きました。ソーシャルメディアの長所であると同時に欠点であるのは、細分化した社会グループそれぞれに満足のゆくメディアを提供できる、あるいは提供してしまうということです。この状況を手放しで放置すると、やがて境さんの言うところの「次から次へと王蟲の暴走の起きる無秩序な空間ができるだけ」になるでしょう。
言いたいことを少し整理します。①現在急激に進行している世帯収入格差の拡大に伴い国民の興味関心は、日々、多層化(細分化)し続けている。②ソーシャルメディアの発達は多層化・細分化した社会の中の個々のグループの興味関心に十分な情報を与え、結果として各グループが自己完結し、他グループへの関心を持たないで済むことを助長している。③これは、国家など社会全体の大きな鎖から人々を解き放つが、同時に、各グループごとの小さな鎖の形成を促し、無数の「小さな秩序の発生」=「《鎖》の自縛」を引き起こしている。
こうした傾向の行き着く先は、おそらく、社会全体のダイナミズムの喪失(小グループ乱立による社会全体の連動性の減衰)、つまり、既にその萌芽がみられる無縁・無関心社会の到来という事になりましょう。

このような、あまり嬉しくない未来の到来を、どのように防ぐことができるか。解決策として私が注目したいのは、志村さんの「スマホ2.0」です。志村さんの発想法には、いつも感心させられることが多いのですが、「スマホ2.0」の考え方もすこぶる刺激的でした。

>「夜7時」ではなく「日没」に合わせたコンテンツ配信が、スマホ+モバイルブロードバンドでは可能である。
>2010年代の「スマホ2.0」では、リアルな空間と時間のなかに、映像メディア体験を配信することになる。
>テレビ(受像機)との関係性を離れた、スマホがファーストスクリーンになるイノベーションが起きるだろう。
>スマホ上では、「暦」のような一律な時間ではないが、受け手の自由でもない、表現者(メディア)が時間を刻めるのだ。

視聴者サイドから考えると、これはつまり、時空間のみならず、スマホで分類できるメタデータであるなら、どんなものでも(個人情報保護の観点はとりあえず除いて)ある一定の要件を備えれば、特定の番組が配信されてくるといったことを意味しているように思えます。なんとなく、ドラクエなどのロールプレイングゲーム設計で使われる「イベント」に似ていて、面白いですね。
制作サイドからすると厳密なターゲティングが可能となり、一定のコアなファンはいるがマスメディア的には扱いにくかったサブカルチャー的素材、バンド、劇団、芸人、などを扱うことも容易になりそうです。放送経営的観点からは、様々な固定費が圧縮できそうなので、制作費の損益分岐点を大幅に下げてくれそうな気がします。であるなら、例えば「ハーレクインロマンス」のドラマ化とでも言うべき番組をあまり手間をかけずに量産して、「都会から海辺に来た10代~20代の女性」に向けて「夕日の沈む時間」に配信して利益をきっちり出すなどということも出来そうに思えます。
いずれにしても、「スマホ2.0」で刻まれる時間は、送り手のものでも、受け手のものでもなく、作品世界そのものが刻んでゆくこととなるのでしょう。この、送信側にも受信側にも主体性を持たせない、新しいメディアの在り様は、社会全体の細分化に大きな歯止めをかけてゆくような気がします。そもそも、この様なメディアでは《鎖》を形成してゆく事は不可能となるでしょうから。

更に面白いのは、この「スマホ2.0」では国境が意味を持たなくなることです。日没にあわせて、感動を呼ぶ何かを配信する対象は別に日本人である必要は無いわけです。せりふ・ナレーションなどある場合は翻訳が必要ですが、受信者のナショナリティにあわせて英語や中国語などのバージョンを予め用意しておいて配信すれば、まず問題ないはずです。
要するに、「スマホ2.0」が世界標準となる時には、ジョン・レノンの夢想が実現するかもしれませんし、そうなってほしいものだと思います。

 

北原俊史プロフィール
1976年NHK入社。「歴史への招待」「YOU」など教養系、青少年番組系のディレクターを約15年。「新・電子立国」「マネー革命」「故宮」など特集 プロデューサー約10年。番組広報部長、衛星第2放送編集長、放送文化研究所メディア研究部長などを経て、デジタル放送推進協会(Dpa)理事。なぜか中 小企業診断士の国家資格を持ち、休日には町工場の親父さんの相談に乗っている。もちろん制作プロ、放送局の経営相談にも応じます!!

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