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20139/17

「風立ちぬ」が語らなかったこと(稲井英一郎)

「生きる」へのオマージュ

 

長編アニメ製作から引退する宮崎駿監督が最後の作品としてつくった「風立ちぬ」をみた。泣けてよかった。よかったが考えるところがとてもあった。いろんな評価軸からいろんな点数がつけられる、奥行きの深い良い映画だと思う。

 

稲井2「風立ちぬ」公式ホームページより  (C) 2013 二馬力・GNDHDDTK

 

 

この映画は、80歳を過ぎる私の母が初めてジブリのアニメ映画を観たいといい、実際に観にいった映画だ。
自分がみる前に、母の高い評価を聞いていたので期待は大きかった。母は、「あれは昭和史だ」と云った。あの通りだったといい、懐かしそうな表情を浮かべた。
母は戦時中、女子挺身隊として故郷から遠くはなれた軍需工場に同級生らと派遣され、その後、郷里に戻ったときに空襲で焼け野原になった町で呆然とし、その後の食糧不足で飢えに耐えた日々を経験している。
住み慣れた町が焦土となった風景。顔見知りの農家のひとたちが、なかなか農産物を売ってくれずに食料確保に苦労したことなどが、特に記憶に残っているそうだ。
召集された男兄弟は多くが大陸に派遣され、関東軍の参謀らに置き去りにされ現地で亡くなった伯父もいる。この盆も伯父の墓参りをしたところだ。

 

その母が、あの通りだったというのは、映画に描きこまれた、あの時代に生きた人々の日常感覚、時間感覚だろう。映画で再現された、郷土が美しく礼儀正しい中流社会の人々を描いたところは、戦前もそんなに悪くはなかったという、あの時代にふつうに懸命に生きた人々へのオマージュではないかと思う。
与えられた環境のなかでしか普通の人は生きられない。そこで懸命に生きること自体が尊いという監督のメッセージだ。
実際、宮崎監督は半藤一利氏との対談で「(自分の)親父が生きた昭和を描かなきゃいけない」と語っている。同時に、主人公のキャラクター作りの過程で、「堀越二郎」と「堀辰雄」と自分の父親が3人のキャラクターが混ざってきて訳が分からなくなった、とも述べ、最後までストーリー展開に悩みぬいたことを正直に語っている。

 

 

 

語られなかったこと

 

ところであの映画には、宮崎監督によって選択されずに(いや、むしろ選択されてか)、物語からはずされた要素が山ほどある。それは、あの時代を知る人々が思い出したくない世界だ。
宮崎氏は、軍人のいうことなんか描きたくなかったといっている。確かに、あの時代の軍首脳などを物語に登場させていくと絶望的な気分にさせられただろう。
多くの歴史研究家や作家などが調べ遺した昭和史や太平洋戦争史を読むと、天皇を補弼する軍首脳の多くが、思慮不足で長期展望がなく、無責任で、その場しのぎの言動を繰り返していたかが分かる。

 

もちろんメディアも偉そうにはいえない。いや、むしろ軍よりも熱くなり開戦を煽った事実がある。好戦的な、帝国陸海軍の活躍を載せた記事を書くと、新聞の部数は跳ね上がった。
それは日露戦争いらい、戦争を煽る方が儲かるという編集方針が確立されたからであり、満州事変や真珠湾攻撃などを経るたびに、競い合って煽り度合いは高まっていった。
戦争遂行協力を強制されたというより、経営的な観点から積極的に舵をきっていった印象がつよい。どこまで戦争回避に本気で抵抗していたか、疑問だ。
作家や評論家、学者もそうだ。真珠湾攻撃の日に、攘夷の完遂だといい、戦争を憎むが故にあえて戦争をする、という詭弁を使った者もいる。
そうしたひとたち、企業が戦後になって豹変した。ほとんどが自己を客観的に総括せずに、今度は戦前を否定する側に簡単にまわった。
そして戦後うまれたテレビも、歴史を公正かつ客観的に顧みる作業に、真正面から取り組んできたとは言いがたい。

 

 

 

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