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20144/1

テレビの底力②

急成長する「再送信同意料収入」

 

前回、米国地上波テレビ局は総収入の約三分の一をニュース番組の広告収入から稼いでいることをお伝えした。地上波の経営基盤はニュースが支えている割合が大きいのである。

 

そのテレビ局の、もう一つの強みが、ここ5,6年で急速に伸びている「再送信同意 料収入」だ。これも前回同様、民放連の「経営四季報2013冬」号の特集記事(大寺廣幸氏)から数字を頂戴し、筆者がグラフ化してみた。

再送信同意とは、ケーブル局やインターネットのオンライン配信業者などに自局の番組を配信しても良いと認める代わりに、彼らに支払ってもらう権利料収入である。
たとえば2012年度は、全地上波テレビ局収入の合計、25,035百万ドル(=約2兆55百億円)のうち、再送信同意料収入は2,361百万ドル(=約2,400億円)となった。(※$102円として計算)
実に全収入の1割近いシェアを占めている。しかも、この金額は毎年グングン伸びて、6年前に比べて11倍の規模にまで成長してきている。

 

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民放連「経営四季報2013冬」より(数字の出典はSNL Kagan)

 

ケーブル局等への権利料がグングン上がっている背景は、テレビ局側の番組制作力や編成力が依然として強大ということがある。特にネットワークテレビはケーブル側に強気の料金値上げ交渉に臨んで、その果実を手にしている。
去年、CBSは再送信料の大幅な値上げをタイムワーナーに要求し、値上げに同意しないタイムワーナーへの人気番組供給をCBSが止めるという「ブラックアウト」騒動が起こった。結局、人気番組の供給を止められたタイムワーナー側がしばらくして白旗を掲げ、CBSは顧客一人当たりの再送信料金を倍以上に引き上げることに成功したと報じられている。

 

 

オンライン広告収入は新たな成長へ

 

もう一つの成長分野が、米地上波のウェブサイトで掲載された広告や、オンライン配信された番組に付けられた広告から来る「オンライン」収入だ。 2012年は1,375百万ドル(約1,400億円)であるから、総収入の約5%あまりがオンライン広告収入となる。これも6年間で2.3倍に膨らんできた。

 

米テレビ業界は、2008年のリーマンショックの悪影響やインターネット広告の急成長で割りをくい、売上を落としてきた。
しかしその傾向も終わって回復基調に入り、2012年度は総収入が2兆55百億円となった。これはリーマン前である2006年度の約2兆51百億円(24,623百万ドル)を+2%弱ではあるが、少し上回る水準である。
新しい収入である再送信同意料収入とオンライン広告収入が、過去6年ほどで急成長をして一度落ち込んだ収入全体を押しあげたのである。

 

通常の放送を主軸としながらも、ケーブル局やネット配信向けにも自局の番組をどんどん提供し、その対価はがっちり頂くという姿勢が際立ってきている米テレビ業界。 これが、米CBSグループの最高経営責任者レスリー・ムンベス氏の言う、「今後いかなるプラットフォームも問わず配信していくことになる」という考え方に示されるマルチスクリーン戦略である。

 

Leslie Moonves

CBS最高経営責任者レスリー・ムンベス氏(Wikipediaより)

 

しかもムンベスCEOは、オンライン配信される番組に挿入されるCM料金が、向こう3~5年間で、地上波のCM料金と同じ水準になるだろうという驚くべき見通しと自信を昨年秋に表明している。
実現すれば、オンライン収入は数倍以上に伸びる可能性があり、米地上波テレビ局は新たな黄金時代に入る可能性すらある。

 

この自信には相応の理由がある。米国では2012年あたりから景気回復に伴って視聴率1%あたりの広告料金が急回復し、地上波の広告収入が増えきている。
この動きを加速しているのが、依然として増え続けている中南米からのヒスパニック系移民の存在だ。

 

 

増え続ける新移民

 

比較的若い世代が多いというヒスパニック系移民の購買力を目当てに、米国はスペイン語系の新しいケーブルテレビ局が誕生している。
2012年はコロンビアのRCNテレビと、米FOXとの合弁である「ムンドFOX」という新しいスペイン語放送のネットワークが夏からサービスを開始した。老舗局では「ユニビジョン」や「テレムンド」という人気のあるスペイン語系ネットワークも存在する。
こうしたヒスパニック向け番組広告収入は10%近い高成長を謳歌中だ。

 

この成長はまだまだ続くと見られている。
というのも、2010年の国勢調査ではヒスパニック系の人口が全体の16%だったが、2030年には22%まで増えると米国土安全保障省が予測しているからだ。
しかも、2060年には実に30%を超える存在になるという。

 

MUNDFOX facebook

ムンドFOXの人気番組「EL Capo 3」(MundoFoxのfacebookページより)

 

景気回復と移民人口の増加を背景に、米テレビ業界は、デジタルコンテンツの新しいスクリーンとなったiPhoneやiPadが出てきても、基本的には、そんなに動じていない。 それは、ニュース番組を初めとする番組の面白さ、魅力、ラインアップに自信があるからであり、その番組を新しいデジタル系動画スクリーンに提供して稼ぎを増やしていく貪欲さに裏打ちされているからである。

 

貫くポリシーは至ってシンプルだ。
あらゆる世代に複数の言語で、あらゆるスクリーンに番組を提供してマネタイズする。
番組というソフトパワーを握り続ける米地上波局は、ニュースとエンタメ業界の風上に位置する強者であり続けている。
そしてこれを可能にしているのは、米国民に与えるテレビ広告の影響力の大きさがある。

 

 

強大な広告価値は今もなお

 

少し前になるが2011年11月、世界的な監査法人であるデロイト・トーマツ・コンサルティングが日本、米国、ドイツ、フランス、豪州などでメディアの利用動向についてインターネット国際調査を行ったところ、人々の購買行動に最も影響を与える媒体として米国人のおよそ半分近い46%が選んだのがテレビだった。(次に米国人に選ばれたのがインターンネットの20%)
これは、日本28%、ドイツ31%、フランス36%、豪州34%に比べても突出して高い結果だった。米国ではテレビ広告そのものが人々に影響を与え、依然として大きな購買パワーを持っているのである。
番組が多くの視聴者を惹きつけ、その前後に流されるテレビ広告は、今も視聴者の購買意欲をかきたてている。

 

先日発表された米CBSコーポレーションの2013年度第4四半期(10-12月の3ヶ月)は純利益が前期に比べて20%も増えて4.7億ドル(=約480億円!)という過去最高益をたたき出した。
3ヶ月間で稼ぐ純利益が、日本のキー局が年間に稼ぐ純利益の数倍、もしくはそれ以上であるのだが、広告収入の好調さに加えて、AmazonやHuluなどオンライン番組配信業者への売上や、ケーブル局からの再送信同意収入も大きく伸びて絶好調の業績となっている。

 

ちなみにHuluはNBCやABC、FOXなど大手テレビ局が番組をネット配信するために、出資してプラットフォーム事業に乗りした会社だ。
しかし、株主であるテレビ局とHulu経営陣が経営方針をめぐって対立することが多く、身売りの噂も流されてきた。ネットユーザー向けに無料で番組を配信してユーザーを集め、シェア増加を狙うことを主要戦略のひとつにしたい経営陣と、無料配信の増加は既存ビジネスモデルを傷つけると考えるテレビ局側の利害はなかなか一致しなかった。

 

そのHuluは2013年、増資して資金力を高め、CEOもテレビ出身者に交代した。
テレビ局からの番組調達に力を入れ、その甲斐あってか2013年の売上は前年の700億円から1,000億円に拡大している。有料会員が500万人を超えて、また無料視聴する人には広告付きで配信されるので、スポンサーも増えているという。
一方、CBSは、視聴者がどこのプラットフォームで番組を視ようが自分たちは気にしないという立場をとり、プラットフォーム事業には手を出す気配がない。
番組こそが力の源泉と考えているからだろう。

 

日本のテレビ業界にとっては、垂涎の的のような活力を見せる米国テレビの底力。 そこに、死角などはないように見えてしまう。

 

 

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
TBS入社後、報道局の取材記者として様々な省庁・政党を担当。ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。その後はIR部門で投資家との交渉にあたったほか、グループ会社でインターネット系新規事業の立ち上げに奔走。
趣味は自転車・ギター・ヨット、浮世絵など日本文化研究。新しいメディア経営のあり方模索中。

 

 

 

 

 

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