あやぶろ/OLD

テレビの中の人による唯一のテレビ論、メディア論ブログ

© あやぶろ/OLD All rights reserved.

20126/19

6・19【「拡散力」と「収斂力」 テレビ×ストリーミング×ソーシャルで何がおきるか】稲井英一郎

 

 

試行錯誤

「あやとりブログ」に私が書き始めたのは「東通」という日本屈指のテレビ映像技術会社がインターネット配信スタジオ事業を去年9月から始めたことがきっかけです。事業の責任者のひとりとして「あやとりブログ」に書いてみないかと氏家さんからお誘いを受けたのです。

激変するメディア・経済環境にあって収益力の低下傾向に面した放送関連企業。新規事業ということで立ち上げたネット配信事業は赤坂の本社B1に小さな専用スタジオを設置して、会計上の償却は終わっているけれど実際にはまだ使える放送機材を中心にインターネットで動画を生配信できるようにしたところからスタートしたものです。今回はその続報。

事業開始の当初は、スタジオに来てくれさえすれば個人でも手軽に低料金でトーク、音楽演奏など好きなことを自由に配信できることが結構ウケルのでないかと期待していたのですが、個人はさっぱり来ていただけない。
セミナーや企業広報、IR、商品販促などに活用してくれそうだ、と期待していた企業もなかなか利用していただけない。

試行錯誤しながら営業をかけていくうちに少しずつ仕事も入るようになってきました。今はキャッシュフローベースで何とか黒字化のメドもたっていますが、さらに飛躍していくにはキッカケが必要です。
ということでビジネスから少しだけ離れて、ノウハウの蓄積や宣伝告知、地域貢献もかねて自主番制作番組を試すことにしました。

 

江戸時代に「タイム・ストリーミング」

2012年6月8日のUSTREAM配信。われわれが配信したのは徳川将軍家の産土神(うぶすながみ)だった山王権現(山王日枝神社)のお祭り「山王祭・神幸祭」。
早朝から夕方まで、山車三基に宮神輿一基などを担ぐ神社の総代役員や氏子青年など500人が加わったおよそ300mの巡幸御列が皇居周辺を練り歩くもので山王祭のハイライトです。

三大将軍家光の時代より代々の将軍上覧にも供した江戸城鎮守の「天下祭」だけあって、江戸市街の半分をカバーする氏子区域をまわるだけで移動距離はなんと23キロにおよびます。ちなみに江戸の残り半分は神田明神の氏子であり、山王祭は神田祭とともに大江戸二大祭といわれ交互に隔年で開催されていました。
これを無謀にも?すべてを追いながら巡幸の主要経路を基本的に全部配信することに挑んでみたのです。

  

(塗りつぶした箇所が巡幸を配信した場所~現地図は山王日枝神社HPより)

 

移動しながらインターネットで生配信(ライブ・ストリーミング)できる機材をかつぎ、複数のチームに分かれて交代しながらの追跡配信。といっても御列について歩くだけでは「良い絵」は撮れません。ここぞ、というポイントではじっくり絵を見せながら約12時間以上にわたる作業となりました。

 まず、個人的に一押しの映像がこちら。
山王祭は幕末の天才浮世絵師、歌川広重の代表作であるシリーズ「名所江戸百景」のなかの「糀町(こうじまち)一丁目山王祭ねり込」でも描かれています。
下の写真はその浮世絵でかかれた場所を広重と同じアングルで配信した映像。

 

日本三大祭日枝神社山王祭・第2部映像の31分20秒頃

 画面右手が国立劇場の前あたりから九段方向に向かってカメラを向けた映像、画面左手が広重の浮世絵で、両者を並べて表示した瞬間です。正面に見える実景は内堀とその土手で、右上にひろがる森のなかに皇居(江戸城)の半蔵門が隠れています。

 こうすると広重の絵が実景にそっくりであることがよく分かります。インターネットのデジタル技術を活用して時間軸・空間軸の複層で150年の時を隔てた景観を重ねると、タイムスリップ感覚とストリーミングの楽しさの両方を味わうことができます。
これ、「タイム・ストリーミング」とでも申せましょうか。

 ちなみに広重がこの浮世絵を刊行した安政3年(1856年)は前の年に首都直下型の安政の大地震が起こり、入江を埋め立てて整地された日比谷あたりの大名屋敷が全半壊するなど、隅田川東岸地域や江戸城下の大半が地震と火災による甚大な被害にあい、少なく見積もって死者およそ7千人を出したとみられた翌年です。

 この絵を広重がスケッチしていたまさにそのとき、江戸城の半蔵門は崩落したままで修復の最中でした。それでもお祭りが挙行されたのは、自粛を申し出た神社側に幕府が命じたからといわれ、地震の爪あとから復興しつつあることを江戸の市民に印象づけたかったのではないかと見られます。今の時代状況との強い相似を感じさせます。

ローカルから世界に、世界からローカルに

 

銀座から世界に向けて映像が配信された

 さて、こちらは銀座四丁目、和光時計塔の前の交差点。午前8時まえに出発した行幸御列は午後3時半頃にようやく一番山車がここに到達しました。交差点は外国人観光客も多数待ち構えて100人ほどが「ねり込」を見学しました。
一番山車の諌鼓鶏(かんこどり)は、広重の絵の左半分に描かれている山車が、まさにそれ。浮世絵の中央遠景に小さく描かれている烏帽子狩衣(えぼしかりぎぬ)姿の猿の山車とともに、まこと絵になります。

 この日は終日、好天に恵まれましたが、過去にゴルフ中継などで鍛えていたはずのスタッフも慣れないアスファルトのうえを長距離移動する疲労は相当なもの。
しかし、その疲労を吹き飛ばしてくれたのが、ストリーミングを視聴してくれた人々の応援でした。累計で10,197人の方に視ていただき、その中には海外9カ国からのアクセスも含まれていました。
アメリカ西海岸にいる日本人の方からは、まるで東京にいるみたい、と好意的なメッセージがソーシャルで東京の赤坂まで届けられました。遠くはフランスやスウェーデン、メキシコからの視聴者もいました。

 赤坂の映像技術会社が世界に、東京のローカル映像を拡散することができ、世界から個人の共感が還流して赤坂に届けられ収斂する~これがWebストリーミングの可能性です。
もちろん23キロの道のりをほとんど途切れさせることなく継続配信できる機動力と技術力、運用ノウハウを持っているからこそ出来た部分もあります。

「拡散力」×「収斂力」=触媒的創造?

その「拡散力」は、テレビメディアに比べると1/100、1/1000ですが、それでも4桁の人にリーチできる。もうちょっと頑張れば5桁のリーチ力を手にできる。1万人以上のリーチが実現できれば、これはビジネスベースの領域に入れます。

 しかし、より重要なのはソーシャル機能を活用した「収斂力」がWebに新たなパワー与えている面だと感じます。小なりといえども拡散したリアクションがまた東京のローカルに戻ってくる「収斂力」。配信中にSNSで状況や感情を共有できると、リアリティ~いま同時に事が進行しているという臨場感~が、いっそう光沢をまします。

 ここで気づくことは、ひょっとしたら、この図式は次世代のテレビメディアのロールモデル、標準形のひとつになりうるという予感です。
巨大なリーチ力を持つテレビがつくった第一次創造の「拡散力」とWebの新しい力である「収斂力」の適度な組み合わせ、最適化があれば、テレビのジャンルによっては新しい番組視聴スタイルや楽しみ方が提示できるのではないか。

 それはメディアのリーチに着目する量的拡大論ではなく、クロスオーバーサービスが触媒となって、うまくいけば第二次創造という新たな化合物や階層(レイヤー)をうむ質的変化、外山滋比古氏の表現をお借りすれば「触媒的創造」が起こる可能性を予感させます。

  

 


マルチスクリーン型放送のロールモデルは

じっくり視たい今クールのドラマは、収斂力は必要ないかも知れない。内容が勝負という従来型テレビの論理が貫かれるでしょう。しかしVODで視る過去のドラマなら収斂力で新たに感情・気分を共有できたほうが楽しいかもしれない。
スポーツの試合などは「拡散+収斂」が最大の威力を発揮しそうな気がします。たとえば茶の間にいながらにして、スタジアムで仲間と野次りながら観戦しているかのような擬似臨場体験。お笑いやトークショーなどの劇場型コンテンツにも応用がききそうです。いや、もっと楽しく魅力的なアイデアが出てくるかも知れません。

 いま盛んなスマートテレビ論やソーシャルテレビ論は、Web(ソーシャル)の拡散機能、もしくは収斂機能のどちらかだけで論じられることが多いのではないでしょうか。
Webの拡散機能を過大評価して、SNSと組み合わせると番組視聴率が数%あがるのではないか、という期待を膨らませる人がいる一方で、収斂機能に着目して新たなコミュニティ形成こそが次世代のテレビの主な役割とする議論が他方にあります。

 これって、両方うまく組み合わせてナンボのもの、というのがWeb配信やっての実感です。だからこそマルチスクリーン型放送サービスにトライしはじめたテレビ局や広告代理店のチャレンジに注目し、わたしたちもその一角に参加しました。
詳しくは今谷さんのポストをお読みいただければ分かりますが、これ以外にも様々なマルチスクリーン型サービスモデルが提案され、本ブログや境さんのブログ議論・研究も始まっています
そしてロールモデルとなれるものは今谷さんの指摘されるように、人々に習慣として受容されるものになるでしょう。

幕張メッセのIMCで展示された在阪5局のマルチスクリーン型放送サービス

 もっとも、拡散される番組やコンテンツが「野暮」にすぎないと、すぐれた触媒をもってしてもいかんともし難いでしょうが・・・

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

    • Hidekazu Imatani
    • 2012年 6月 21日

    ありがとうございます!

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

20146/18

そこに、パースペクティブ=展望はあるか?2014年の論点⑤

停滞する民主主義が進化する途 ワールドカップの中継番組の瞬間最大視聴率が50.8%だったそうです。このニュースを見…

20146/18

そこに、パースペクティブ=展望はあるか?2014年の論点④

ストレンジなリアリティー:ガンダムUC ep7を見て考えたこと 『機動戦士ガンダム』は30年以上前に、フォーマット…

20146/17

情報“系”の中のテレビジョン

6月は、いろんなことがある。 会社社会では6月は大半の会社の株主総会の季節だから、4月の年度初め、12月の年末とともに一つの区切りの季節だ…

20146/16

テレビというコミュニティ。あやブロというコミュニティ。

あやとりブログに文章を書くようになってかれこれ二年以上経ちました。2011年に出した『テレビは生き残れるのか』を読んでくださった氏家編集長か…

20146/13

ワンセグ全番組タイムシフト視聴は視聴率を下げるのか検証してみた〜ガラポンTV視聴ログより

リアルタイムの放送をテレビで視聴する人が増えることは良いことです。 言うまでもなくこれは「視聴率が上がる」ことを意味します。 &nb…

ページ上部へ戻る