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201110/7

「生放送」の「ゆるさ」と「ライブ感」は両立する!? - 稲井英一郎

 それは社内レイアウトの変更がきっかけだった。

「あれ、地下の会議室でちょっとスペースが余るみたいだね。」
レイアウト変更の図面を見ていた、ある役員のふとした思いつきからUSTREAM スタジオ+の赤坂プラスはできたようなものだ。
 「このあまった小部屋でスタジオみたいなもの、できたら面白いね!」
そう、面白いかもという発想。これこそが本来テレビ業界が草創期のころから得意としてきた精神、センスである。

 東通は来年で創立50年を迎える。今でこそオールドメディアと言われるテレビ局だが、戦後のテレビ登場のインパクトはインターネットどころではなかった。そのテレビ局と二人三脚で戦後の色々な番組を創ってきた東通は、名作ドラマ制作やプロ野球、ゴルフなどのメジャー系スポーツ中継を数え切れないほど担ってきた。

ゴルフトーナメントの18ホールを通じてプロが打った時速180㌔の軌道を完璧に捕捉できるカメラワークは滅多に習得できるスキルではない。しかもグリーンに乗った石川遼プロのボールがどんな軌跡を描けばカップインできるか、地形のうねりを計測して転がり方を予測する「パッティング・シュミレーション・システム」を開発した技術力も持つ。
絵音をつくり、収録し、電波に乗せて飛ばす技術は豊富な経験に裏打ちされて日本最高の水準にあるが、一方で閉鎖的な業界の中で仕事が完結してきため、古参兵的なイメージがつきまとっている。

 そんな集団がインターネット用のスタジオを開設しウェブ事業に進出する。この図式が予想外に注目を集めたのか、テレビ東京のニュース番組「ワールド・ビジネス・サテライト」からUSTREAM特集の一環として取材の申し込みがあり、事業の狙いなどについてインタビューも受けてしまった。

 さて「あやブロ」読者はとっくにご存知だと思うが、USTREAMとはインターネットでどんな個人でも「生放送」を世界中に配信できるネットワークサービスである。そのサービスをアジアで担っているのがUSTREAM Asia株式会社だ。

 USTREAM自体、歴史はそれほど古くない。誕生したのが5年前の2006年夏とされ、日本でソフトバンクが出資して日本語版サイトを開設するなどサービスが強化されたのが去年。今年の震災発生時にTBSなどの災害報道を同時配信したこともあって、一気に存在感を高めた。

今年の8月、一ヶ月間の視聴者総数は全世界でおおよそ4442万人、視聴回数にあたるページビューは1億4千万PV、総視聴時間は3600万時間にのぼった。
 単純計算すると全世界で平均143万人が毎日USTREAMを視聴していたことになる。視聴者数は日本でもハイピッチで右肩上がりの状態が今も続き、著名企業も宣伝告知の有効ツールとして続々と活用しだしている。

 このUSTREAMの強みのひとつは過去のライブ映像も検索できる点だ。

 たとえばこの稿を書いている9月29日、午前11時から始まったソフトバンクの携帯・スマートホン2011冬-2012春の新モデル発表会は、孫社長自らが登壇してUSTREAM上で2万人が生で同時視聴していた。終了後、その模様はアーカイブに格納され、録画映像で視る人が相次いだ。そして8時間後には驚くことに27万人!に達したことが画面に表示された。

 その再生視聴数はウェブビジネスで言われてきたロングテールモデルのように時間軸に沿って累積していく。テレビ放送の瞬発力のある強大なリーチ力には適わないが、検索という機能が加わると集客力が飛躍的に増していく。

 USTREAM Asia初のスタジオ運営公認パートナーとなった東通の赤坂プラス(USTREAM Studio+ Akasaka plus)は今年9月にグランドオープンしたばかりだ。開設準備開始から数えても、まだ7ヶ月しか経っていないこともあり、スタジオの認知を広げるため自社コンテンツをこれまで10本程度、制作配信してきた。

 作曲家である小林弌(はじめ)氏のパーカッション教室や、赤坂氷川祭の宵宮や神幸祭で一世紀ぶりに繰り広げられた山車の巡行、赤坂スィングフェスティバルでJAZZボーカルを熱唱した宇崎竜童さんのパフォーマンスがアーカイブに並ぶ。
これらの配信では生の視聴時に事前の告知が十分になされず、十数人という寂しいものもあったが、総視聴者数はロングテール効果のおかげで今は5000人を超えている。この種のリーチ力はテレビにはないものだ。そして集客実績が累増するほどメディアとしての価値もあがり、それがより多くのお客を呼び寄せる好循環を創り出していくはずだ。

さて、あまった小部屋の活用から始まったUSTREAスタジオ+を始めるにあたって、スタッフに伝えた、というか、自分に向けた心構えがある。それは「地上波の価値観と感覚を持ち込まない」というもの。具体的に言えば
① 予定調和の排除 ②顧客目線 ③ 速断即実行

東通は地上波番組を半世紀の間、技術面でテレビ局に制作協力してきたため、慣れ親しんだ価値観は地上波のものである。いまのテレビの作り方は「予定調和」が基本。アドリブ連発や生情報系番組のように見えても入念なリサーチと打ち合わせで流れを決め台本に沿う進行が多い。
 インターネット系コンテンツの制作予算は地上波番組よりも桁が一つか二つ、低い。「予定調和」を排さなければ、とても少人数低コストでこなせない。

また常に使うお客の目線を意識する。ネットユーザーは気長に待ってくれない。この料金で使う気になるのか?欲しいサービスは欠けていないか?予約時にイライラさせないか?

そしてITデジタル界の技術とビジネスモデルはマウスイヤー(すでに犬ではなくネズミ)となり陳腐化が早い。Googleのエリックが言うように、会議で意見が出尽くしたら、その場で決める速断。facebookのマークが「ムーブファスト」と言うように(そうだよね、山脇さん)直ちに実行。

その結果「なんだ」という結論になるのだが、これって面白いよねという「ゆるい」ライブ感のあるストリーミング放送。その新鮮でゆるい心地良さが視聴者を惹きつけ、個人にまで裾野を広げた、多様性をもった「生放送」群となり、たった9坪のパノラマスタジオが世界に発信する新たな「アゴラ」(広場)となれる可能性に、ようやく私たちは気づくのである。

 そして、さらにUSTREAMの強力な機能がある。それはソーシャル・ネットワーキング・サービス=SNSとの連動だが、これは稿を改める。
(了)

稲井英一郎(いない えいいちろう)
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

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