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20132/15

4Kテレビ放送を考えてみた:その①

来年夏から日本でも4Kテレビ放送が開始されるというニュースをきっかけに、放送、電機、IT、Web業界界隈で馬券予想が盛り上がっている。
4Kテレビは売れない、必要じゃあない、いや売れる、欲しい、3Dの二の舞だ、いやあのときとは違う・・・云々。

いろんな評者が自分の意見や評価をブログでも語っていて面白く読んでいるが、ことテレビへの導入見通しについては、テレビの技術会社にかかわる映像供給側の身としては、もう少し突っ込んでこの問題を考えてみたくなる。

結論からいえば現行地上波で4Kテレビを導入するには困難な課題が多すぎる。
しかし私見だが、将来導入しなければ地上波放送の優位は崩れるかも知れないとも思う。

まず、直面する課題から。

東通の4K対応新型中継車R-32012年秋に完成した4K対応の新型テレビ中継車(東通所有)。
日本ではまだ数台しかない。

 

伝送容量の話

4Kというのは単純にいうと、現行のHD(ハイビジョン)放送をしている地デジ映像の解像度が4倍になることだ。もともとデジタル放送では膨大な映像のデジタルデータをそのまま電波で送ることができないため50分の1程度に圧縮(エンコード=符号化)して送り、家庭で受信したときになるべくもとの画像に近い状態に復元(デコード=復号)して描画する。

しかし日本の地上波でハイビジョン放送に使っているMPEG-2というやや古い動画圧縮方式では圧縮率がまったく足りないため、4倍の情報量になった4Kデータを地上波帯域の電波にのせることができない。

従って4K放送を地デジで可能とするには、圧縮技術をより効率の高い方式でデータを今の4分の1以下にするか、政府に放送電波の帯域を増やしてもらう、ということになる。
帯域を地上波の4Kのために増やしてもらうことができるはずもないので、圧縮技術を開発するしかない。これについては、後にふれる。

ところが、圧縮方式を変更するには、2011年7月に整備をおえたばかりの地デジ送信網のうちコーデック(符号化と復号)に関する設備を置き換える必要が出てくる。
この再投資に当然追加費用がかかる。もちろん受信側(視聴者)もデコードできるテレビ端末に買い換えるか専用の変換器やチップが必要になる。

おまけにテレビ端末の買い替えはすぐには進まないから、テレビ局としてはアナログからデジタルへ変換したときのように、圧縮した2種類のエンコードデータを、かなりの期間、同時に送りつづけなければいけないだろう。このため圧縮率は飛躍的に高めなくてはならず、同じ周波数帯域でのダブル伝送は至難の技となる。

 

コスト増の話

撮影収録に関係するカメラなどの機材も買い換えなくてはいけないが、これは既に普及タイプの機種が出始めており、価格も今のHDにくらべてそれほど高くはない。また既存の機材に更新時期が来たときにビジネスの拡大にあわせて順次置き換えればすむ話なので、無理をしなくてもよい。

ただし、映画並の高画質映像を4Kで撮影するには映画用高級ズームレンズを使用する必要がある。このズームレンズは焦点をあわせるときに最大で2回転程度、調整しなくてはならないしろものだから、カメラマン以外に専任のフォーカス要員が新たに必要となる。その場合は、撮影時のコストが増える。

スクリーンショット 2013-02-15 15.21.25

4K用テレビカメラ:PMW-F55(SONYホームページより)

 

また、一般にはあまり関心が向けられない分野だが、撮影収録が終わったあとの映像素材を、編集加工して最終品に仕上げる「ポスト・プロダクション」という工程では作業量が増えるとともに機材の追加変更も必要だ。
たとえば4Kで記録された精密な映像の生データはRAWとよばれ、「レンダリング」という工程ではじめて画像化されてようやく編集作業が可能な状態になる。これを「デジタル現像」というのだが、この工程は今のフルハイビジョンにはなく、4Kの場合に新たに加わる工程となる。

大雑把にいえば4Kの場合、ポスプロでの作業量が全体で少なく見積もっても20-30%程度増えることになる。これまで数日かかっていた作業は1~2日増えることになり、制作にかかわる業務時間がふえるため人件費がここでもかさむ。
くわえて解像度が大幅に向上するわけだから、美術セットはもちろん俳優やタレントさんの化粧などもより入念に整えてあげなければならず、そんなこんなで、つまり番組制作費がかなりあがる、ということになる。

期待もこめて言えば、テレビ局やメーカー、関連業界のさまざまな努力でコスト上昇分のある程度は何年かかけて吸収できるかもしれない。いずれ需要がふえて新しい安価な技術も加われば4Kに必要な業務用機材の単価もさらに安くなるだろう。
一般消費者向けの4Kテレビ端末も少なくともインチ1万円までは下がるとメーカー側も予想しているので、ハイエンドではない普及タイプの製品ならば、やがて中間所得層も手が届く価格帯になるはずだ。

ただしキー局や準キー局は経営的に体力があっても、地域経済が低迷している地方の放送局で新たなコスト負担はしんどいかもしれない。現下の広告収入低迷で中継車の保有をあきらめる局が今後増えそうな経営環境のなか、4K関連コストは重くのしかかる。

しかし、もうひとつの問題はさらに厄介だ。

 

遅延の話

膨大なデータを圧縮して復元すると、どうしても物理的に時間がかかる。地デジの場合、放送を受信して映像が描画されるまでに実際よりも約2秒のディレイ(遅延)が生じる。つまり生中継の場合、実際に起こった時刻よりも2秒ほど送れて映像が視聴されている。

地デジの4倍の情報量がある4Kを高効率の今よりもさらにウンと圧縮して復元した場合は、会社の先輩や専門家にきくと、現在の2秒どころではなくて下手をしたら10秒前後もしくはそれ以上の遅延になる恐れがあるかも知れないという。
ちなみにワンセグ放送の場合は、映像圧縮技術がMPEG-2よりも約2倍の圧縮率であるH.264が採用されているが、放送遅延もおよそ2倍の約4秒となっている。

テレビ文化には、日本人が戦後60年慣れ親しんできた時計がわりに生活の「時刻を刻む」機能がこれまであった。しかし、さまざまなニュースやスポーツ中継が10秒、20秒遅れで家庭にやってくるとしたら、はたしてテレビのことを「リアルタイム(生)放送」と言っていいのかどうか。皆さんはこの遅れを許容できるだろうか?
地デジカ

では遅延をふやさない方法はないのか?

MPEG-2やH.264より新しく、今年1月に標準化規格がきまったばかりの最新の映像圧縮技術、H.265/HEVC方式(High Efficiency Video Coding)はどうだろうか?
HEVCは、放送局として世界ではじめて地上波の4K試験放送にとりくんでいる韓国の放送局KBSと同メーカーのLGが採用している。

ただ、昨年オランダで開かれた国際放送機器展でNTTがHEVCを使ったデモでは、圧縮復元に実際の映像の数百倍の時間がかかるという説明がブースの担当者からあったと日経エレクトロニクスが伝えている。
この通りならHEVCを採用しても前述の懸念どころか数分レベルの遅延の恐れも考えられ、リアルタイムで放送できるようになるには、ほど遠い状況に思える。

 

圧縮率の話

ただHEVC/H.265は、圧縮復元の機能では大きな進歩をみせた。

HEVCはH.264よりも2倍も効率がよいので、現行のMPEG-2と比べると4倍の圧縮率を実現している。だから4K映像をHEVCで圧縮した映像の伝送ビットレートは、映像内容や解像度によって幅があるが、どうやら10~35Mbps程度になりそうだ。

しかも元データを数百分の1までに圧縮しながら、映像品質は十分高く保てるとされているので、これが本当なら解像度を少し落とした4Kにすれば、いまの地デジの伝送ビットレートである約17Mbpsにも規格のうえでは何とか対応できるようにみえる。
ただし、ここでも依然としてダブルエンコード問題は横たわっている。

なおH.265は放送分野だけでなく、携帯電話向けLTE回線などで今後急増すると懸念されている動画トラフィックの軽減効果が期待されている。

一方、KDDIとJ:COMにより開発された新しい高圧縮技術も、HD、4K、8Kの3種類の映像データをも同時にCATVで伝送することに成功したという。
この新技術はHEVCよりもさらに圧縮率を12~13%高めたとしているので、伝送ビットレートの面では地上波での4K放送への道筋が少しずつ見えてきた印象をうける。

ところで、遅延をそれほどふやさず4K放送も可能になるウルトラCが、実はあるかもしれない。

(続く)

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

 

 

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