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20123/30

[ポパイにはホウレン草が必要だ~テレビ広告のシェアとカロリー上昇中] 稲井英一郎


氏家さんが分析した「2011年 日本の広告費」(電通発表)は大変参考になりました。勝手ながら、これに追記する形で日米比較テレビ広告費のシェア分析をしてみます。

 【前説】

今から7-8年前に、アメリカのメディア通信事情に詳しい政府の某氏と話していたときのこと。そのとき感じていた疑問を投げてみたことがありました。
「アメリカのテレビ局って売上や利益もネットに食われているんですかね?」
アメリカのテレビ局の視聴率は趨勢として落ちてきていたのですが、3大ネットワーク(ビッグ3)の営業利益率が15%程度はあると聞いていたからです。
「そういえばどうなんでしょうね。ちょっと調べてみます。」
こう答えた幹部氏は知り合いの米国関係者に問い合わせてみたそうです。
「稲井さんの言うとおり視聴率は落ちてきているが、やはり広告売上は増えているらしい。視聴率の単位あたりの価値は逆に増えているかんじですね。」

さて、この傾向が今どうなっているのか、改めてデータにあたることにしました。
米国のデータは欧米の調査会社などのデータをネット検索し、さらに日米のメディア関係や通商関係者からヒアリングして独自に試算しました。

 【視聴率が減り続ける米国のテレビネットワーク】

まず米国で最高視聴率をとったレギュラー番組の過去10年間の推移です。ソースは Wikipediaからですが、米国では新年度の編成が9月から始まるので「2010-2011シーズン」という言い方をします。幾分の低下傾向がこれから見えます。

しかし、過去30年間の長期にわたっての視聴率データを見てみると、あまりの下降ぶりにちょっと驚かされます。データはビッグ3(ABC,CBS,NBC)と新興ネットワーク(FOX,CW)のプライムタイム合算視聴率です。

ビッグ3は過去30年間ほぼ一直線の右肩下がり、新興ネットワーク(FOX、CW)も過去15年なだらかに視聴率が下がっています。ビッグ3の10-11シーズンは15年前の95-96シーズンの32%に比べて半分の15%強にまで減少しています。

 【しかし米国のテレビ広告シェアは増えはじめた】

一方、米国の主要メディア広告費(4マス媒体+インターネット+アウトドア+映画広告)とテレビ広告費のデータがありましたので、86-87シーズンを100とした25年間の経年変化指数にしました。右軸が広告指数、左軸はテレビ視聴率で比較しています。

2008年のリーマンショック後に、テレビ広告指数の伸びが主要メディア全体よりも勝っているのは、主として活字メディアの低迷が全体を引き下げているからです。一方、テレビ広告は10-11にリーマン前の水準を回復し過去最高となりました。今シーズンおよび来シーズンはさらに最高値を更新していくと予測されています。

このテレビ広告が主要メディアに占めるシェアが次のグラフです。リーマン後にテレビ広告費のシェアは循環的な動きから抜けて急上昇、4年間で5%もあがりました。

それがどこまで上がるか?オンラインビジネスのマーケティングを専門にしている米国のeMarketer.comがリリースした今後4年間の予測は次のようになっています。

・テレビ広告のシェアはネット広告の伸張に影響うけず39%台で安定的に推移。
・インターネット広告の成長はさらに続き2015年にはシェア25%超に。
・ラジオは10%前後を維持して健闘。
・新聞と雑誌の減少傾向はやや緩慢になる。

 【米国のテレビ広告はカロリー増大中】

さて、米国のテレビ広告費をビッグ3と新興の5ネットワークの合計視聴率で割ってみるとどうなるでしょう?テレビ広告費にはほかのCATVが含まれているはずですから、精密な試算ではありませんが、主要ネットワークの稼ぐ広告費はテレビ広告の過半数を占めるため、ネットワークの視聴率1%あたりの貨幣価値の推移を見るには差し支えないでしょう。
言い換えれば視聴率1%に広告主が見出すテレビ広告のカロリーの目安であり、付加価値の変化を示すものです。

80年代に緩やかに増えていた付加価値は、96年あたりから力強く上昇を始めました。これは以前のポスト「どっこいテレビは生きている」で述べたように、米国の国土が広く、複数言語が使われていること、さらに移民により今も人口が増えており、スペイン語のネットワークや番組の増加が広告費を伸ばしているという特殊要因も関係しています。
ここでもやはりリーマン後の2009年からカロリーは急激に上がり始めています。米国のテレビ広告はネット広告との相乗効果もあってか、米国生まれのコミックヒーロー「ポパイ」が「ホウレン草」を食べたような超人的パワーを感じさせます。

 【日本でもテレビ広告シェアは回復傾向】

一方、日本はどうでしょうか。日本のデータは電通が発表した「2011年 日本の広告費」から。2005年以降のデータとしているのは、2005年に推定対象範囲が大幅に改訂されているからです。なおグラフに使用した略称は次ぎの通り。

TV=テレビ  ネット=インターネット  PM=プロモーションメディア広告費
BS=衛星メディア関連広告費

アメリカ同様に、2008年に起こったリーマンショックのあとで総広告費に占めるテレビ広告のシェアが上昇に転じ、2011年にはシェア30%を回復しました。
屋外広告や交通機関における広告、折込、ダイレクトメール、フリーペーパーなどの「PM=プロモーションメディア広告費」のシェアはリーマン後に下げ足です。
われわれも経験しているのですが、人の集まる場所でイベントを開催しても、かなりしっかりした集客力がないとスポンサーからおカネを集めるのに苦労します。

これに対して上昇を続けるインターネットは、シェアの伸び率がやや鈍り、新聞・雑誌のシェアの下げ足も緩やかになってきました。衛星メディアのシェアは堅調に増加していますが、如何せん絶対量がまだ少なく、これからの成長に期待というところです。

 【日本でもテレビ広告のカロリーは回復基調】

最後にテレビ広告費と東京地区のHUTとの関係から日本のテレビ広告のカロリーをみてみます。
HUTはテレビをリアルタイム視聴していた世帯の割合を示すもので、東京キー局(NHK含む)の合計視聴率とほぼ等しくなります。もちろんテレビ広告費は日本すべての放送局が稼いだ広告費ですから、本来ならキー局の合計視聴率で割るのは正しくありませんが、両者に強い相関関係があり、やはり傾向を見るために試算しました。


ご覧のとおり、アメリカとはかなり様相が異なっています。
HUT1%あたりの広告価値は2001年のITバブル崩壊で一時的に落ち込みますが、2003年から2007年にかけて盛り返します。このあたりはGDPの推移と重ねると景気循環的な動きであることが分かります。
しかし2007年以降はインターネット広告費の増加、さらにリーマンショックの影響で2年連続して急落し、リーマン後の2009年からは若干ですが、アメリカ同様にテレビCMの付加価値、カロリーが回復基調に入りました。

 【市場シェアとカロリー増すテレビ広告】

さて、以上の分析から現時点では何が言えるでしょうか。
まず、テレビ広告費は昔から一般的にシクリカル(景気循環)なデータとされ、特に日本では内需の増減に強い相関関係がある景気遅行性指標とみられてきました。景気の変動にやや遅れて反応するのは、現在の広告主が四半期決算の業績動向をみながら広告宣伝費の支出執行を決める傾向にあるからだという説が有力です。

そのテレビ広告はインターネットの普及拡大に伴いネットにシェアを奪われる「構造的要因」でこの先も減り続けるという見方が当たり前のように語られてきました。
しかし、マクロデータの上からはテレビ広告は現在も基本は景気循環に相関関係をもっていること。またインターネット広告の成長にかかわらず、日米ともにリーマンショック後はむしろ、テレビ広告の市場シェア並びに付加価値が上昇し始めたことが明らかです。
広告ビジネスモデルとしてのテレビメディアは、やはり代替するものが現れない限り、王者の座にとどまり続けるでしょう。

もっとも日本ではアメリカほどの力強さがなく、これがテレビ経営にとっての課題となっています。アメリカを見習って、ネット広告やソーシャルと連動させる機能をもっと取り込んでいけば、力持ちに変身できる可能性もあります。日本のテレビにも「ホウレン草」が是非欲しいところです。
須田さんの表現を借りれば『使ってもらえる広告』を『人から見てもらえる番組』に効果的に組み合わせる「ホウレン草」を広告業界と一緒になって頭を絞っていくことが求められています。

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

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