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20139/3

富士山からみえる過去・現在・未来③(稲井英一郎)

徳富蘇峰と宮沢賢治

1稲井

徳富蘇峰記念館facebookページより

 

前回ふれたが、戦艦「富士」が建造された明治30年、徳富蘇峰が書いた「漫興雑記」が発表された。その中に次のくだりがある。(毎日新聞地方版記事~毎日jpより

 

“詩人なり、画家なり、英雄なり、すべての美のインスピレーションをここから持って来たに相違ない。
富士の山は実に日本国民二千年来の大宗師といってよい”

 

蘇峰は国民新聞を主宰して、戦前のメディア=言論界に影響を与えた。英米両国との開戦詔書を東條英樹にたのまれて添削したほど政府軍部と結びつき、戦争遂行に協力した。

 

その蘇峰の富士に抱く思いは美意識が中心だっただろうが「二千年来の大宗師」という表現に、明治後期において急速に富士山が日本の優越性を誇示するナショナリズムと合体してきたことがみてとれる。

 

同じく戦争遂行に協力的だった横山大観は「耀八紘」(ようはっこう)という絵を「神国日本」と同じ昭和17年に描いた。

 

八紘は「四方と四隅」、つまり全世界という意味で日本書紀につかわれた表現だった。しかし大正2年に結成された日蓮宗系の宗教組織「国柱会」が、皇室のもとに世界を統一するという「八紘一宇」を造語してのち、この四文字七音は大東亜共栄圏をめざす精神的原理となった。
大観が描いた富士の絵も、その世界観に根ざしている。

 

国柱会の熱心な信者には、詩人で童話作家の宮沢賢治もいた。昭和史にくわしい作家の半藤一利氏は、宮沢賢治の作品には世界が幸福にならないうちは個人の幸福はないというテーゼが流れており、これは八紘一宇を賢治流に言い換えたものだという。(半藤一利著「あの戦争と日本人」文春文庫

 

このように戦前の言論・文壇・美術界で活躍した人の多くは、日露戦争、さらには満州事変あたりから、好戦的な国家主義、大国主義になだれうっていく。その過程で富士は国体の象徴となり江戸時代のイメージからますます遠ざかった。

 

 

 

富士山頂がゴミの山

 

一方、一般市民にも人気の高い観光資源となった富士山は環境面で荒れていった。
昭和11年、米国の雑誌「ナショナルジオグラフィック」6月号には、米国人青年が富士登頂した旅行記が載っている。

 

“日本人にとって富士山はイスラムのメッカと同じように、特別の意味をもつ。それにしても、山頂も登山道も灰とゴミの山に囲まれていた。毎年訪れる多くの登山者が、たくさんのゴミを捨てていくのだそうだ”

 

江戸時代に日本にきた西洋人の多くが、路上にゴミがないと驚いたことを考えると、富士山の環境破壊が昭和初期にかなり進んでいたことがわかる。
明治以降の廃仏毀釈で史跡や文化財が破壊され、富士山を尊ぶ信仰も気風も廃れていったからだろう。

 

ジブリのアニメ映画「風立ちぬ」について志村さんが書いたポストでは、宮崎駿監督が映画をつくる際の「企画書」を紹介している。
このなかで宮崎監督は“大正から昭和前期にかけて、田園にはゴミひとつ落ちていなかった”と、戦前の美しい日本の国土について語っているが、残念ながら少なくとも富士山頂と登山路周辺は、ゴミの山と化していたようだ。

 

偶然だろうが「風立ちぬ」のなかに、工場の煤煙に囲まれる、深川あたりから隅田川越しにみえる富士山のカットが出てくる。
軍需を中心に急速に工業化する都市部から見える富士は、このシーンのように当時すでに美しいものではなかったはずだ。それをさらりと描いた監督のセンスはすごい。

 

 

 

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