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20139/3

富士山からみえる過去・現在・未来③(稲井英一郎)

 

メディアは何をしなかったのか

 

富士は聖と美の山であり続けたが、メディアが環境破壊に関心をはらうことはほとんどなかった。
彼らの最大の関心事が戦争遂行にあったことは、真珠湾攻撃の日に、多くの知識人らが「溜飲をさげた」「攘夷の完遂だ」などと興奮して喜んだ事実が示している。
そして戦後になって、富士山はナショナリズムから解き放たれたが、環境破壊がさらに進んだのはご存じの通りだ。

 

同じく「ナショナルジオグラフィック日本版」の2002年8月号では、米国人ジャーナリストが登山記を寄せている。
その内容は、
▼1970年代半ばに登ったときに、富士山は各種商業施設のせいで崇高なイメージが地に墜ちていた
▼今回25年ぶりの登山では、みすぼらしい露店や散乱するゴミ、トイレの不足で汚れきっていたというものだ。

 2稲井

「外国人ジャーナリストが見た、富士山にまつわる日本人の聖と俗」
(ナショナルジオグラフィック日本版での掲載写真)

 

やはり富士山は遠くから見ても、近くで見ても、美しくあってほしいし平和の象徴であってほしい。
人の命が鴻毛よりも軽く扱われ、何千万人も戦争で死んでいった時代よりも、平和だった江戸の富士がいい。

 

日本を取り戻す、というなら取り戻すべきは、司馬遼太郎氏が言っているように、江戸時代にめばえた穏やかな近代合理的精神や美意識、国土であるべきだ。
葛飾北斎の「富嶽三十六景」を歓呼で迎えた人々は、江戸市中が美しかったからこそ見ほれてしまう富士だったのだろう。

 

そういう意味で今回の世界遺産登録は、未来に向けた良い機会となる。
世界が、富士山の環境と価値保全がきちんとなされるかどうか、見守ることになる。実行できないと、世界遺産の登録は取り消される。
そんなみっともないことは御免こうむりたい。

 

最後に、明治41年に書かれた「三四郎」の冒頭、東京に向かう汽車のなかで髯の男が三四郎に向かって言う言葉を紹介したい。

 

“「-あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山をみたことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。我々がこしらえたものじゃない」(中略)
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう”と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、「滅びるね」と言った。”

 

福島問題をかかえた我々は今、漱石の心眼、恐るべしと思うほかない。
(おわり)

 

 

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
TBS入社後、報道局の取材記者として様々な省庁・政党を担当。ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。その後はIR部門で投資家との交渉にあたったほか、グループ会社でインターネット系新規事業の立ち上げに奔走。
趣味は自転車・ギター・ヨット、浮世絵など日本文化研究。新しいメディア経営のあり方模索中。

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