● 僕のブログが魚だとしたら(稲井英一郎)
小説のフィッシュストーリー
伊坂幸太郎さんという作家がいる。
私の好きな作家のひとりだが、その作品のなかに「フィッシュストーリー」という短編小説がある。映画化されたこともあるのでお馴染みの方も多いだろう。『僕の孤独が魚だとしたら・・・』で始まる話である。
ちなみにフィッシュストーリーとは英語のfish storyであり、「ほら話」とか「こじつけ」という意味がある。
小説の話はこうだ。
ネタバレをあまりしない程度に紹介すると、ある人物が世界を救う正義の味方になるという話だ。いや、その人物が直接、世界を救うわけではない。
その人物の振る舞いが別の人の命を救い、その人が直接世界を救う結果になるのだが、その人物がその振る舞いをできたのは、彼の親の教育の賜物であり、彼の親がそうした教育方針をとったのは、たまたま聞こえた悲鳴で人を助けるはめになったためであり、なぜたまたま悲鳴が聞こえたかというと、・・・・・という話である。
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風がふけば桶屋はもうかるか?
要は本来、別の原因で起こった因果関係のうすい多くの事象が偶然の連鎖でつながり、結局、世界を救うことになったわけだ。
江戸時代の浮世草子や滑稽本にも登場する「風がふけば桶屋(箱屋)がもうかる」という慣用句の意味するところに近い話である。
風がふくと桶屋がもうかるためには、次のようなロジックが展開される。
大風、強風がふく
→ 砂ぼこりがたち眼球をわずらうので視覚障害者がふえる
→ 視覚障害者の多くは音曲を三味線で演奏してまわる職業音楽家になる
→ 三味線の需要がふえると胴に張る猫の皮も需要がふえる
→ 猫の捕獲がふえるとネズミがふえる
→ ネズミがふえると桶をかじられる被害がふえる
→ 桶の修理や生産増で桶屋がもうかる
もちろん実際に風がふくだけで桶屋がもうかることはまずなかっただろう。江戸っ子の洒落、ユーモアの発露を示したものと考えるべきで、日常生活や人生の教訓、真理を示した慣用句ではない。
さて、このように世の中に起こる事象を因果関係の連鎖で将来予測を展開することは果たして可能だろうか。
これは数学の世界における「カオス理論」、気象学における「バタフライ効果」で考えるとわかりやすいと思う。
カオス理論とバタフライ効果
カオス理論は伊坂作品に限らず多くの小説や映画やドラマの題材にされている。
単純にいえば、初期設定値のごくわずかな差異が未来予想図に極めて大きな違いをもたらすため、長期的な予測は事実上不可能になるという複雑な力学系の理論だ。
このカオス理論については気象学におけるバタフライ効果で説明するとよりわかりやすい。
バタフライ効果は、米国マサチューセッツ工科大学の気象学者、エドワード・ローレンツ氏が「決定論的カオス」(※注)を研究発見して知られるようになった。
ブラジルで蝶が羽ばたくと、やがて米国のテキサス州でトルネード(竜巻)が引き起こされるだろうか、などといった予測の当否を数学的に解明したものだ。
故エドワード・ノートン・ローレンツ (公益財団法人 稲森財団のHPより)
1917年-2008年 気象学者 マサチューセッツ工科大学名誉教授
ローレンツ氏は、コンピューターを使って気象予報の有効性をシミュレーションしていたときに、小数点6位の初期変数のうち4位以下の値を四捨五入して計算をすすめていくと、長期にわたる予測結果が驚くほど大きく変わることを解きあかし、気象モデルによる正確な長期予報は不可能であると結論づけた。
凡人がこう言うのもなんだが、当たり前といえば当たり前の話ではないだろうか。
ブラジルや北京で蝶が羽ばたくだけで、遠く離れたテキサスでトルネードが起りニューヨークで嵐が起こるとしたら、この世は異常気象だらけだ。
(※注)ある系の初期値が決まればその後の状態もすべて決まる「決定論的法則」に従っているにもかかわらず,複雑で不規則、不安定な振る舞いが発生するため、遠い将来における状態が予測不可能な現象
アベノミクスがもたらす未来像?
このカオス理論、そしてバタフライ効果は、地球科学いがいの社会科学、たとえば経済学や経営学(ビジネス論)に当てはめて考えても面白い。
いま話題のアベノミクスがもたらす経済波及効果を予測する議論は、ある意味でバタフライ効果の宝庫という印象をうける。総じて批判派は悲惨な将来予測を示しがちだが本当にそうなるのだろうか?
たとえばある経済学者はネットでアベノミクスについて次のような議論を展開している。
◆安部政権がインフレ目標設定とマネタリーベースの倍増をうちだす
→ この金融政策が市場で円安とインフレの見通しを高める。
→ 日本から海外への資本逃避が生じる
→ いったん起こるとコントロールが難しくなる
→ 円安を加速し輸入価格の高騰をもたらす
→ スパイラル的な円安・インフレの過程に落ち込む危険が生じる。
議論ではさらに財政規律が緩んで財政赤字が拡大し、何らかのきっかけで金利が高騰すると金融機関の資産が悪化するという懸念もあわせて指摘している。
指摘や懸念は、ひょっとしたら当たる「かも」知れない。
ただしそれは、偶然の連鎖によって正義の味方が世界を救ったように、蝶の羽ばたきが特定の諸条件で起こった場合にテキサスでトルネードが発生することになった場合のように、可能性がゼロではないため当たるかもしれない、という意味だ。
インフレ目標と金融緩和が制御不能な資本逃避につながるには、もっと様々な事態が起こらねばならない。
個人の富裕層や機関投資家が日本という国を見限って次々と日本の市場から自分の資産を海外に移すようになり、政府も日銀もそれを阻止できなくなるということは、日本という国家の存在基盤が崩壊の瀬戸際に追い込まれるということだ。
別の致命的な諸要因が日本国家(経済)を直撃しないといけないはずである。
つまり初期設定の変数の多くが精緻でないか、不足している場合に起こる将来予測の可能性はかぎりなくゼロに近くなる。
可能性は理論的にゼロではないが、圧倒的に低いのである。
ちなみにアベノミクス批判派のエコノミストたちは、国債が暴落して日本経済が崩壊するだろうとか、ハイパーインフレになるだろうとか、極端なカタストロフィ(破局)の発生リスクを強調することが多い。
そして、それを表題に出版した本はよく売れているようだ。
(つづく)
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