あやぶろ/OLD

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20135/15

● 僕のブログが魚だとしたら(稲井英一郎)

 

視聴率低下の因果律

マルチスクリーン時代?

マルチスクリーン視聴の時代?

 

バタフライ効果はメディアビジネスの将来予測においても見かける。
テレビを例にあげてみよう。
テレビをリアルタイムで視聴する総世帯視聴率(HUT)はデータの上で明らかに低下傾向にあるのだが、ネットでのブログなどを見ていると次のような原因を指摘する人が多い。

 

・テレビは陳腐でくだらない番組が多い(オワコン論)
・PCやスマホがあれば必要性を感じない(そもそも不要論)
・視聴者とインタラクティブなコミュニケーションがない(希薄な双方向性)
・在宅するか録画しないと視られないのは時代に合わない(時代遅れ論)
・偉そうに振る舞う報道姿勢がテレビ不信をうむ(上から目線論)~等々

 

これらの指摘が万人にとって正しいかどうかは怪しいものだが、こう考え批判するネットユーザーがいるのは事実だ。
テレビ関係者も、「つまらない番組が多い」、「一方的で不遜な報道だ」、などといった声には耳を傾ける必要があるし、ソーシャルやセカンドスクリーンとの連動を楽しめるアイデアも試して、常に番組・視聴サービスのブラッシュアップを図らねばならないのは言うまでもない。
しかし、だからといって上記の指摘なり批判が、テレビ全体の視聴率低下に論理的な因果関係をもっているといえるのだろうか。

 

テレビ視聴率の測定をしているビデオリサーチ社は、プライムタイムにおけるHUT低下の理由として時系列データから見いだせる2つの理由をあげている。

 

(1)地上デジタル完全移行による三派共用機の普及
(2)それに伴う録画視聴習慣の拡大

 

三派共用機というのは、地上波以外にBS放送もCS放送も視聴できるチューナーを搭載したデジタルテレビのことで、これが標準機種として普及したことにより、BSの視聴率(接触率)が確実に漸増してきている。
また同時に、ブルーレイ方式のBDレコーダーやハードディスク内蔵型のテレビも相当な勢いで普及し、質のよい録画視聴が本当に手軽かつ簡単に楽しめるようになってきた。

 

特にハイビジョン画質で番組を保存可能なBDレコーダーが本格的に普及しだした2008年以降のデータをみると、HUTが低下した%だけBS・CS視聴率および録画視聴率が増加していることがわかる。
それは5~6年前の2002年頃まで遡ってもほぼ同じ傾向を示している。

 

 

地上波とカニバリしたもの

 

言い換えれば、下がったHUTは視聴者がテレビ番組視聴時間を減らしたことを意味するのではなく、地上波を視る視聴行動が主としてBS・CS視聴に、またはハードディスクに録画した番組の再生視聴(タイムシフト視聴)に振り変わっていることを意味している。

 

元々BS放送を始めるにあたって、BS視聴率が増えてくると地上波視聴率がその分落ちるだろうという予測は業界内でもなされていた。
いわゆるカニバリゼーション(同種内での共食い)現象である。
だからテレビ界全体としては、BS・CS視聴の増加と、想定以上に普及しているタイムシフト視聴をどうやって収益性のあるビジネスに仕立てていけるかが企業体として課題となっている。

 

録画によるタイムシフト視聴や、自宅外で番組を視るプレイスシフト視聴は今の視聴率データには一切カウントされないため広告料金は一銭も稼げていない。
一方、HUTの低下は広告収入の低下に直結しているので、日本の放送事業における平均的収益性は2008年以降どんどん落ちてきており、全国のテレビ局は設備投資や固定人件費の恒常的削減に追いこまれている。
人々はあいかわらずテレビ番組を視ているにもかかわらず、である。

 

便利になったテレビの録画視聴

ハードディスク内臓テレビの録画視聴画面

 

 

テレビのフィッシュストーリー?

 

しかも最近になって、インターネットで、いつでもどこでも、自分の好きなテレビ番組を、できれば無料で視聴できるようにしてほしい、という要望がネットユーザーから出始めている。
これを受け容れると、まず現在の県域免許制を基本とした放送制度の崩壊に、さらには地方局経営への打撃に直結することは容易に想像がつく。

 

それは業界内の話だから措いておくにしても、ネット開放派の人は、ネットで好きな時に無料視聴できるような機会をふやしていけば、テレビ番組への関心や再評価が高まり、結局はリアルタイム視聴率もふえるにちがいない、というビジネスストーリーを予測することが多い。

 

しかし、こうした因果関係の連鎖は理論的に可能性がゼロでないが、現状の録画視聴とリアルタイム視聴のカニバリゼーション関係を考えるとどうだろう。
個々の番組の成否は別として、ネットでタイムシフト視聴、プレイスシフト視聴する機会がふえていく分だけ、テレビのリアルタイム視聴が減っていくと予測する方が妥当だ。

 

テレビ番組が、いつでも、ネットで手軽に、しかも無料で自由に視聴できるようになったら便利なことこの上ない。視聴者の多くはネットユーザーとなり、テレビ局が用意した編成タイムテーブルには従わず、放送時にテレビの前に座る機会を減らしていくのは自明の理だろう。
蝶の羽ばたきを見てテキサスでトルネードが起こることを期待しても仕方ないのだ。

 

道行く人々(イメージ)
人々は自宅外で好きなときに好きなものをどれほど視たいのだろう?

有料の放送サービスを提供している事業者ならそれで良いかも知れないが、CMを視ることと引き換えに無料で番組を楽しめる民放のビジネスモデルは崩れてしまう。
そして人気の高いドラマやバラエティ、大型スポーツの中継の多くが有料サービスでしか視聴できなくなることを意味する。既にアメリカはそうなっている。

 

だからテレビ番組を時代の要請に従って、日本でももっとネット視聴できるようにする現実解としては、企業サービスの事業継続性(ゴーイング・コンサーン)を考えると
(a)あくまでも編成タイムテーブルに基づくリアルタイム視聴を優先主軸に
(b)タイムシフト視聴・プレイスシフト視聴のデータを視聴率に加え
(c)さらに番組のネットやCATVへの再販売(配信)は選択的かつ有料で
という基本的な組み合わせでしかありえない。

 

ちなみに米国はネットでの番組配信が日本よりもずっと盛んだが、大手ネットワークのCBSではオンラインの有料VOD(ビデオ・オンデマンド)の売上だけで2012年の全体売上の10%にも達し、利益率の向上に貢献している。
そして、ネット上で配信される番組を視る世帯も視聴率測定の対象に加える方向で、テレビ局・代理店・広告主が基本合意して動き出している。

 

ただし、視聴者が有料ネット配信にあまりになれてしまうと、テレビCMがついた従来型の放送番組を徐々に視なくなってしまう、という懸念も一方では米国の業界関係者に出ている(The Wall Street Journal)ことも事実だ。
ここでもやはり既存事業とのカニバリゼーションを気にせざるをえず、有料ネット配信はテレビにとって即効薬となる一方で、将来の劇薬となる可能性をもっているのだ。

 

さて、以上のブログでの僕の話は皆さんにとってフィッシュストーリーだろうか?

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