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20138/30

反逆のヒーロー「半沢直樹」が日本を元気にする

陰の主人公は悪徳支店長

稲井①

 

TBSドラマ「半沢直樹」のあまりの人気ぶりに、その原因を分析する記事が毎日のように出る。それぞれ「半沢直樹」を好意的に書いてくれるから有難いかぎりで、内容も「そうかも」と納得することが多い。
ソーシャルでも話題になっていて、普段テレビをあまり見ない人も視聴するケースが増えているらしい。ツイッター投稿を時系列分析しないと分からないだろうが、ソーシャルメディアが番組視聴率を押し上げた初の事例であるかも知れない。そうなれば面白いな。

 

私は、私なりの視点から迫ってみたい。
「半沢直樹」の原作「オレたち花のバブル組」は昔読んでいたので、作者の池井戸さんが元バンカーということは知っていた。
バブル時代に銀行に就職した同級生や先後輩らも大勢いたので、銀行内部の減点主義などの雰囲気などは聞き及んでいた。

 

バブルが破裂し、ウタゲの後始末となった「住専問題」などの取材もした。
だから、銀行が横並び体質で責任の所在があいまいなまま、収益還元を無視した不動産への融資競争にのめりこんでいったことは分かっていた。
支店長などの上司が責任を部下に押しつけるのも日常茶飯事と聞いていた。

 

そういう意味では、ドラマ前半(第一部)の陰の主人公は、悪徳支店長の浅野だ。自分の私腹(借金の穴埋め)のために計画倒産の片棒をかついで会社をだます一方、融資実績は派閥のボスにおもねりアピール。
その隠ぺいのため責任は部下に(実際はこんなにあくどいバンカーはいなかっただろうが)。なんと倒しがいのある、完璧な悪役だろう。

 

 

 

日本型組織の通弊

 

などと考えているうちにデジャヴュ(既視感)を覚えた。なんだか、聞いたような話だなあ?一体、なんだろうと考えて思い当たった。
バンカー浅野の行動が、旧日本軍の体質に似ているのだ。

 

太平洋戦争中にこんな作戦があった。
ある敵の基地を攻撃するため陸軍のいくつかの師団が険しいジャングルの中を行軍していった。
この作戦を考えた司令官は武器弾薬や食糧の補給をいっさい考えなかった。東京にいる大本営の参謀総長に手柄をアピールすることが本当の目的で、精神力で任務は成功すると命令をくだした。

 

師団長たちは無謀だと反対したが、遠く離れた避暑地にいた司令官は耳をかさず、当然攻撃は失敗し、撤退中に多数の兵士が命を落とした。
しかし作戦を考えついた司令官や許可した大本営の参謀たちは責任をほとんどとらず、責任は現場に押しつけられ師団長たちが解任された。

 

旧日本軍の組織研究に焦点をあてた「失敗の本質-日本軍の組織論的研究」は1984年に初版が刊行され、企業組織論の参考書としても注目されてベストセラーとなった本だ。
この本は旧日本軍が米英との戦争で、なぜあれほどお粗末な戦いをやり続けたのかという問題意識から組織の欠陥を抽出しているが、分かりやすく言い換えれば、次のような組織の特質があったという。
●人間関係に左右される組織
●集団主義で異端を排除
●決めるときは場の空気が支配
●戦略目的があいまいで長期展望がない
●上にいくほど失敗の責任が問われない

 

つまり、目的が明示されないから言い逃れができ、責任の所在もはっきりしないから変な指示が出ても反対もしにくく、失敗すれば力の弱いものに責任が押しつけられる。

 

旧日本軍にも「率先垂範の精神」や「一致団結の行動規範」など良い面はあったといわれ、それらは戦後の日本型経営の雛形になったが、残念ながら好ましくない特質も受け継がれていったと考えるのが自然だろう。戦後の経済復興の担い手となった多くは復員兵士だったからだ。
もちろん銀行だけの話ではなく、政治組織、メディア、官公庁団体、企業を含めたあらゆる日本型組織団体にみられる通弊。それが「半沢直樹」の世界と共通する。

 

 

 

「めぢから」をもつ反逆のヒーローは愛される

 

だから「半沢直樹」は受けるのではないか。
半沢は日本型組織のいい面を実践する善玉の役どころだ。自ら率先垂範し、部下や同期とは一致団結する。
現実の世界では悪玉上司は責任から逃げおおせるが、フィクションの世界では、組織の善玉が悪玉の陰謀を暴き、眼力(めぢから)をもって見得と啖呵をきり(このあたりは平衡破却のポストを参照してください)、逆襲して10倍返しを食らわせる。明るく痛快だ。

 

日本型組織では不可能な反逆行為を、半沢は禁じ手を使ってでも強い精神力でやりとげる「反逆のヒーロー」だ。

 

実は反逆のヒーローは、ハリウッド映画にも登場する。
「[amazon_link id=”B003RITZ2G” target=”_blank” ]特攻野郎Aチーム THE MOVIE[/amazon_link]」では、米軍の上官に罠にはめられた特殊部隊Aチームのハンニバル(リーアム・ニーソン)たちが、刑務所から脱走して陰謀を暴く、痛快なアクション映画だ。
「ミッション・インポシブル」でもそうだ。イーサン(トム・クルーズ)が元上司の罠から逃れ、正義を追求し復讐していく。
いずれも主人公は、逆襲に燃えるときに決意をまなじりに湛え、上司に忠誠を誓うのではなく、組織に忠誠を誓う。
だから半沢直樹はアメリカでも受けるかもしれない。

 

半沢直樹は、自分で大儲けしようとしない。
年収アップをめざして会社を渡り歩くことも考えない。
独立して起業し、株式を公開して上場益で大金持ちになろうとも考えない。
根っこには自分の属する組織を良くしたい思いと、自己正義の実現。
だからこそ、観ている人を通して日本を元気にするのだと思う。
自分の利益だけ追い求めることに至高の価値をおく人たちには、決して理解されないだろう。

 

 

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
TBS入社後、報道局の取材記者として様々な省庁・政党を担当。ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。その後はIR部門で投資家との交渉にあたったほか、グループ会社でインターネット系新規事業の立ち上げに奔走。
趣味は自転車・ギター・ヨット、浮世絵など日本文化研究。新しいメディア経営のあり方模索中。

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