あやぶろ/OLD

テレビの中の人による唯一のテレビ論、メディア論ブログ

© あやぶろ/OLD All rights reserved.

20132/19

4Kテレビ放送を考えてみた:その②

(前回のあらすじ:地上波で4Kテレビ放送をやろうと思っても周波数帯域不足や放送の大幅な遅延、制作送出コストの上昇で簡単にはできない。特に遅延問題が厄介だ。ただし遅延をそんなにふやさず4K放送も可能になるウルトラCが実はあるかも知れない?・・・)

そのウルトラCである。


ウルトラ
Cの話

話は単純だ。現在、各放送局のチャンネルには6MHzという帯域が与えられている。その隣接する2つの放送局の周波数帯域を束ねて一緒に放送波にのせる、という荒っぽい発想。
ただし簡単には実現できない。法改正もふくめて放送行政・電波行政の抜本的変更が必要となり、テレビ局の企業体としての再編成(チャンネルの再編成)になるだろうから極めて困難だ。というより、そこまでして4K地上波が必要なのか、という議論にもなる。

となると、前回のべたように地上波で4Kテレビ放送を始めるには、あまりにも解決すべき課題が多いということが改めて分かる。

一方、地上波以外ではどうだろうか?
この答えはすでに出ている。

4k対応中継車のコントロールルーム4K伝送が可能となるよう設計された新型中継車のコントロール・ルーム(東通)

 

衛星放送の話

日本では来年の5月頃からCSデジタル放送での4K試験放送が始まり、夏のワールドカップ・サッカーから正式に4K本放送を導入するロードマップが固まりつつある。米国のディレクTVや英国のBスカイBという衛星テレビ局も早ければ数年後の4K放送開始を検討していると伝えられている。

日本の衛星放送は1トランスポンダ(中継器)あたり48スロット(=約50Mbps)の伝送容量が与えられている。
そしてBSデジタル放送の主なチャンネルでは伝送ビットレートが約24Mbpsある。地デジと同じHD(ハイビジョン放送)といっても、地デジの解像度が1440×1080i(インターレース方式)であるのに対し、BSは1920×1080iで若干勝っている。

bsat-3b[1]
BSデジタル放送に使用されている放送衛星(B-SATホームページより)

 

だから現在使用の圧縮技術MPEG-2ではなく、その4倍高圧縮のHEVC/H.265を使えば情報量が4倍になった4Kでも伝送ビットレートの面では放送が可能ということになる。
ただし、依然としてダブルエンコードの問題は残ることになる。

一方、CSデジタル放送は事業者によって異なるが、最新のHDチャンネルではH.264で6~8Mbpsに圧縮して放送している。だが衛星放送ではひとつのトランスポンダを数チャンネルに分割して運用しているので、これをひとつに束ねて伝送すれば最新のHEVCを使わなくてもH.264でも4K放送は可能になる。

実際にスカパーJSATは昨年10月に、Jリーグの試合中継でH.264で圧縮して衛星を使用した4K伝送実験に成功している。さらに衛星放送は、地上波のような全国に展開する送信局網が必要ないため、4K用の設備投資額が少なくてすむ。

さて、インターネットではどうだろう?

 

オンライン配信の話

アメリカでは、いま若い世代を中心にオンライン映像配信の利用者が急増している。

筆頭は大手のネットフリックス社で、そのネットフリックスは韓国メーカーのサムスンと一緒にHEVC技術をつかって4K映像をインターネットで生配信(ストリーミング)する技術の開発に取り組んでいることを米CES2013のデモで見せた。配信のビットレートは35Mbpsだった模様だ。

サムスンとNetflixの4Kストリーミングデモ(CES2013)
サムスンとネットフリックスの4K伝送展示(米CES2013レポートより)
~MBS長井展光氏撮影~

 

日本のソニーも新しい4Kテレビとともに、今年の夏から北米で4K映像のダウンロードサービスを始めることを発表し、映像を保存再生できる専用端末の「4Kメディアプレイヤー」をお披露目した。

4Kの膨大な映像データは通信環境のすぐれた専用のネット回線が用意されない限り、家庭向けブロードバンドでは、時間帯や場所柄により容易に回線トラフィックが混雑していわゆる輻輳が発生するため、有料の4Kストリーミングサービスを事業化するのは現時点で困難と見られていた。
ソニーのようにダウンロードしたあとで再生するのであれば通信の輻輳で配信の遅延が起こってもそれほど差し支えないとだろうが、ストリーミングをめざすネットフリックス・サムスン連合が、はたしてどんな手をうってくるのか。

さて、こういう情勢が世界で進むなかで日本の地上波はどうすればよいのだろうか。

 

スクリーン争奪戦の話

北米ではインターネットの4K配信が今年始まり、日本では来年CSで4K放送が始まるうえ、CATV4K配信のサービス提供が視野に入ってきた。
米国や欧州でも数年後には衛星による4K放送が開始されるかも知れないと報じられている。

ネットの4Kも衛星の4Kも一部のサービスから始まるため、ただちに広範囲で普及するわけではないだろうが、いずれも視聴される端末は大型のテレビが中心となる。
また4Kで撮影された映画は容量の面で今のブルーレイでの保存再生は難しいが、膨大な映像データを格納できる新しい市販メディアがやがて開発されるだろうから、映画などの4K映像コンテンツも家庭の4Kテレビで観賞できるようになるだろう。

4Kの高精細で色彩ゆたかな画質を人間が目で識別するにはテレビが大画面でなくてはならず、それは50インチ以上とも80インチ以上のスクリーンが必要とも言われている。
そこが普及に向けたボトルネックとされるが、かりに50インチ以上のテレビを持つ世帯に限っていえば、日米ともに4Kテレビは販売価格がこなれてくれば一定の世帯割合まで普及していく可能性が高い。
CESで発表されたソニーやパナソニックの4K有機ELテレビは、その画質の美しさに見学者から驚きの声があがったという。

56型SONY有機EL4Kテレビ

SONYの56型4K対応有機ELテレビ試作機 ※写真はイメージ(SONYホームページより)

 

そうなれば、家庭の居間におかれたメインスクリーンのテレビでは、地上波とBS/CS、CATV、ネット動画(通信に接続している場合に限られる)の5種類の伝送メディアと、それから映画コンテンツなどの再生メディアが同じ大画面を奪い合うことになる。
そのとき、映像クオリティの面で地上波が一番見劣りするようなことになれば、基幹放送とされてきた地上波の優位性は保てるだろうか。

 

映像ビッグバン

というわけで、前回ポストした「その①」冒頭の結論になった。
課題をひとつひとつ克服して4Kを実現可能とするロードマップをいまのうちに立てておかないと地上波の未来への展望もいつか揺らぐことになる。
日本の映像コンテンツの制作と供給を戦後支えてきたテレビにとって、4Kコンテンツの潮流に乗れなくなることは「将来そこにある危機」となりかねない。

デジタル革命は宇宙を誕生させたビッグバン(仮説)のように、すさまじい勢いでデータが「膨張」する技術の体系と、それを物理的に一定の物質に押しこめてコントロールする「圧縮」の技術が相互に作用しあって、バランスをとりながら進展している。

映像のビッグバンは4Kにとどまらず既に8Kの開発も進んでおり、将来は分子の単位に分解されるまでにデータ情報量が爆発的に膨張して、その量的変化は、スクリーンで「現実」を再現できるほどの質的変化を引き起こすかもしれない。
それを圧縮して広く人々に送りとどける技術の開発と普及から脱落した映像メディアは、少なくとも主役から脇役に回らざるをえなくなるのではないか。

(了)

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

20146/18

そこに、パースペクティブ=展望はあるか?2014年の論点⑤

停滞する民主主義が進化する途 ワールドカップの中継番組の瞬間最大視聴率が50.8%だったそうです。このニュースを見…

20146/18

そこに、パースペクティブ=展望はあるか?2014年の論点④

ストレンジなリアリティー:ガンダムUC ep7を見て考えたこと 『機動戦士ガンダム』は30年以上前に、フォーマット…

20146/17

情報“系”の中のテレビジョン

6月は、いろんなことがある。 会社社会では6月は大半の会社の株主総会の季節だから、4月の年度初め、12月の年末とともに一つの区切りの季節だ…

20146/16

テレビというコミュニティ。あやブロというコミュニティ。

あやとりブログに文章を書くようになってかれこれ二年以上経ちました。2011年に出した『テレビは生き残れるのか』を読んでくださった氏家編集長か…

20146/13

ワンセグ全番組タイムシフト視聴は視聴率を下げるのか検証してみた〜ガラポンTV視聴ログより

リアルタイムの放送をテレビで視聴する人が増えることは良いことです。 言うまでもなくこれは「視聴率が上がる」ことを意味します。 &nb…

ページ上部へ戻る