発想の大転換で大ピンチをチャンスに変える〜大胆提言編
前回のおさらい
前回の【問題提起編】 http://ayablog.com/old/archives/21346 では、
- 全録機が普及すれば、リアルタイム視聴=視聴率に大きなダメージを与える
- しかし視点を変えれば、全録機は視聴者とって便利であり、番組制作者にとっても番組作りの原点である「良いもの、面白いものを作る」という本来の姿を取り戻せる
- 視聴率の減少=テレビ広告収入の減少というテレビのビジネスモデルを危うくする全録機に、新たな収入源を見いだす希望が隠されていた
という事を書かせていただいた。
この新たな収入源を見いだす希望とは・・・を論じる前に、昨年末、発売が延期され今、最も注目を集めているスパイダーを例にとり全録機の機能をおさらいしておく。
- 地デジ8局分の放送を1週間分録画し、日々更新し続けてゆく
- ネットワークを経由して外部のHDDやスマホへ映像を持ち出したり、ストリーミングで再生することができる
- 対応のレコーダーに転送してブルーレイディスクやDVDを作成できる
- プロ向けの強力な検索機能で、1週間分の膨大な映像の中から様々なキーワードで番組、シーンを選び出せる
- ソーシャルメディアと連動し、話題のコンテンツを探し出し、人とつながる仕掛けをいくつも用意する
全録機の真価はどこに・・・
「全録機は騒がれている程、大した事はない」という意見もある。
その根拠として、「録画機を持っていても頻繁に使う人はあまり多くないんだよね」とか「番組を録画しておいても結局見るのを忘れちゃうんだよね」とか、「録画された番組はその何割しか視聴されず、視聴されるのは1週間以内がほとんど。1週間以上見られないと、その後、視聴されるのは数%程度にしかならない」などとよく言われる。これは確かにその通りだ。
しかしその評価は全録機の上記、1.もしくは2.と3.の機能だけを前提とした話だ。これだけなら従来の録画機を8台重ねれば実現できる、つまりこれまでの録画機と同じ使い方のイメージで想像しているのだ。
私は、この中で注目されるのは、4.の検索機能だと考えている。この検索機能はかなり高度で、例えばタレントの名前で検索すると、そのタレントが出演した番組はもちろん、出ているCM、話題になったシーンまで検索結果として表示される。例えばサッカーが好きな人が「サッカー」で検索すると、1週間で放送されたサッカーの試合、サッカーのニュース、サッカーを使ったCM、サッカーが話題になった情報番組やバラエティー番組などが全て表示される。まだ仕様が公開されていないが、おそらく複数ワードによる絞り込み検索もできるのではないだろうか。
考えてみれば、この検索機能がなければ全録機は使い物にならない。なにしろ1日24時間×8局×1週間だから1344時間分の録画番組から自分の見たいものを選び出さなければならないのだから、検索機能が充実していなければ使いようがない。
これは従来の録画機ではほとんどできなかったことであり、現段階では数少ないスパイダーのプロ用を使った人以外は、誰もが未体験と言っていい。従ってこれまでの録画視聴の経験則が全くあてはまらない。先に述べた、全録機を低く評価する意見も従来の録画視聴経験に基づくものだ。
それでも「検索してまでテレビを見ようとはしないだろう」という意見もあるかもしれない。しかしGoogleはなぜあれだけ巨大になったのか。インターネットの検索機能が登場する前は、検索という行為は辞書を引いたり、図書館で調べたり、人に聞いたり、過去の新聞や週刊誌を調べたりと、今から考えると気が遠くなるような手間と労力が必要だった。ところがインターネットの中だけでの検索が、これだけ急激に発達し膨大な利用回数になるとは、ネット検索が登場したときに誰が想像しただろうか。
テレビ番組は全録機の検索機能によって、これまでになかった使われ方や楽しみ方をされるようになり、新たな利用価値を獲得できるかもしれないのだ!
今回の主題「メタデータ」
この全録機の検索機能を実現する鍵となるのがメタデータであり、全録機の真の価値は、膨大なメタデータを利用した検索機能にあるのだ。
では、テレビのメタデータとは何か。
テレビの各番組や各シーンで「画面に映っているのは何か」「どんな番組・シーンか」「出演者は」「使われている音楽は」「制作しているのは誰か」などの様々な情報を、テレビ局ごとに、放映時間軸にそって逐一記録されたものがメタデータだ。
このメタデータを、録画した番組の時間軸と紐付ける事で、全録機の高度な検索機能が有効になる。
メタデータには「前付け」と「後付け」がある。「後付けメタデータ」は、テレビ放送を何人もの人間でチェックし、番組内容、出演者、紹介した店、場所などすべてのデータを、手作業で記録していったもので、精度の高いメタデータ作成システムに成長し、大手代理店、テレビ局、クライアント企業などが利用している。
一方「前付けメタデータ」、視聴者が知りたがる情報としてよく取り上げられる「出演者が着ている服はどこのブランド?」などというデータは、テレビ局以外は知り得ない。他にも「ドラマのロケ地情報」や「番組セットに使われている家具やインテリアのブランド」などがある。
メタデータは全録機だけでなく、それを内包するスマートテレビというさらに大きな舞台において、その機能を発揮する。スマートテレビは今後確実に急発展するとみられており、GoogleやApple、サムソンやLGなど世界的なIT企業や家電メーカーが開発にしのぎを削っているが、実質的には成功例がいまだ実現されていないと言っていい。そこでまず、「スマートテレビとは何か」を考えてみる。
スマートテレビは、インターネットに接続され、PC、スマホ、タブレットといったマルチデバイスと繋がる。これは、ネット上での課金・決済、ネットコンテンツとの連携ができる事を意味する。当然、プレイスシフト視聴もでき、TwitterやFacebookなどソーシャルメディアにも対応する。また現在はセカンドスクリーン方式でテレビ×ソーシャル連動が始められているが、これを可能にするアプリにも対応する。このようなアプリはApp Storeなどのようにネットで購入できる。全録機のようなタイムシフト視聴やプレイスシフト視聴が容易にできる。
メタデータの可能性
ではメタデータを活用し、スマートテレビできることは何か。
まず、番組で紹介された店・宿・施設・スポット等の情報データを視聴者がいちいちメモしないでもすむようにしてくれる情報クリップがある。
これらの情報クリップをもとにしたコマースもできる。例えば番組で紹介された商品情報や店舗・宿泊施設などの情報とネットの予約・決済機能を結びつければ、簡単にショッピングや予約の活性化を図る事ができる。
また録画視聴の際、見たい番組やシーンの頭出しやピンポイント再生ができる。指定ワード検索による放送局のアーカイブ映像のオンデマンド再生や全録機映像の再生ができるのは、先に述べた通りだ。
さらにテレビ・ライフログを利用できるようになる。テレビがインターネットに繋がる事で、録画視聴・予約・スマートデバイスへのアクセスログ、テレビコマース(購入・予約・クリップ等)の実績データ、ソーシャルテレビのアプリの購入履歴、利用履歴、話題数、実況率・CM評判等、実に様々で膨大なデータ、つまりビッグデータが手に入る。リーチにおいて圧倒的な強さを誇るテレビがもたらすビッグデータには、大きな可能性がある。
メタデータ・プラットフォームの必要性
現在、メタデータを利用している業界は、家電業界、通信業界、放送業界の3つだ。現状では、各業界の各社がそれぞれ独自にサーバを立て、メタデータを作成しているMデータ社から個別にデータを流しているという極めて非効率な状態だ。
そこでMデータ社の後付けメタデータとテレビ各局の前付けメタデータを集約し、情報量と利用価値を格段に向上させたメタデータを各業界・各社に供給する一元管理のプラットフォームを構築する構想が生まれる。スマートテレビ管理システムともいうべきこのプラットフォームを作れば、メタデータを家電・通信業界に供給するだけでなく、Eコマース業界などにも提供し、そこで得られた成果をアフィリエイトの形で回収できる。
またテレビ局はメタデータによって、リアルタイム視聴だけではなく録画番組であっても、多くの人が見れば見る程マネタイズのチャンスが増えるという、ネットビジネスのようなロングテール・ビジネスに乗り出す事になる。今までのリアルタイム視聴のみに依存したテレビ広告とは、全く異なるビジネスモデルだ。テレビ局の敵であった全録機が利益をもたらすようになるのだ。この差はとてつもなく大きい。
テレビビジネスは、全録機やスマートテレビによって視聴率が奪われ広告市場が縮小する恐れが強くなっているが、このメタデータ・プラットフォームを主導できれば、新たな影響力を確保できるようになる。
発想の大転換というハードルを越えて
ただし、従来のテレビ局経営の発想を大きく転換しなければならない三つの高いハードルがある。
一つ目は、一放送局が単独でやっても意味がないということだ。全局のデータをまとめることで、巨大な番組メタデータ・プラットフォームが完成する。しかしテレビ局は半世紀もの間、熾烈なシェア争いを繰り広げてきた。地デジ化など制度的な対応では力を合わせてきたが、ビジネスという場でも、これまでの確執を乗り越える事ができるだろうか。テレビ局が足並みを揃えてこそ可能な巨大ビジネスに乗り出すには、民放連など、一回り大きなレイヤーが動き出す必要があるかもしれない。
二つ目は、このメタデータ・プラットフォームは、テレビビジネスではなく、テレビを活用したインターネットビジネスだと考えなければいけないことだ。従って、従来の放送外事業のように、いきなり金儲けが実現!などという話ではないことを理解しておく必要がある。
インターネットビジネスのスタートは、まずユーザーが面白がる、便利に感じる、思わず使ってしまうようなサービスを実現することから始まる。そして多くの人が参加するようになった後で、どうやってマネタイズするかを考え、巨大な売上と高い利益率が実現できる。GoogleもFacebookもそうやってリスクをとってグローバル巨大企業に成長した。まず視聴者やユーザーがワクワクするようなサービスを構築するのを、最初の目的とするべきだ。このメタデータ・プラットフォームはそのリスクに応えるだけの大きな可能性を秘めているのだから。
そして三つ目は、オープンにすることだ。今の時代のビジネストレンドは、成功しているIT企業に見られるように、API(アプリケーション・プログラム・インターフェース)を公開し、多くのプレーヤーに参加してもらい、共に儲け共に成長するというものだ。Apple、Twitter、Facebook、Yahoo!などネット系の大企業はAPIを公開し、できるだけ多くの事業者とユーザーを集め共存共栄する方法を選び、成功している。テレビのメタデータ・プラットフォームも、これまで長年続けてきたように、テレビ局だけが利用し儲けを囲い込もうとすると失敗するだろう。現在のデータ放送のように、可能性はあるのに利益を生み出せず、単なるコストセンターを作るだけになってしまう。
テレビ局同士が力を合わせ、ベンチャー企業のようにリスクをとり、テレビの圧倒的な集客力を外部にも利用してもらうという新たな発想は、従来のテレビ局経営の思想とは相容れない全く異質なものだ。これを受け入れるコンセンサスを得るのは、想像以上に困難なことだろう。しかし全録機やスマートテレビというテレビの既存ビジネスモデルを危うくする状況が目前に迫っている今こそ、発想の大転換は絶対に必要だ。
大きな可能性を秘めたメタデータ・プラットフォームだからこそ、この分野には、海外の巨大企業も既にアプローチをかけているという。ここで乗り遅れ外資が先にプラットフォームを構築してしまうと、後で参加しようとしても、「前付けメタデータ」を持つテレビ局といえども単なるプレーヤーの一人、その他大勢の参加者の一人にしかすぎなくなる。携帯キャリアがガラパゴス対応をする間に、スマートフォンのプラットフォームをAppleやGoogleに持って行かれてしまったのと同じ状態になろうとしている。
石橋を叩いて渡るどころか、壊れるまで叩いて渡れなくなってもよしとするような、旧来のテレビビジネスのスピード感覚では確実に乗り遅れ、テレビにとってこれが最後かもしれないプラットフォーム・ビジネスを手にするチャンスを失うだろう。
氏家夏彦プロフィール
株式会社TBSメディア総合研究所 代表取締役社長
テクノロジーとソーシャルメディアによる破壊的イノベーションで、テレビが、メディアが、社会が変わろうとしています。その行く末をしっかり見極め、テレビが生き残れる道を探っています。
1979年TBS入社。報道(カメラ、社会部、経済部、政治部等)・バラエティ・情報・管理部門を経て、放送外事業(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、 商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)を担当した後、2010年現職。
最近はテレビの外の人たちとの人脈が増えています。
Facebook、Twitter(本名で)やってます。
コメント
ワンセグ全番組タイムシフト視聴は視聴率を下げるのか検証してみた〜ガラポンTV視聴ログより
リアルタイムの放送をテレビで視聴する人が増えることは良いことです。 言うまでもなくこれは「視聴率が上がる」ことを意味します。 &nb…
この記事へのコメントはありません。