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20131/18

発想の大転換で大ピンチをチャンスに変える〜問題提起編

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全録機「SPIDER」

きっかけは全録機の登場

昨年の大晦日に3回に分けてアップした【テレビの今と未来は?何をするべきか?…今年を振り返って考える】 の中のテーマの一つとして「全録機で急拡大するタイムシフト視聴と、メタデータ活用による悲願のテレビ局主導プラットフォーム誕生へ」について書いた。

これは大きなテーマなので、実は書ききれない事が山ほどあった。それでこれだけを取り出して、色々書いてみる事にした。

実はメインのテーマは「メタデータ」になる。全録機は、インパクトは大きいものの、西正さんが先日のエントリーで書いているように、単に8つの放送局の1〜2週間分のプログラムを全て録画するという機能については、既に販売されている録画機の延長線上にしかない。それは2局分の録画可能な録画機を4台重ねたものと変わらないからだ。全録機の真価はむしろ、メタデータを使った高度で巨大なテレビ番組データベース・システムにある。テレビが持つ唯一の希望的可能性がメタデータであり、このメタデータの重要性を一気にクローズアップするきっかけとなるのが全録機なのだ。

全録機は具体的にはスパイダーや、東芝のREGZA、ガラポンTV、バッファローの「ゼン録」などがあるが、昨年末に売り出されるのでは…と大注目されていたスパイダーは諸般の事情により発売が先送りされた。誰もが知りたがっている価格もまだわからない(噂では購入時とは別に、毎月利用料がかかるらしい)。

メディア関係者の熱い視線を一身に集めているスパイダーだが、注目される機能は二つある。一つは、「ネットワークを経由して外部のHDD(NAS)やスマホへ映像を持ち出したり、ストリーミングで再生することができます。」(HPより)という機能だ。録画された番組を出先でもスマホやタブレット端末でいつでも見られるという訳だ。これはガラポンTVなどと同じ機能だ。

もう一つが、高度な検索機能だ。HPによると「プロ向けの強力な検索機能がご家庭での利用に合わせてリニューアルします。」とあり、プロ向けの説明には「フリーワードで露出シーンを漏れなく検索。人名・企業名・商品名など、任意のキーワードで検索することができます。ニュース番組はもちろん、情報番組の新聞記事の紹介に至るまで、どんな小さな露出も見逃しません。CMをフリーワードで検索できるのはもちろん、カテゴリの一覧から選ぶこともできるので、目的の業種だけを効率的にチェックできます。さらに新着CMだけを抽出して見ることもできるので、クリエイティブ表現や競合他社の動向チェックにもぴったりです。」と書かれている。

この、いつでもどこでも見られる(プレイス&タイムシフト視聴)機能と、プロも使えるような高度な検索機能という二つの機能によって、全録機がテレビ視聴の破壊的イノベーションを引き起こすと言われている。

 

全録機の破壊的影響

スパイダーの価格が、もし一般家庭で購入しやすい価格(例えばあり得ないだろうが4万9800円とか)に設定されると、猛烈な勢いで普及するだろう。
その際の、全録機がテレビに与えるダメージを考えてみる。

まず、テレビ局のメシのタネと言われている視聴率が下がる。何しろ、テレビ局の時間軸編成とは関係なく、見たいテレビをいつでもどこでも見られるようになるのだから、リアルタイム視聴をする必要がない。もちろんテレビ視聴は「この番組を見る」という明確な意志を持って見る視聴だけでなく、夕飯を食べながら、酒を飲みながらなどの「ながら視聴」もあるので、全録機が決定的にリアルタイム視聴にダメージを与えることはない、という意見もある。しかし、1〜2週間以内なら見たい番組はいつでも見られるという魅力は大きい。少なくともスポーツやニュースなど生のイベントと強く結びついた番組でない限り、リアルタイム視聴は減る、つまり視聴率は下がる。
もちろん視聴率を測定する際、全録機を使っている世帯を調査対象から外すような操作をすれば、影響はないだろう。しかし全録機の普及が進めば、それを勘案した視聴率を測定しなければ、テレビ広告の提供社が納得しない。
さらにタイムシフト視聴ではCM飛ばしが行われる。全ての人がCMを飛ばす訳ではないだろうが、かなりの割合で飛ばされる。CMの価値が下がってしまえばテレビ局の広告収入も下がる。

ただでさえテレビの視聴率は全体的にも低下しているのに、さらに全録機がこれに追い討ちをかけるのだから、テレビ局にとっては絶体絶命の大ピンチとなる訳だ。

 

視点を変えると・・・全録機の素晴らしい恩恵が見えてくる

 しかしちょっと視点を変えると、ダメージばかりではないことがわかる。
これまではテレビ側の、しかもビジネスとしてのテレビ局の目線で全録機を評価して来た。しかし、ユーザー=視聴者の目線で考えてみよう。

全録機を買えば、「あぁ、あの番組、見過ごした!」とか、「えっ!そんな面白い番組があったの?見れば良かった!」という悔しい思いから解放される。これは最近、「良い番組、面白い番組が少なくなった」とお嘆きの視聴者諸兄にとっても、数少ない良い番組を見逃す事がなくなるので、ありがたがられるだろう。また、「そんなにたくさん録画しても、見る時間がないよ」という視聴者にとっても、通勤通学の途中でもスマホやタブレットで見る事ができるので、ありがたがられるだろう。

視聴者の喜びはテレビを作る側の喜びでもある。つまり、テレビを作る側からしても、せっかく良い番組、面白い番組を作っても、見逃されたり録画のし忘れや番組の存在自体を気付かれなかった番組や、録画しても見る時間がないために見られなかった番組が、見ていただけるようになるという、大変ありがたいものが全録機なのだ。

 

全録機による番組制作の劇的変化

こうした視聴習慣が広がれば、作る側も変わる必要がある。リアルタイムの視聴率だけを狙って作って来た番組制作手法を見直さなければならない。例えば「時間またぎ」や「CMまたぎ」などの面倒なテクニックは不要になる。「時間またぎ」とは、ワイド番組や2時間特番などで正時(例えば8時ちょうどや10時ちょうど)をまたぐ際、他局は番組が切り替わるのでCMに入る。そこを狙ってこちらにチャンネルを変えてもらえるように、強力な企画などを設定するという視聴率稼ぎの手法のことだ。また「CMまたぎ」とは、CMに入ったとたん、他局にチャンネルを変えられるのを防ぐため、視聴者が「この先、どうなるの!?」と思わず乗り出した時にCMに入り、CM明けは、CMに入ったシーンよりさかのぼって見せるという、視聴者からの批判も多く、作り手側も正直言って喜んでやっている訳ではない、姑息な視聴率稼ぎのテクニックのことだ。

なにしろ時間軸から解放されるのだから、そのような視聴者の心を逆撫でするような技を使わなくていい。むしろ作り手自身が作品として本当に面白いと思い、より良いと思う番組を作ることが、視聴に繋がる・・・テレビ制作者にとっては夢のような状況になるのだ!

そうだ!全録機が全世帯に普及すれば、ホントウに質の高いコンテンツを提供できる!テレビ制作者に素晴らしい恩恵をもたらすのが全録機じゃないか!!!!!

 

ジレンマを乗り越えるために

でもそうなると、収入の源であるCM収入がどんどん少なくなり、制作費は枯渇し、給料は削られ、作り手はいなくなり、テレビ産業は崩壊してしまう。
ジレンマだ。

さぁどうしよう?

問題は、テレビ広告による無料放送という圧倒的効率的に儲かるビジネスモデルが危うくなることにある。
しかし、こう考えてみたらどうか。

全録機は遠からず市場に出てしまう。当初はお高いかもしれないが、技術の進歩で数年のうちに誰でも買える値段まで下がるだろう。これを止める事はできない。しかも決定的に便利なので必ず普及する。
それなら、テレビ側にできることは予期される広告収入の減少を少しでも補えるような他の収入源・ビジネスモデルを見つけ、将来に希望をつなげる事しかない。

その将来の希望は、最大の敵であったはずの全録機に隠されていたのだった!!!!!!

ここまで書いて疲れたので、続きは次回にします。

(これがいわゆる「CMまたぎ」テクニックなのです)

 

氏家夏彦プロフィール

株式会社TBSメディア総合研究所 代表取締役社長
テクノロジーとソーシャルメディアによる破壊的イノベーションで、テレビが、メディアが、社会が変わろうとしています。その行く末をしっかり見極め、テレビが生き残れる道を探っています。
1979年TBS入社。報道(カメラ、社会部、経済部、政治部等)・バラエティ・情報・管理部門を経て、放送外事業(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、 商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)を担当した後、2010年現職。
最近はテレビの外の人たちとの人脈が増えています。
Facebook、Twitter(本名で)やってます。

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