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201511/16

テレビ見逃し配信サービス『TVer』は、テレビが変わるターニングポイントになる

民放キー局5社の無料見逃し配信サービス『TVer』がスタートして3週間、実際に使ってみるとこのサービスが持つ大きな可能性や課題が見えてきた。
実はこの「あやぶろ」では、数年前から「全局全番組の見逃し視聴サービス」の必要性を訴えてきたのだが、それがようやく実現へ向け大きく踏み出した。もちろん「全番組」は、権利関係の制限で難しいのはわかっているが、少なくとも全キー局が、曲がりなりにも足並みを揃えたことの意義は、とてつもなく大きい。

このTVer、自分で使ってみても、各社のコンテンツが一堂に並んでいるのはとてもありがたい。局をまたいで見たい番組が次々見られる。局ごとの別々の見逃しサービスにいちいちアクセスするのとは大違いだ。
視聴者は「このテレビ局の番組が見たい」のではなく、「この番組が見たい」のだ。テレビ「局」がブランドの時代はもう終わった。しかしテレビ「放送」にはまだブランド力がある。それを最大限に活用できるのがTVerだ。

Twitterなどでの評判も、今のところ良さそうだ。さまざまな関連記事も出ているが、概ね好評のようだ。TVerがどのようなものかや使い勝手になどついては、この記事にわかりやすく書かれているので参考にしてほしい。

日経トレンディ『CM再生が気になる?民放5社のテレビ無料配信「TVer」はどこまで使えるか』 http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/pickup/15/1003590/110500010/

 

このTVerが、テレビにとってなぜ重要なのかを改めて整理してみる。

  • テレビ回帰

まず重要なのは、見逃してしまった連続ドラマを、放送後1週間以内なら、いつでもどこでも見られるので、次回の放送視聴につなげることができる点だ。 テレビ離れが顕著な若年層も、ソーシャルメディアの書き込みからTVerへの視聴に誘導でき、放送視聴につなげることができる。
SNSで「このドラマが面白かった」などのコメントに、TVerでの番組URLをつければ、それをクリックするだけですぐに動画視聴につながる。例えば、昨夜放送され視聴率20%越えをした『下町ロケット・第5話』のURL http://tver.jp/episode/09707501/
これをクリックすると動画が始まりCMのあとですぐにドラマ視聴ができる。
(この操作ができるのはパソコンだけで、スマホではできないようだ)
(このURLで視聴できるのは当然ながら1週間だけで、以降はリンク切れになる)
これができるようになると、ソーシャルメディアからの大きなトラフィックが期待できるし、その番組が面白ければ次回放送のリアルタイム視聴につながる。つまりテレビ離れしていた人をテレビ放送に回帰させられる。
これまでは、LINEやTwitter、Facebookなどで話題になった番組を見たいと思っても、録画していなかったら見る方法はなかった。それをいつでもどこでも見られるようにしたTVerは、テレビの歴史の大きな転換点として記憶されるだろう。

  • 録画視聴からのシフト

次に重要なのは、急速に増えている録画視聴に対抗できることだ。
「地上波テレビ番組を1番よく視聴する方法」という調査では、リアルタイム視聴と答えた人が57.3%、録画視聴が39.5%と、録画視聴をメインとする視聴者が4割近くになるという視聴実態が明らかになったという。

IT mediaニュース 『地上波テレビ、4割が録画視聴 生活スタイル変化が要因 カドカワ調査』 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1510/29/news129.html

言うまでもないが、録画視聴ではCM飛ばしが頻繁に行われる。 録画視聴をするときCMをよく飛ばす人は7割、時々飛ばすも入れると9割近くになる。

Garbage NEWS.com 『飛ばす?観る!? やっぱり気になる録画番組のCM対応(2015年)(最新)』 http://www.garbagenews.net/archives/2242411.html

テレビ局からすれば、大金をかけて作ったプレミアムコンテンツなのに、録画視聴されると飯のタネであるCMはスキップされるので利益につながらないことになる。
先日、大学生と話していたら、「とても見たい番組がちょっと見たい他の番組と同時間帯放送でバッティングしていたら、とても見たい番組を録画しておいて、ちょっと見たい番組をリアルタイム視聴する」と言っていた。そのことをフェイスブックでつぶやいたら、世代を問わず自分も同じだという人が大勢いた。
どうしても見たい番組は録画され視聴率にはカウントされず、それほどでもない番組がリアルタイムで視聴され視聴率という物差しで測られる…つまり、視聴者にとっての番組の価値と、広告収入につながる視聴率が、バラバラに乖離してしまっている状態だ。視聴率を獲ろうとすると、視聴者がどうしても見たいと思う番組が作れなくなってしまうというねじ曲がった状態に落ち込んでしまっている。こうなるとテレビ番組の質は落ちてしまう。
しかし見逃し視聴サービスが充実していれば、わざわざ録画しないでもいつでもどこでも見られる。しかもCM飛ばしもない。TVerの認知度が高まり、ユーザーが増え、視聴回数が増えれば、テレビ広告が失ったCM収入の受け皿になってくれるだろう。

もちろん課題もある。

  • 課題〜UIとコンテンツの充実

TVerの仕組みは、動画をクリックすると各社の無料見逃しサービスに飛んでそこで視聴するという、いわばポータルサイト的なものだ。従って、局によって使い勝手が異なっている。中には、スマホで見るときに操作が非常に面倒な局もある。こうしたUIの悪い番組は、当然ながらユーザーに嫌われるだろう。局のイメージとしてもマイナスになる。早く改善したほうがいい。
また各局ともかなり頑張ってコンテンツを提供しているが、まだまだ少ない。全番組とまではいかなくても、もっと多くの番組がラインナップされれば、ユーザー数はどんどん増える。出し惜しみをしている場合ではない。
もちろん権利処理は非常に大変で、各社でこれを担当している方々の苦労はいかばかりかと、頭が下がる思いがする。政府はこのあたりの法整備、制度整備に力を入れれば、クールジャパンなど訳のわからないことに税金を使うより、はるかにグローバル展開にも役立ち、ユーザーである国民にも感謝されるだろう。

  • 課題〜番組内のシーンごとのURL指定

先にも述べたが、今は番組ごとの URLを指定すれば、個別の番組を最初から見られる。それをさらに踏み込んで、番組の中のシーンごとにURLを指定できるようになれば、SNSなどで「この番組のこのシーンが面白かった」とコメントでき、さらに多くの視聴を呼び込むことができる。番組の作り手側からすると、視聴者にはできるだけ番組全部を見て欲しいと思うのは当然だ。しかし、今の視聴者・ユーザーは気が短い。ちょっと面倒だとすぐ楽しむのをやめてしまう。むしろ番組をシーンごとに切り分け小ピース化することで、ユーザーのコミュニケーションの中で新たなコンテンツ価値が生まれると考えるべきだ。テレビがメディアの王様だった頃ならともかく、今はユーザーファーストの時代だ。ユーザーに、面白い!便利だ!と思ってもらえないメディアは失敗する。
今のところ、この番組ごとのURL指定はパソコンでなければできないようだが、スマホでもできるようにするべきだ。ネットでのコミュニケーションは、今はスマホがメインになっているのだから。

  • 課題〜視聴データの活用

TVerはまだ始まったばかりで、ユーザーの視聴行動を分析できるほどのデータは溜まっていないだろうが、ユーザー数が増えビッグデータが使えるようになれば、どのような番組がどのように見られているのかがわかり、番組制作にも応用できるだけでなく、営業でも利用できる。
これまでは、視聴率という1種類のデータでしか広告媒体としての価値を測れなかったが、多様なデータを広告主に提供できるようになる。
今、テレビ離れしているのは視聴者だけでない。広告主も、広告効果が見えにくいテレビ広告から離れようとしている。それを止めるには、テレビというメディアの媒体価値を上げるしかない。そのためにはビッグデータの活用は必要不可欠だ。
ビッグデータは多ければ多いほどいい。その意味でも、なるべく多くの番組をTVerに並べている局の方が、データ活用のチャンスが高まることになり、テレビ離れしようとしている広告主に戻ってきてもらうという大きなメリットが享受できる。
本来なら全局の番組の視聴データを合わせて分析する方が、圧倒的に効果は大きい。しかしそうすると、頑張ってTVerにプレミアムコンテンツを多く出した局と、消極的な局が、同じ成果を得てしまう。しばらくの間は、データは各局バラバラに扱うことになるだろうが、いずれ自社サイトだけでの見逃し配信サービスの限界がはっきりしてくるにちがいない。

  • ローカル局の可能性

この TVerが持つ可能性は、キー局だけでなくローカル局にとっても大きい。ローカルでしか放送していない番組が、全国を対象に配信できるのだから。
消極的なキー局を横目に、準キー局やローカル局が頑張れば面白いことになる。日本中のローカル局の番組がラインナップされれば、かなり魅力的な動画サイトになる。今は、TVerの広告運用はキー局が各々行っているが、営業力の弱いローカル局の番組については、TVerの運用をしているプレゼントキャストが、動画広告配信システムを提供すればいい。
キー局がもたもたしている間に、ローカル局からイノベーションが起きてしまったら、それも痛快だ。

3年前にこの『あやぶろ』で提案した全局による見逃し配信サービスだが、実はかなり困難だと予想していた。ところが予想外に早く実現してしまった。古い体質だったテレビ業界は今、変わろうとしている。これからの数年間は思いもよらないようなことが次々起こる予感がする。テレビにとって打撃になるようなことも起きるだろうが、失敗を恐れず挑戦すれば、予期せぬ可能性が生まれるかもしれない。面白い時代になったものだ。

 

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  • 氏家夏彦
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