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20128/9

8・9【黄金の海】稲井英一郎

 

【お茶の間でロンドン五輪観戦】
今年のロンドン・オリンピックが俄然、面白い。いや正確にいえば、自分だけでなく、面白いという感想を聞くことが多いのです。

理由はいろいろ。
①    開会式のセンス冴えわたる素晴らしい演出
007と英国女王、ミスタービーンが演奏者の1人にはいったオケ、メリーポピンズにベッカム、最後はなんと言ってもポール・マッカートニーの登場~世界を席巻した英国発の映画と音楽、スポーツは世界中の人々を魅了する力を持っていました。

(フェイスブックに投稿されたマッカートニー氏の写真。

8月7日の撮影時点で66,354人が「いいね!」を押していた)

②    日本選手の活躍
柔道こそやや不本意な成績でしたが、サッカーや水泳では、世界トップレベルでメダル争いに絡むようになってきた実力を発揮。卓球やバドミントン、アーチェリー、フェンシング、女子サッカーなどの競技種目では「史上初」のメダル獲得を成し遂げた選手・チームが続出。

③    世界トップに伍する日本女性の姿
「なでしこジャパン」を筆頭に、日本の女性アスリートがその力強さ、頑張り、躍進を印象づけた感があります。笑うと可憐な表情を見せる一方で、外国の競合に競り勝っていくタフネス。「よくやった!」と思わずいくど声をかけたでしょうか。

④    ソーシャリンピック&デジタル・オリンピック
メディア関連ではツィッターなどソーシャル・メディアの世界的な盛りあがりぶりが報告され話題になりました。名づけて「ソーシャリンピック」元年。巷では、ソーシャルやらずして五輪を語るなかれ、という雰囲気すらあります。
またホスト国の英BBCではインターネットでの映像配信に力を入れました。曰く「デジタル・オリンピック」元年だとか。

 

(インターネットでPC視聴できたハイライト映像~女子卓球)

ところでわが家では、お茶の間で五輪競技を観戦する機会に比較的めぐまれました。家族そろって居間のメインテレビを前に、ビールやソフトドリンク、スナック菓子を手元にそろえて「あ~だ、こ~だ」言いながらの観戦はテレビ視聴経験をより豊かな時間にします。当然、そんな折はソーシャルやるのがモッタイナイと思うことがあります。

ハイビジョンの迫力ある大画面を楽しむのが一番。
結果を知っていても勝った試合はもう一度みても楽しいし、ツィッターやフェイスブックからのバズ(口コミ情報)を一時的に遮断したまま、テレビ放送の時間に合わせて競技を集中して楽しみたい。
そもそも、家族と会話していればソーシャルやっている時間はありません。
米国ではプライムタイムの録画放送を楽しみたいため、「ツィッターよ、黙っていてくれ」といわんばかりに、リアルタイムで結果を流す人々のソーシャル情報をしばらく遠ざける人々が出始めたぐらいです。

 

【ソーシャル絶ちした米国人】
8月1日付けのウォール・ストリート・ジャーナル日本版には「観戦の楽しみぶち壊すSNS  オリンピックファンは情報遮断に必死」という興味深い記事が掲載されました。熱心なオリンピック競技ファンたちがテレビ放送前に「試合結果を事前に知ってしまわないよう」ネット中毒気味のアメリカ人たちが「不可能への挑戦」を強いられている、という内容です。

たとえばオハイオ州のタンコビッチさんは、デジタルメディア編集者という仕事柄、普段は一日中ツィッターやフェイスブックをチェックしているのですが、オリンピック期間中はSNSを遠ざけて、編み物やケーキ作り!で過ごしているというのです。

ではツィッター利用者がオリンピックで減ったかというと、志村さんのポストにもあるように選手自身が契約企業の宣伝、プロモーションも兼ねてツィートし始めるなど、爆発的に利用者が増えています。
北京五輪の08年には1日のツィート数が30万件だけでしたが今は1日4億件、およそ1300倍に増えています。IOC、世界中のテレビ局などマスコミ、普通の個人があい乱れて、五輪競技の結果をソーシャルで速報を競い合うという「競技結果拡散競争」が起きているのです。

 

【拡散競争の中でTV視聴率は過去最高】
ここからが常識を覆すことになるのですが、このソーシャル隆盛でテレビの役割が縮小して視聴率が減ったかというと、米国では一見まったく逆のことが起こりました。
米国での五輪独占放送権をもつ米NBCが7月27日のプライムタイムで録画放送したロンドン五輪の開会式は、視聴率21%(視聴者数4,070万人)で過去最高を記録。また開会から3日間の週末における平均視聴者数は3,580万人で、これまた史上最高の週末視聴率を記録しました。

ソーシャル・メディアが視聴率を押上げたかどうかは、他の要因も含めて有意な統計分析をしないと分かりませんが、ソーシャルによる結果速報やインターネットでの映像配信が爆発的に増えたにもかかわらず、また、開会式はじめ多くの競技がリアルタイム放送でなかったにもかかわらず、米国では過去最多の視聴者が番組編成表案通りの時間にテレビの前に座ったことになります。

ソーシャルメディアラボで杉本穂高さんがレポートされたように、ビジネスとして「NBCは大成功を収めた」ことになるわけです。米通信社のブルームバーグによると、NBCは時差の関係から北京に比べてロンドン五輪は視聴率で苦戦必至と覚悟して、背水の陣で今回の「録画戦略」を採用していました。しかし今のところ不利な条件を撥ね退けた模様で、11億8千万ドル(約940億円)で購入して採算割れと見込まれていた独占放送権がようやく黒字化できそうだといいます。

もちろん日本でもオリンピック関係の番組視聴率は好調です。NHKが未明から早朝にかけてリアルタイム放送した開会式は24.9%でした。ベスト4入りしたサッカー男子準決勝の「日本×メキシコ戦」は深夜帯にもかかわ17.8%(TBS)、同じくサッカー女子準決勝の「日本×フランス戦」も深夜に17.1%(NTV)を記録し(ともに東京地区)、日本の視聴者がいかに生のテレビ中継を楽しもうとしているかがよく数字に現れています。

 

【日常の時間感覚を守る人々】
リアルタイムでテレビを楽しみたい視聴者は、自分の生活時間におけるリズムを自分で調整しています。深夜に注目の競技があるときは、早めに就寝し、夜中にごそごそ起きだす。強豪相手に緊迫した試合のときは、ツィッターやフェイスブックの「つぶやき」がすっと消えて静かになる。「つぶやき」の山が出来るのは点が入ったときか、試合が終ったときだけ。このあたりは境さんが的確に分析されています

一方でソーシャル全盛の米国では、DVR普及によるタイムシフト視聴の拡大でテレビのリアルタイム視聴機会が漸減しつつあると見られています。
しかし今回のNBCの録画戦略成功をみる限り、比較的多数の米国人がネット情報を身の回りから遮断することによって自分の時間感覚を大切に守り、NBCの意図したとおりに、プライムタイムで録画放送された五輪番組を「競技に初めて接する貴重な機会」として活用していたことが分かりました。まるで、風呂上りのビールを最高に楽しむために、便利な自動販売機の前をガマンして通りすぎるかのように??

いつでも、何時でも、ネット空間から降ってくる情報の洪水は、そこに身を浸していると時として私たちの時間感覚、生活リズムを狂わしかねないところがあります。

7月から8月にかけて出張が続いた私は、旅先でTV視聴とともにフェイスブックやツィッター、メールを手の空いたときにチェックしていました。しかしメディアごとにタイムラインが異なる重層的な時空間に放り込まれたことで時間感覚が狂いだし、「過去・現在・未来」がないまぜとなりました。いつ、どんなメディアから、その情報を受け取ったのか混乱してしまったのです。
前回のポスト(テレビが「刻んだ」時間)で書いたように、電子画面からの情報が記憶に定着しにくいことも混乱に輪をかけていたように思います。

 

【ソーシャル時代の黄金の海】

 ツィッターもフェイスブックもまったくなかった時代のことですが、作家の城山三郎氏は、茅ヶ崎駅近くのマンション7階にある仕事場から、太陽光線を反射する相模湾をみては、時間の変化を感じ取っていました。

“頭のどこかはいつも目ざめて、仕事のことを考えていなくてはならぬ。「毎日が月曜日」という緊張というか怯えがなくては、因果なことにわたしどものような職業は成り立たない。” (「湘南~海光る窓」文芸春秋刊)

常に文章のことを考えている作家という職業柄、曜日感覚、時間感覚を気がつけば失っている自身を、そこでは意識されていたのでしょう。その城山氏が試みたのが、時おり窓から海を眺めることだったと滑らかな筆致で描いています。

“海は平らで巨大な発光体になって、横滑りして行く。黄金にまぶされて海が動いて行く、という感じである。
わたしはときどき仕事の筆を休め、茫然として、その海を眺める。眺めている中に、黄金の小さな一片が、胸にとびこんでくる。”
“一日の主な仕事も終わるころ、西に移った黄金の海はいよいよ輝きを強めて語りかけてくる。「あなたにとって、今日一日、黄金の日でしたか」と。”

太陽の光を見ることによって人間の体内時計は正しく初期状態にリセットされるという医学的な話はよく知られています。さきの文を読んだとき私は、黄金の海によって城山氏が、心にうるおいや慰めを求めるとともに狂いがちな時間感覚をリセットとしていたのだな、と思わずにはいられませんでした。

ソーシャル・メディアはとても便利で新たな共有価値を生む反面、接触時間を主体的にコントロールする上手な付き合い方を学ばないと、日々の生活のうるおいを見失い、時間感覚が麻痺することがあるのではないか。
そうだとしたら、テレビ×ソーシャル時代を過ごす自分にとっての「黄金の海」にあたるものを探しておかねば、と思ったりもするのです。

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

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