あやぶろ/OLD

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20143/28

テレビの底力①

「迷子」のオジサンとスーパースター

 

米国のテレビ局のビルの中で道に迷ったことがある。今から20年以上前のことだ。
向こうのテレビ局って、そんなに広いのか?と思われる方もいるだろうか。もしくは、建物が迷路のようなのかって?いやいや、どっちも当たっているけど、それが原因ではありません。

 

もちろん、勝手に不法侵入したのではない。きちんと面会の約束をとって、ビルの中に入ったのだが、最初の訪問部署から、次の訪問部署に移動するときに、道に迷ったのだ。だって、誰も案内してくれなかったから。
いや、正確にいえば、私たちが雇った日系米国人の通訳のご婦人が、高をくくって社内案内を頼まなかったため、自分たちだけで適当に見当をつけて歩いていったところ、倉庫の裏のような場所に出て、建物の中で本当に迷ってしまったのだ。

 

間抜けな迷子の集団は、私を含めて日本から米国のテレビニュース事情を調査するために派遣されたオジサンチームだった。皆、多少は英会話ができたが、道を尋ねようにも、そのテレビ局に勤めている関係者らしき人が誰一人、近くを通りかからない。
途方にくれるというのは、こういう時のことを言うためにあるような言葉だ。当時の米国のテレビ局は、建物が古くて、廊下がくねっていて暗い感じだったから、茫然として立ち尽くすしかない。まさか、外国のテレビ局で、大のオトナたちが行方不明になるとは…無念であるというか、あまり人に知られたくない話である。

 

そのとき、一つのドアの向こうから、映画スターのように容姿端麗で長身の男性が、忽然と現れた。優しげな顔立ち、私たちと目と目が合った瞬間にニコッと微笑む感じのよさ、清潔そうな身なりにピシッと決めたスーツ姿に知的な風貌。
その人物が、私たちに笑いながら、「一体どうしたんです」と声をかけてきた。怪しげなアジア人の集団を警戒する素振りは微塵も感じられず、あくまでも軽やかに、フレンドリーに話しかけてきた。

 

私たちはドキドキしながら答えた。日本から来た×××で、決して怪しいものではない、次の面会を約束している貴局のニュースルーム(報道局のフロアスタジオ)に行きたいのだが、道に迷ったのだ、なんて感じだったかな。
そう答えているうちに、その人物が誰なのかクイズの正解が閃いた。恐らく、米国大統領に次ぐぐらいに有名だった人物の一人、ピーター・ジェニングス氏だったのだ。

 

 

 

米国アンカーのビッグ3

 

ピーターは当時の米3大テレビネットワークの一つ、ABCの夕方のニュース番組「ワールド・ニュース・トゥナイト」のアンカーを勤めていた人だ。アンカーとは、日本で言うニュースキャスターである。ニュースを伝えるリレーの最終走者といった意味だ。

 

当時の著名なアンカーには、ABCのピーターのほかCBSのダン・ラザー氏、NBCのトム・ブロコウ氏が長年にわたってネットワークニュースのアンカーを務めたビッグ3と呼ばれていた。(今はFOXも入れてビッグ4などと言われる)
3人の中でも都会的でハンサムな顔立ちのピーターは、多分,米国人の視聴者の間でも、かなり人気が高かったように思う。ニュースの世界での、周囲にオーラを放つスーパースターのようなものだ。

 

日本でもこのABCワールドニュース・トゥナイトが放送されていたので、その優しげな顔を記憶している方も多いだろう。ピーターはカナダ人で(晩年は米国籍を取得)、見た目とは違って、高校中退でラジオ局に入った苦労人だ。

 

(その後、ピーターは2001年9月11日の米同時テロのあと、米国中がナショナリズムに傾斜していく中で、愛国心をあまり煽らないように中立的な報道を心がけたため保守派から猛烈な攻撃を受けた。2005年に肺がんにより67歳で逝去。彼の事績と人生については、下記の書籍が参考になる)

 

稲井2

平凡社刊

 

そのピーターが、「じゃあ僕がニュースルームまで案内しよう」とにこやかに笑って、私たちを先導して歩き出した。その気取らなさ、腰の軽さに、こちらが腰を抜かしそうになった。
“地獄(地獄じゃないけど)に仏”とはこのことかと、なんとも有難い心境になり、みんなゾロゾロとピーターの後をついていった。もちろん、突然出くわしたクールなピーターに通訳のご婦人は、ぼーっとなってしまっていた(ように見えた)。

 

前置きが長くなったが、こんな冴えない体験談を掲げたのは、昔ほどではないにせよ、今でも米国でいかにネットワークニュースが重視され、アンカーが著名人で人気があり、敬意を払われる存在かということを言いたかったためだ。

 

 

 

テレビニュースが支える経営基盤

 

昨年、民放連が出した「経営四季報2013春」号に大変興味深い分析が載っている。
「米国テレビ放送の概況」(大寺廣幸氏著)という特集記事に次のような数字が挙げられている。

 

・米国のテレビ局は収入の約85%を放送広告枠の販売から得ている。
・自局制作のニュース番組が放送局(テレビ局)の広告収入の35~40%を占める最も大きな収益源である。

 

ここで取り上げられているテレビ局とは、VHF波やUHF波の放送用周波数をもつ地上波テレビのことだが、この2つの数字から見えてくる米地上波テレビ局の姿は、総収入の30~35%程度、つまり三分の一ほどをニュース番組で稼ぎ出しているという驚くべきものである。日本では多分、数分の一以下、いやもっと少ないだろう。

 

ニュース番組は、録画してあとでゆっくり視ようなんて性質のものではないので、録画視聴の影響は受けにくい。ドラマやバラエティ番組を楽しむ人々が、デジタル技術の進化によって録画機などを使ったタイムシフト視聴や、インターネットでのSVOD(定額有料配信)、もしくはAd-Supported VOD(広告付き無料配信)の視聴スタイルに移っていこうが、太い収益の柱は基本的にでんと構えて存在するのである。

 

だから、全米に流れるネットワークのニュースアンカー達は、凄まじいギャラを稼ぎ出す。米テレビガイドによれば、ABCのワールドニュースに出演するアンカーのダイアン・ソイヤーは2012年の年棒が1200万ドル、およそ12億円もあったという。

 

稲井1

米ABCワールドニュース / ダイアン・ソイヤー氏(ウィキペディアより)

 

これが、朝のトークショーになるともっと凄くなる。人気ある司会者は年間20億円前後もギャラを取る。朝のトークショーは日本のワイドショー的な存在ではあるが、一応ニュース番組に分類されるので、ニュース番組が視聴者からの信頼を勝ち得ている米地上波テレビ業界は、タイムシフトなどそんなに怖くはないのである。

 

 

 

すべての世代で強い存在感

 

あちらのテレビニュースの存在感は、世論調査でも裏付けられている。
2013年6月に行われた米ギャラップ社の調査によると、「ニュースをどの媒体で得るのか」という質問に対して、米国民の55%がテレビと回答し、2位のインターネット(21%)、3位の新聞(9%)を大きく引き離している。
しかも世代別の数字でも、18-29歳の50%、30-49歳の50%がテレビニュースを選んだ。ネットニュースの普及とともに、若年層ほどテレビニュースの視聴習慣が漸減しているといわれる米国であるが、すべての世代で依然としてテレビニュースが強いのが現実だ。

 

4年に一度の大統領選報道や大災害、大規模テロのときなど、いざと言うときに人々はネットワークのニュースで何を伝えるか知ろうとする。
それは、アンカーたちが長年にわたり、視聴者から勝ちとった人間的魅力のようなものが支えているところが大きい、と言っていいのかも知れない。

 

ちなみに、日本でもNHK放送文化研究所が2012年11月に行った「テレビ60年調査」で、「世の中の出来事を知る(=ニュース)媒体として、57%の人がテレビを選んでいる。
(新聞28%、携帯電話5%、パソコン9%)
日本でも、ニュース媒体としてのテレビの存在感は米国の調査データとあまり変わらない結果だが、収益面では相当に差をつけられているようだ。
一体、どうしてなのだろうか。追々考えてみたい。

 

 

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
TBS入社後、報道局の取材記者として様々な省庁・政党を担当。ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。その後はIR部門で投資家との交渉にあたったほか、グループ会社でインターネット系新規事業の立ち上げに奔走。
趣味は自転車・ギター・ヨット、浮世絵など日本文化研究。新しいメディア経営のあり方模索中。

 

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