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201212/26

12・26【デフレの罠と「ながら視聴」】稲井英一郎

日本経済がデフレ病に罹ってから久しくなります。総選挙でもデフレからの脱却をうたう経済政策が争点のひとつになりましたが、専門家の間でもその処方箋をめぐり意見がわかれており共通認識は得られていません。
ここではデフレがどういう具合にメディア業界のあり方に影響しているかを考えます。
名目GDPが成長せず景気が低迷するあいだは広告市場も縮小し、4大マス媒体の業績にネガティブな影響を与えていますが、とくにソーシャルメディアとデフレという関係で考えてみます。


デジタルカメラから見えること

下に掲げたのは、CIPA(一般社団法人カメラ映像機器工業会)の統計データからとったデジタルカメラの出荷数と出荷金額の推移です。1999年に500万台そこそこだったデジタルカメラ出荷数は、その後11年で急成長をとげてピークを迎えた2010年には約24倍の1億2千万台以上になりました。
しかし出荷数に製品単価をかけた出荷金額は2008年にピークを迎え、おそらくリーマンショックの影響もあったのでしょう、2009年以降に急減しています。

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スマホの進化がもたらす世界

2008年という年は日本経済が大きな転換点を迎えた年です。前述のリーマンショックがあったのはもちろん特記される出来事ですが、日本ではじめてiPhoneが発売された年にもあたります。
このiPhoneは初代ではなく後継機種の3Gでしたが簡単なカメラ機能が搭載されていました。そして翌2009年にはiPhone3GSが発売されました。カメラ機能は飛躍的に進化し、オートフォーカスやマクロ(接写)機能、ビデオ機能までもつようになりました。

もういちど前掲のグラフを見ていただきたいのですが、2008年から2009年にかけて国内メーカーのデジタルカメラは製品出荷数でマイナス12%、出荷金額にいたってはたったの1年でマイナス25%の激減を経験しています。
この理由としてはリーマンの影響に加えて、iPhoneはじめスマホのカメラ機能高度化が、デジタルカメラの販売数や低価格化に影響を与えたことが考えられます。

このiPhoneがけん引役となってアンドロイド型のスマートフォンも相次いで製品化され、一気にスマホ市場が拡大していくのですが、タブレットPCも含むこの急激な普及と製品機能の充実が日本の民生用エレクトロニクス製品(以下、便宜的にAV機器と呼びます)を苦境に追い込む一因となった構図が、上記のデジカメ出荷推移から読み取れると思います。

というのもスマホが影響を与えたのはデジタルカメラ(一眼レフ式などの高級機はのぞく)だけではなく、AV機器の主力製品の個別機能を次々に取り込むことで、その市場を侵食しつつあるとみられるからです。
手もとに2012年10月に某証券会社が分析した産業レポートがあるのですが、そこから数字だけ抜き出してご紹介します。

2012年におけるAV機器の品目別市場増減(前年同期比による金額ベース)
・携帯ゲーム → マイナス5%
・ノートPC → マイナス10%
・コンパクトDSC → マイナス13%
・カムコーダ、電子書籍、音楽プレイヤー、PND(ポータブルナビゲーション)、従来型携帯電話 → マイナス20%前後

 

日の丸バリューチェーンが崩壊?

JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)のホームページでも2012年1~10月の累計をみると、産業用電子機器がマイナス0.6%と前年並みを維持しているのにもかかわらず、民生用電子機器全体がマイナス29%を記録していることが分かります。

さらにAV機器に関係の深いIT業界は売上を2011年度後半から回復し、12年度上半期では平均7%程度の増収を記録しました。IT業界が比較的業績好調なのに、そのユーザーにIT機器を提供してきたAV家電業界が苦しい戦いを強いられているのは皮肉なことです。

市場関係者は、今後さらに、スマホとタブレットPCの普及が日本メーカーにとって「大きな脅威」となると予想します。日の丸ブランドが得意としてきたデジカメ、ゲーム、PC、携帯音楽プレイヤーなどのポータブルAV機器は今後市場からの撤退に追い込まれかねない品目が出てくることで、日本メーカーの付加価値をうんできたバリューチェーン(価値連鎖)が崩れるのではないかと前述のレポートも懸念しているのです。

ついでにいえば日本の家電メーカーを韓国メーカーと比較して、その経営の失敗に焦点をあてがちなニュース解説やブログ記事を散見しますが、海外市場で韓国勢に日本勢が負けている第一の原因として円高(ウォン安)を主因にあげたものはあまり見当たりません。
しかし英エコノミスト誌の記事では「円ウォン相場の呪い」という刺激的な見出しで“ウォン安が日本のメーカーを赤字まみれにした”と指摘しています。
その掲載図をみれば2008年のリーマンショック以前と比べると日本円の相場は韓国のウォンに対して60~70%近く高騰していることがひと目でわかり、経営失敗を云々する前に価格面で韓国製と勝負になっていない面はもっと語られてしかるべきです。

 

“強みが弱みとなるとき” ~韓国ウォン(Korean won)と日本円の相場推移
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Economist.com 3/3/2012掲載記事「日本は円ウォン相場の呪いをとけるか?」より

 

 

破壊的イノベーションの副作用

スマホが他のポータブルAV機器にとってかわる構図は、技術の進歩と市場ニーズの変化、経済のボーダーレス化が進むグローバル競争がもたらした結果であり批判すべき筋合いのものではありませんが、グローバルに巻き起こるITイノベーションが従来型の産業を破壊して突き進む「創造的破壊」の様相を色濃く見せているのは確かです。
稲井ポスト「テレビの仕事は楽しいかね?」で言及したシュンペーターの項参照)。
そしてその副作用が現在の日本ではデフレ圧力のひとつになっています。

デフレはモノの需要が減って供給が多すぎるために物価の持続的な下落が起こり、経済(国民所得)が縮んでいく現象です。
デフレを引き起こした理由は「資産価値の低下」「金融機関の信用収縮」「円高とグローバル競争の激化による価格破壊と企業業績の悪化」「これらに伴う国民所得の低下」など、いろいろとあります。
(このあたりは「日本経済大消失」(中原圭介氏著、幻冬社発行)など参照)

そしてとくにグローバル競争に巻き込まれた業種は、新興国でつくられる安価で高性能の外国製品との価格競争に直面するため、製造コストを下げることや製造拠点を人件費の安い国・地域への移転することを検討します。さらに破壊的イノベーションの影響をうけた場合は従来製品の需要自体が減っていくため、より雇用を減らし実質賃金も下げる傾向が強まっていきます。

日本でスマホ周辺に起きていることは、まさに「モノ=従来型ポータブルAV機器」、「供給=日本のエレクトロニクス企業(日の丸家電)の生産能力」であり、スマホ市場の普及拡大は家電業界に厳しい競争条件をつきつけています。

「三段論法」的にいえば、米国発高機能スマホの普及がもたらすことによって起こったソーシャルメディアの隆盛は、日本に限ってみればデフレ状況との間接的相関性が見出せることになり、デフレから脱却できない限り日本の広告市場の低迷もつづき、さらに家電メーカーの経営への打撃が加わると、広告収入で食べているマスメディアには更に厳しい経営環境がうまれるという結論にいたります。

 スマホのカゲ

スマホの影はどこにのびていく?

 

テレビのコア・コンピタンス

このようななかで、映像作品やニュース映像を見るため家庭のリビングにおかれた世帯財としてのテレビが、個人端末であるスマホ、タブレットPCの一機能にやがて置き換えられてしまうのではないかという見方が出ています。

これは映像コンテンツ視聴が共同で視聴するスタイルから、「パーソナル視聴」に少しずつシフトしているという前提に基づくものですが、私自身、画質と音響にすぐれたテレビは、放送される番組が一定の質を保っている限り世帯財にとどまり続けると思います。

しかしかりにスマホにとって代わられるようなことになれば、日本で巨大なリーチ力をもつマス媒体(リーチメディア)が事実上なくなり、すべてのメディアがソーシャルメディアのようにオンライン(Web)でユーザー個人をターゲットにする「ターゲットメディア」化してしまいます。

私の乏しい知識ですが、アメリカでマーケティング業界がオンラインの「ターゲットメディア」を様々なデジタル技術で活用しはじめた理由は、可視化(測定)された広告効果に絞って広告費用のROI(投資効率)をよくしようという発想からきたと理解しています。
このためコストカットの手段として重用されてきた経緯があるのですが、先日のアドテック東京で基調講演した米アドビシステムのスコット・ハリス氏はソーシャルメディアを活用したマーケティングについて、米国の多くの経営者がビジネスに与える影響は懐疑的とみており一種のバブル状態にある、と考えていることを明らかにしました。(JB PRESSより)

また日本の若い世代に人気の高い動画共有サービス「niconico」を提供するドワンゴの川上会長は、「ネットは自分が見たい意見しか見えない構造なので、自分の意見が世の中のすべてだと錯覚しやすい。」(ITmediaニュースより)とのべてユーザー側の視点について興味深い感想を語っています。
この見方を企業側のマーケティング論に応用していえば、より多くの消費者に広告をとどけたい企業にとって「ターゲットメディア」のみ活用するのであれば、狙った属性以外の消費者層にはメッセージを届けにくくなることを意味します。

つまり「リーチメディア」と「ターゲットメディア」の組み合わせをうまく活用してこそ、広告の効率化と個人消費拡大の両立がはかられるという答えが導きだされます。
もし日本で、テレビが「リーチメディア」でなくなったら個人消費喚起にとってもマイナスであり、ますますデフレの罠から抜け出せなくなる深刻な事態になりかねません。
だからテレビは、ネットとの連動により「ターゲットメディア」的機能をこれから部分的にもつにしても、すべての映像端末群の主軸として「リーチメディア」であり続けることが日本経済には絶対に必要、という結論にいたります。

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マルチスクリーン視聴~PC、スマホを操作し「ながら」テレビを視る

 

そのためには、丁寧につくりこんだ番組を「じっくり視聴」させるプロフェッショナリズムと、視聴者がほかのことをしながら家庭の大画面テレビも視てくれる「ながら視聴」を可能にする総合編成戦略9/6江戸から考える「メディアの条件」のエディターシップを参照)がテレビにとってのコア・コンピタンス(競争相手がまねできない核となる能力)であることを理解し、維持する努力がこれまで以上に求められていると私は確信します。

食事をとり「ながら」、家事をし「ながら」、PCやスマホをいじり「ながら」、そして時には大好きなドラマを「じっくり」視るという視聴習慣があってこそ、1日平均およそ4時間も視聴者にスイッチをつけてもらっているテレビがそこにあるのですから。

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

 

 

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