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20138/31

テレビの未来③:[いつでも視聴]×[どこでも視聴]の衝撃・前編

 

■■■

 

全録機による時間軸編成の崩壊

 

この「いつでも×どこでも視聴」には大きな問題がひとつある。いつでも、どこでも視聴可能とは言っても、視聴する番組を自分で録画しないことには見ることはできないという問題だ。
問題というには当たり前すぎる事ではあるが、例えば、ユーザーが常に接触しているソーシャルメディア上で、「このあいだ始まったドラマ、すごく面白い」という書き込みで盛り上がっているのを目にしても、録画していなければ見る術はない。
最近は有料VODで見逃し視聴サービスを実施しているケースが増えているので、お金を払って見る人もいるだろう。しかしその数は放送視聴と比べると、はるかに少ない。

 

その制約から解放し、ユーザーの視聴スタイルをガラッと変える可能性があるのが全録機(全番組録画機)だ。既に東芝やソニー、パナソニックなど家電各社が製品として販売しているほか、スパイダーという商品名でPTPとうベンチャー企業が個人向けに発売しようとしている。また簡易型全録機としてガラポンTVという商品が既に販売されている。

 

全録機は単に全局の全番組を録画するだけではない。注目される二つの機能がある。
一つは、スマホやタブレットなど、外部へ映像を持ち出したり、インターネットを経由してストリーミングで視聴できるという「いつでも×どこでも」機能だ。 もう一つが高度な検索機能だ。仮に、録画できる局が8局で2週間分の番組を蓄積できるとすると、一日24時間×8局×14日で合計2688時間分の番組が常に録画されていることになる。この膨大な量の番組から自分の見たい番組を選び出すには、番組メタデータを利用した高度な検索機能が必須となる。どのメーカーの全録機も、フリーワード検索ができ、人名・企業名・商品名・施設名・地名など、任意のキーワードで検索することができる。
この、いつでもどこでも見られる機能と、高度な検索機能という二つの機能によって、全録機の普及は、テレビ視聴スタイルとテレビビジネスに、破壊的イノベーションを引き起こす。

 

大手家電メーカーが販売している全録機はいずれも高額で、一気に普及するとは考えにくい。しかし、主なコスト要因である記憶媒体の価格は急速に下がってゆくのは常識だ。数年後には、普通の録画機レベルまで価格が下がるだろう。また一部の全録機については、ハードウエアを極端に安い値段設定にして、毎月の利用料で回収するビジネスモデルを考えているという噂がある。
仮に、初期コストがほとんどタダ、毎月数千円で地上波全局全番組が録画できるとなったら、爆発的に普及する可能性がある。

 

こうした高機能の全録機には、CMをスキップする機能が装備されている。また、スマホなどのデバイスを使って自宅以外でもネット経由で視聴できる機能も装備されている。
こうなると、テレビという極めて効率的(=巨大な利益を生み出す)なビジネスモデルは崩壊の危機に直面する。
現在の視聴率は、視聴率モニターを設置してある家のテレビを、リアルタイム視聴している世帯だけをカウントしており、全録機による録画視聴や、自宅以外のプレイスシフト視聴は、視聴率につながらないからだ。録画視聴も視聴率としてカウントするにしても、CM飛ばしは容易に行えてしまう。CMを見られない番組にお金を払うスポンサーはいないだろう。

 

テレビにとっての脅威は全録機だけではない。あやとりブログの山脇伸介さんのポスト「恐るべし香港・・・」で触れているが、海外の違法動画配信サイトでは、日本のドラマが放送されると翌日には中国語の字幕付きでアップされる。丁寧にCMははずしてある。ポストで紹介しているのはスマホのアプリだが、このアプリは日本でもタダでダウンロードでき、日本だけでなく韓国、台湾、中国のドラマが見られる。このような違法サイトは他にも様々あり番組はタダで見ることができてしまう。サーバーが海外にあるため番組を削除させるのは至難の技だ。

 

少なくともテレビ局の生命線でもある時間軸編成は、高機能全録機が普及するにつれ、海外の違法動画サイトが増加するにつれ、その効力を失って行くのは明白だ。

 

 

■■■

 

テレビビジネスの危機を食い止める簡易型全録機

 

しかし、この時間軸編成の危機を先延ばしにする手段がある。そのカギを握るのは高機能ではない簡易型の全録機だ。
TBSメディア総合研究所では、簡易型全録機である「ガラポンTV」を試験的に導入した。ガラポンTVは、ワンセグ放送を録画する全録機だ。低画質でもいいと割り切ることでデータ量を減らし、コストの高い大容量の記憶媒体を不要とした。また電子番組表情報や字幕情報などの使用制限を回避することで、様々な検索機能を低額で装備させた。さらに視聴はインターネット経由のみ、つまり視聴できるデバイスはスマホやタブレット、パソコンに限定してしまった。テレビで見ることができない録画機なのだ。
これらの特徴により、ガラポンTVはテレビ放送とうビジネスモデルにに非常に優しい全録機となっている。(・・・次回につづく)

 

 

*******************

 

今回のテーマ、「[いつでも視聴]×[どこでも視聴]の衝撃」は、1回のエントリーでは入りきらないので前編と後編に分けることにする。次回の後編は、テレビ局が全番組の見逃しVODサービスに乗り出すべきだ、という提案について述べる。

 

 

 

 

氏家夏彦プロフィール 株式会社TBSメディア総合研究所 代表取締役社長 テクノロジーとソーシャルメディアによる破壊的イノベーションで、テレビが、メディアが、社会が変わろうとしています。その行く末をしっかり見極め、テレビの明るい未来を探っています。 1979年TBS入社。報道(カメラ、社会部、経済部、政治部等)・バラエティ番組・ワイドショー・管理部門を経て、放送外事業(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、 商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)を担当した後、2010年現職。 Facebook、Twitter(natsu30)やってます。

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