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20138/12

風立ちぬ(志村一隆)

風土と国家の美しい対比

 

この風土と国家の対比は、「風立ちぬ」のなかで奈緒子と二郎が負っている。
奈緒子は絵を描く。人物画でなく自然をそのまま描く。
二郎は、飛行機を設計する。知恵と工業力で空を飛ぶ。
そして、二郎(というか、映画に登場する全ての男性)はどこか冷たいし、奈緒子は情緒的だ。二郎と奈緒子が再会したときも、パラソルを畳んで「それでは」とすぐ立ち去る。「失礼なことを言ったかしら」と気にするのは奈緒子である。父は、「そんなことはない」と言う。
二郎が汽車を乗り継ぎ、奈緒子に会いに行ったときもその晩泊まらずに帰ってしまう。奈緒子の父は、「仕事をしてこそ男だ」と理解を示す。
それに対して、奈緒子が二郎宅に転がり込んだときはそのまま居続ける。そして、サナトリウムに帰るのも、突然ではあるが、手紙を置いていく。それを読むのは妹である。「美しい瞬間を見て欲しかったのね」と言うのは上司の妻である。女性と男性の役割分担が明確だ。
「美しさ」を追求する二郎ではあるが、こうした「情緒的」な美しさには気づいていない。
映画のなかで、「風・風土=自然=奈緒子」と「飛行機(科学)・国家=人為=二郎」の両者に共通するのは「美」である。
監督は、企画書で「夢にまっすぐ進んだ人物を描きたい」「美しすぎるものへの憧れは、人生の罠である」と書いている。
「夢」は人が作りだすもの。「美」は自然に存在するが、人の「憧れ」でもある。
「美しすぎるもの」への「憧れ」を「夢」として追いかける二郎は、国家と個人、美と夢、科学と自然、といった矛盾が合成された「人間」として描かれる。
特高に追われ、二郎が課長と上司に匿われてタクシーで逃げるシーンで、二郎が婚約したことを報告すると、上司が「二郎も恋愛するのか」という。それに対し、二郎は「恋愛くらい自由にできないで、近代国家日本と言えるのか」と言い返す。
このシーンは二郎が唯一、ヒューマンな部分を国家に対して見せる部分である。しかし、それも国家という枠組みを超えていない感情である。
二郎の「美」への追求は、「空を飛ぶ」といったゴールが必要である。なにか、好きになるのに理由が必要なのだ。
「美しい」=「好き」ではなく、「美しい」=「理由」=「好き」である。
課長が車のなかで二郎に言う「会社は君を守る。君が役に立つ間はね」
そこにいる理由が無いと存在できない国家のなかの「人間」とそんな必要もない「自然」。
その理由もロジックや計算で効果が証明されないといけない。
軽井沢のホテルで、飛行機を作る二郎がつぶやく。「風は見えない。枝が揺れて初めて風を知る」
奈緒子は風を感じるのだろう。また、自然とはそういうものだ。風が吹くのに理由などない。
それでも、一瞬だけ二郎が自然と合体するシーンがある。寝ている奈緒子と手をつなぎ、片手で計算尺を使っているシーンだ。このシーンこそ、風土と国家、自然と機械の両者を少しだけ追いかける二郎=人間を表している。

 

という感じで、
「風立ちぬ」は、奈緒子(女性)=自然、二郎(男性)=国家・科学という対比が、美しいほどに成立している計算された作品である。
そして監督のメッセージは、自然に帰れ、自然に生きろ、という点にあろう。
そこは、この映画に「みどり色の映画」という印象を持ったという点だけで、成功なのかもしれない。。。が、フツーに見るにはちょっと退屈だった。。。

 

 

オマケ

 

冒頭の関東大震災のシーンは、東日本大震災後付け加えたんじゃないか?後半に見られる美しい対比構図と比べると、なんだか浮いている。
堀辰雄の小説「風立ちぬ」「奈緒子」は、Kindle無料本で読める。
どーせなら、事前に「熱風」なり、なにか資料を読んでもらって、映画は無音(か、自然の音)でもよかった。
「映画」じゃなくて、絵の展覧会だったらまだよかった。
映画のなかの会議室かなにかの壁に掲げてあった書「天上大風」。堀田善衛のエッセイのタイトルでもあるらしいby Wiki

 

 

 

志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取 締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka
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