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20137/19

●ドラマの魅力を倍返しする「平衡破却」(稲井英一郎)

平衡破却

 

九鬼周造が著した「いきの構造」に従えば、「いき」だと人々から感じてもらうには、いろいろな約束事があるのだが、そのうち視覚に訴える表現様式がもっとも多様で分かりやすい、と九鬼はいう。
その基本中の基本が、姿勢をかるく崩す、というものだ。
名づけて「平衡破却」。

 

平衡とは「つりあい(均衡)がとれている状態」だが、ひとつの概念だけでつり合いがとれている状態にあることが「一元的平衡」。
その状態に対立概念(二元的対立)を持ち込んで軽やかに崩すことが「破却」。

 

たとえば浴衣をきちんと着ることは「一元的平衡」だが、その浴衣を無造作に着る「着崩し」が「破却」にあたる。湯上がり後の正式な着衣は裸体を見せないためであり、そこには一種の緊張があるが、着た浴衣を少し着崩すことは緊張の中に弛緩を見せることであり、裸体を見せずに裸体を暗示させる媚態という効果をうむ。

 

現代でも、スーツをきちっと着た働き盛りの男性が、上着を脱いでネクタイを軽くゆるめたり、ワイシャツのボタンを上から2~3個はずしたりする所作がある。
この、常態を軽く崩すだけの着崩しで「あのカッコウは粋だね」と好意的に見られることがある。軽い「破却」が、その人物について「仕事に取り組む男」を惹起させ、「仕事のできる男」のイメージ、ひいては媚態を暗示させるからだ。

 

江戸時代の浮世絵でも名だたる絵師が、非常に多くの「湯上がり美人」を画題に取り上げた。よくあるパターンが、女性が着物の裾の端にある褄(つま)を左手で軽くつかんで持ち上げる様子、「左づまをとる」の場面。これこそが、典型的な「いき」な視覚表現といわれる。次の「蛍狩(ほたるがり)二美人図(にびじんず)」に描かれている女性が良い例だ。

稲井2

抱亭五清「蛍狩二美人図」(板橋区立美術館HPより)

 

 

ひとりの人間の中には相矛盾する、緊張と弛緩をともなった対立概念が存在するが、「平衡破却」とは、それを純文学のような深刻な心理葛藤で表現するのではなくて、軽やかに常態を崩して振る舞うことであり、まさに江戸の町方文化が育んだ日本オリジナルの「いき」な自己表現だ。

 

 

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