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20116/22

「ゴッホ展とジャーナリズムの方法」 ― 木原 毅

 志村さんのポストに載せられた画がきっかけで、10年前の春、僕もシカゴ美術館に行ったことを思い出した。シカゴは経由地でケンブリッジにいる友人を訪ねるのがいちばんの目的だったが、機会があって成田からシカゴ経由でロンドンと、まさに今回の志村さんとは逆のコースをたどった。東まわりなので時差調整もかねて、荷物をホテルに置くや美術館に繰り出した。

 そこでまさにゴッホの『アルルの寝室』を見て、妙に落ち着かない気持ちになったことを覚えている。原因はあとで資料を見て氷解した。
ご存じかもしれないが『アルルの寝室』は3枚が存在し、アムステルダムのゴッホ美術館、パリのオルセー、そしてシカゴでそれぞれが公開されている。ところが絵のサイズは同じではない。アムステルダムは72×90、シカゴは73.6×92.3、オルセーは57.5×74(単位はセンチ)、恐らく日本人にいちばん馴染みのあるのはオルセーのもので、僕もシカゴに行く前にはそれしか見たことがなかった。一介の旅行者でゴッホの熱烈な愛好家でもないからなんの下調べもして行かなかったが、こんなにサイズが違うとは思ってもみなかった。だから、直感的に「こんな大きさじゃなかったはず」と奇妙な違和感を感じたのかもしれない。

 そこにいながらも感じる違和感。自分のアタマのなかで知らず知らずのうちに蓄積され、紐づけされたはずの知識が、目の前の現実に否定されている。ひょっとすると今回の震災を前にしたジャーナリストやメディア関係者は似たような状況に陥っているのではないだろうか。漠然とで申し訳ないが、志村さんと前川さんのあやとりを読んでそんな思いを強くした。

 震災後、とりわけフクシマで起こっているさまざまな出来事を、ジャーナリストたちはことさら事実を見ないふりをしたり、真実に近づくことをあきらめているわけではない。しかし目の前で起こっている今回の事象を報じるにあたって、これまで培ってきた情報の取捨選択の手法が果たして正しいのかどうか。ジャーナリスト自身がこれまでの経験値から行っていた一次的な情報の吟味が通用するのかどうか、戸惑っている。さらにネット上を駈けめぐる膨大な記号が彼らの判断をにぶらせたりする。それに加えてなお旧来の方法で調査・発掘しなければならない事象(例えば病人や老人たちのような生活弱者が抱える諸問題)も山積している。従来型のじっくり被災地にとどまる覚悟での取材が重要ことは言うまでもない。

 ゴッホの話に戻ろう。すぐれたパトロンなら3枚の『アルルの寝室』を集めた豪華な展覧会を開催することができたろう。事実シカゴの翌年に僕は(偶然だったが)アムステルダムで3枚の『ひまわり』(ゴッホ美術館蔵に、ロンドンのナショナルギャラリー、東京の損保ジャパン東郷青児美術館所蔵のものを集めた大回顧展)を並べて鑑賞するという眼福を味わうことができたが、そこまで見せてくれるパトロンがそうそういるわけはない。ひとつの方法としてある部分をバーチャルで再現してゆく。去年の秋、国立新西洋美術館で開催された「ゴッホ展」では『アルルの寝室』がCGをもとに立体的に再現(元絵はアムステルダム版)され新鮮だった。キュレーションの新境地である。ジャーナリズムの世界でも従来型の取材・発掘に付加してこういった新しい目線での仕事を必要としているのかもしれないと思ったりした。

木原毅(きはらたけし)プロフィール
1978年早稲田大学文学部卒業後TBS入社。ふりだしはテレビ営業局CM部。その後約20年ラジオのさまざまな現場生活を経て、2000年頃からインターネット・モバイルの部局へ。07年よりTBSディグネット代表取締役社長。

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