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20177/14

テレビ視聴率分析〜NHKの好調とフジテレビの苦戦

7月6日に発売された放送批評懇談会の機関誌GALACに「テレビが生き残るカギは、ネット連動」という記事を寄稿しました。この記事は、東洋経済オンラインにも転載されましたので、お読みになった方もいるかもしれません。しかし何しろ紙媒体なので紙面数が限られており、説明をはしょったり、グラフの数を減らしたりせざるを得ませんでした。そこで、あやぶろにフルバージョンの原稿を掲載することにしました。

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毎年5月に多くの企業の通期決算が発表されます。在京民放キー局5社の決算もこの時期に出揃います。各社の決算資料には、売上高や営業利益、番組原価やセグメント別の実績など業績以外にもテレビの現状を把握する上で参考になるデータが載っています。
私が最も注目しているデータは各社のタイム収入とスポット収入、そして年度平均視聴率です。他の費用や売上も気になるのですが、局によって計算方式が異なるので一律に比較はできません。同じ基準で計算され、かつ全体の規模を過去のデータと比較すると、テレビメディアが置かれている現状が見えてくるのが、タイム収入、スポット収入と年度平均視聴率です。

【視聴率は相変わらず下がり続けている】

まず年度平均視聴率を見てみましょう。全日帯・ゴールデン(G)帯・プライム(P)帯視聴率の民放キー局5社の平均値の11年間の推移を見るとこのようなグラフになります。

(グラフ1)民放キー局5社平均の視聴率推移

視聴率は相変わらず下げ止まる様子がありません。P帯は、05年度には12.2%ありましたが、16年度には2.9ポイント減の9.3%まで下がりました。下落率はマイナス24.2%にもなります。つまりこの11年間で視聴率は3/4になってしまったことになります。5局合計の視聴率では、14.8ポイントも下がっているので、キー局ひとつ分以上の視聴率が吹き飛んだことになります。
毎年「視聴率が下げ止まらない」と書いているので感覚が麻痺してしまっているのかもしれませんが、気になるのはG帯・P帯の5社平均視聴率がこの4年間、下落の勢いを増していることです。
各視聴率別の、前年比(前年よりどれくらい変化したか=下がったか)をグラフにしました。

(グラフ2)キー局5社平均の年度平均視聴率前年比

テレビ局にとってドル箱とも言えるG帯、P帯ですが、年を追うごとに下げ方が加速しています。
P帯前年比は、13年度は−0.6%でしたが、その後も−2.7%、−2.8%、−4.3%と毎年、下げ率が拡がっています。

【視聴率下落が加速している要因は?】

なぜ下げ幅が拡大しているのでしょう。この数年間に起きたことを振り返ってみると、動画配信サービスが急に活発になり、その多くにテレビ局が関わっているのがわかります。

◼2014年
4月:Huluが日本テレビ傘下に。
◼2015年
9月:Netflix開始、フジテレビが番組提供。
9月:Amazonプライムビデオがサービス開始。
10月:民放5社による無料広告型の見逃し配信サービスTVerがスタート。
◼2016年
4月:テレビ朝日とサイバーエージェントによる24時間、多チャンネル動画生配信サービスのAbemaTVが開局。
8月:スポーツ有料配信DAZNがサービス開始、サッカーJリーグ放送権を破格の値段で獲得。
8月:フジテレビ番組配信FODが定額制導入。
10月:TBSが定額制番組配信サービスを開始。
10月:ビデオリサーチ社がタイムシフト試聴率の測定を開始。「逃げるは恥だが役に立つ」は、リアルタイムを上回る視聴率を獲得。

ここ数年間でテレビ放送以外にもテレビ番組やスポーツ番組、映画、外国ドラマを視聴する手段が急速に増えました。リアルタイムでテレビ放送を見なくてもテレビ並の高品質番組を楽しめる機会が拡がり、サービスを利用するユーザーも増えています。こうした状況では、視聴率は今後も下がり続けると予測せざるを得ないでしょう。

【NHKの好調とフジテレビの不調】

2016年度には特異な現象もありました。NHKだけが躍進したのです。NHKも含めた在京キー局の視聴率を、前年同期と比べてどれだけ増えたのか、減ったのかを見てみました。

(グラフ3)2016年度 各局平均視聴率の前年差

民放では好調と言われている日本テレビやテレビ朝日でさえ前年より下げ、TBSだけがなんとか踏みとどまっているのに対し、NHKだけが全日、G帯、P帯とも前年より高くなっており、好調ぶりが顕著です。
実はこの現象は、昨年度の第1四半期(4〜6月)の視聴率が出た段階で注目されていました。この時点で、G帯でNHKが日本テレビを抜き、わずか0.1%の差ですが1位になったのです。
NHKは昨年春の編成で、「クローズアップ現代」を19時半から22時に、「ためしてガッテン」を19時半に移行するなどの大きな改編を行なったのですが、これが成功したためだという分析もあったようです。

そこで、各局G帯視聴率の上期(4〜9月、下期(10〜3月)の前年差をグラフにしてみました。

(グラフ4)局別G帯視聴率の上期・下期別の前年差

確かにNHKの上期は、前年同期より1.6%も高くなっています。一方、日本テレビはマイナス0.8%と下げており、NHKが逆転1位になったのもわかります。
ところが下期になると、好調だったNHKは、前年と同水準に落ち込んでしまいました。日本テレビ以外の他の局はみな前年より下げているので、プラスマイナスゼロでも健闘したとは言えるのですが。
では昨年上期に何があったのか振り返って見ると、昨年4月には熊本地震、7月には参院選挙、都知事選挙、8月にはリオデジャネイロオリンピック開催などがありました。どれも NHKが強いと言われているジャンルです。つまりNHKの16年度の好調ぶりは、春の大改編など内的な要因よりも、災害やニュース、オリンピックなど上期に集中した外的要因によるものではないかと分析できます。

グラフではNHKの躍進以外にどうしても目立ってしまうのがフジテレビの不調ぶりです。他の民放も下げてはいるのですが、フジテレビの下げ方が突出しているのは明らかです。
この11年間に各局の視聴率がどう変化したのかを見てみましょう。G帯の局別の年度平均視聴率の推移をグラフ化しました。

(グラフ5)年度平均G帯視聴率の推移

全体的に右肩下がりになっています。3年連続で視聴率3冠王となった日本テレビでさえ視聴率を上げているのではなく、下げていないだけです。テレビ朝日は12年度に1位になりましたが、その後は4年連続で下落してNHKに抜かれています。TBSは05年度から4年間、急激に下げた後は下げ止まっています。
そして11年間を通じて大きく視聴率を下げたのがフジテレビです。05年度にはダントツ1位で14.3%だったのが、昨年度は8.0%、下落率はマイナス44.1%です。この11年間でフジテレビのゴールデンタイムの視聴率は、なんと半分近くまで減ってしまいました。
2011年の地デジ化で、新聞のテレビ欄でフジテレビが一番右端になってしまったことの影響もあるのでしょうが、不調の要因分析は容易ではありません。ただ言えるのは、視聴率の下落が止まる様子が見えないという深刻な事態だということです。16年度はフジテレビのひとつ上位のTBSの差は1.8ポイント、ひとつ下位のテレビ東京の差は1.5ポイントでした。さて2017年度はどうなるのでしょう。

【NHK好調の要因はネット連動?】

NHKのG帯視聴率は、05年度は4位でしたが、08年度には1位に迫る高視聴率を出し、その後は徐々に下げたものの、ここ数年は下げ止まり、好調だった昨年度は再び2位に返り咲きました。このNHKの健闘ぶりの要因を考えてみました。私は好調の要因の一つは、ネット連動企画を打ち続けていることではないかと思います。
数年前までは各局は様々なネット連動企画を実施し、リアルタイム視聴促進につなげる努力をしてきました。その動きは本誌2015年5月号の特集「テレビイノベーションは大阪から始まる」や翌年2月号の特集「テレビのネット連動20年」でも取り上げました。
例えば在阪5局を中心としたマルチスクリーン型放送研究会によるSyncCast、ABC朝日放送のバーチャル高校野球や「ゲーム王」という番組でのニコニコ動画風の視聴者コメント表示、日本テレビの金曜ロードショーでのスタジオジブリの作品や「エヴァンゲリオン」とのスマホ連動、TBSの「大炎上TVオレにも言わせろ!」や「リアル脱出ゲーム」でのネット連動など、各局は意欲的で挑戦的な連動企画を積極的に展開していました。
しかし最近は各局とも動画配信サービスに集中しているせいか、新しいネット連動の動きがあまり見られなくなっています。
ところがNHKは違います。例えば「高専ロボコン」をニコ生やユーチューブなど外部サイトにライブ配信したり、BS1の番組「知られざるトランプワールド」で史上初の360度映像を放送と同時配信したりするなどの取組みを続け、今年の3〜5月にかけての3ヶ月間だけでも、20以上のネット連動企画を実施しています。
テレビ番組のネット連動企画は、テレビ離れの顕著な若年層を再びリアルタイム視聴に回帰させようという狙いがあります。テレビ放送はただ視聴するだけなら完全な一方通行です。多くの人が見ている20%の番組でも、見ている側にはその盛り上がりは伝わらず、視聴率2%の番組と変わりません。ところがネット連動企画は工夫次第で、同じ番組を見ている多くの人たちと一緒に盛り上がり、リアルタイム視聴につながる動機づけができます。
視聴率やお金に直結するものではないでしょうが、開発努力はテレビ放送の価値向上に必ずつながるはずです。NHKはこのような努力を地道に続けています。

【タイム収入とスポット収入からわかること…CM収入はバブル状態】

各局の決算資料には、タイム収入とスポット収入というもう一つの興味深いデータが載っています。キー局5社のタイム+スポット収入の合計と、全日視聴率の合計値を、05年度を1としてどのように変化したのかをグラフにしてみました。

(グラフ4)キー局5社のタイム+スポット収入合計と全日視聴率合計の変化

キー局5社のタイム+スポット収入は、08年のリーマンショックで大きく落ち込みましたが、その後は視聴率の下落にもかかわらず持ち直し、この4年ほどはほぼ同水準で推移しています。視聴率は下がっているのにCM収入は下がらない、この不思議についてはGALAC2015年9月号「テレビ広告“限界説”を吹きとばせ!」でも取り上げました。
この時に試算したように、キー局5社のタイム収入とスポット収入の年度ごとの合計を、5社の年度平均全日視聴率の合計で割った数値、いわば1%あたりのテレビ広告収入と、景気動向指数を年度平均した数値が、それぞれ2005年を1として、その後どのように変化したのかをグラフにしてみました。

(グラフ5)在京キー局5社の1%あたりテレビ広告収入と景気動向指数の変化

GALAC2015年9月号の時点では、データは2014年度までだったので、テレビ広告費は好調な景気と連動するためだと分析できました。しかしその後の2年間はそれでは説明がつかないほど視聴率1%当たりのCM収入は高騰しています。しかも、リーマンショック前の2006年度のピーク時を明確に超えたレベルに達しています。ところが景気動向指数は横ばい状態です。

明らかに視聴率1%あたりのテレビ広告収入はかつてない、高みに突入しています。
その理由は、ネット広告では一度に多くの消費者には届かない、マスに訴えるのはやはりテレビ広告だと、テレビが再評価されたからとも言われています。テレビにとってはありがたい事ですが、視聴率が下がる一方なのに、1%あたりのテレビ広告費は上がり続けるというバブル状態はいつまで続くのでしょうか。テレビ広告バブルは崩壊する心配はないのでしょうか。

【2020年にインターネット広告はテレビを逆転する?】

仮に、視聴率が下がり続けてもテレビ広告費が現状レベルを維持できると仮定しましょう。これが2020年にどうなるのか、毎年2月に発表される電通の「日本の広告費」から予測したのがこのグラフです。

(グラフ5)4マスとインターネットの広告費推移と予測(単位:億円)

過去11年間、テレビ・新聞・雑誌・ラジオのいわゆる4マスは05年のピーク時を下回ったままですが、インターネット広告費は毎年二桁増を続けています。インターネット広告費が今後も過去3年間と同じペースで増加すると、2020年にはテレビ広告費を逆転します。
根拠は他にもあります。矢野経済研究所では、20年度のインターネット広告の国内市場規模は1兆8500億円と予測しています。電通のデータは暦年、矢野経済研究所は年度であり、調査方法も異なるのであくまで目安ではありますが、やはり2020年あたりでテレビ広告費を逆転する可能性は低くはないでしょう。
もちろん2020年には東京オリンピックが開催され、テレビ広告は活況を呈するでしょうから、この年の逆転はないかもしれません。しかし翌年あたりに逆転は十分ありえるでしょう。

ではテレビ局の未来は悲観的なのかというとそうではありません。テレビ局の収入にはこの急上昇を続けるネット広告費も含まれるのです。
最近、大手の広告主が続々とユーチューブから広告を引き上げたことが話題になりました。社会的に問題がある動画に、一流企業の広告が掲載された事例が発覚したからです。ユーザーの目には、いかにもこの広告主がこの問題のある動画を推奨しているかのごとく映ってしまうのを広告主が嫌ったのです。広告媒体としてのネット動画の品質に今、疑問が投げかけられています。ここにチャンスがありそうです。テレビ局が自社のプラットフォームや、各局相乗りの動画配信サービスTVerで提供する動画には、エロもグロもヘイトもテロ支援もありません。広告主は安心して出稿できます。2020年に向けて拡大するネット広告費をテレビ局がぶん獲ればよいのです。

ネット連動企画のチャレンジと、今回は触れませんでしたが、視聴率以外の視聴データを研究開発してテレビに新たなマーケティング価値を付加することでテレビの広告媒体としての価値を向上する努力と、テレビ番組配信でのネット広告収入の拡大は、今後のテレビ局にとって決定的に重要です。ただしその道は容易ではありません。過去の経験則は役に立ちません。テレビ局が生き残る道は、放送局としてではなく、ユーザーの心理を理解し様々なデータを駆使するネット企業として進化する道しかないのです。それを覚悟すべき時がもう目の前に来ています。

 

 

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