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20162/18

2016年、テレビの逆襲が始まる

この記事は、NewsPicksの2016年大予測という、プロピッカーとNewsPicks編集部のメンバーを中心に「2016年」を大胆に予測するという企画に寄稿したものを、佐々木編集長のご厚意で多少手を加えたうえで、転載させていただくことにしました。掲載されたのは昨年の12月31日です。

 

予測の3つのポイント

・2015年上期、テレビ広告収入は前年割れに

・全キー局による見逃し配信サービス「TVer」がスタート

・将来的には全局参加のVODサービスにも期待

 

見逃し配信サービスの可能性

2015年はテレビの歴史的転換点だった。ネットフリックス、アマゾン、ツタヤ、ゲオなどの動画サービスが一気に花開き大混戦模様となったところに、テレビの全キー局による見逃し配信サービス「TVer(ティーバー)」が殴り込みをかけたのだ。

TVerのダウンロード数は、わずか3週間ほどで100万を突破、その後も順調に伸ばしている。2016年は、このTVerを核としたテレビの反転攻勢、逆襲が始まる。

まずTVerの可能性を考えてみよう。TVerの認知度はまだまだ低い。スタートから約1カ月半後、株式会社ジャストシステムが実施した「モバイル&ソーシャルメディア月次定点調査(2015年11月度)」によると、TVerなどテレビ視聴アプリを利用している人と、アプリを知っており興味がある人を足すと26.6%。一方、知っているが興味なしは29.6%と、ネガティブな人の方が少し多い。

しかし、アプリのことは知らない、よくわからないという人が43.8%、つまり認知していない人が4割以上もいる。

仮にこの4割の人がTVerを知り、そのうちの半分がポジティブに捉えてくれるとすると、全体の半数近くが、利用するか興味を持つことになる。TVerの利用者はこれから何倍にも増える可能性があるのだ。
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無料アプリの強み

認知度の低さはテレビ局がほとんどPRをしていないせいだ。番組の提供スポンサーへの配慮もあるのかもしれないが、それは杞憂(きゆう)にすぎない。その理由は後ほど述べる。

TVerのダウンロードが最も頻繁に行われたのは、『下町ロケット』(TBS系で今年10月18日〜12月20日放送)の番組終了後の、ほんの数秒のナレーション付きの告知の直後だそうだ。

TVerで配信する全番組の最後に告知を入れるだけでダウンロード数、つまりユーザー数も視聴回数も確実に増える。

そう断言できるのは、TVerが無料のサービスだからだ。

他の動画配信サービスは有料なので、最初の無料サービス期間が過ぎれば金を払わない限り利用は継続されない。ネットフリックスをはじめとする各動画配信サービスは、この無料期間をどう乗り越えるかに苦労している。

しかしTVerはタダなので、とりあえずアプリを入れておけば、あとはいつでも気楽に利用できる。この気軽さによって離脱は抑えられ、ユーザー数は増加し続ける。

TVerによって各局の見逃し視聴回数はかなり伸びているそうだ。ドラマはもちろんだが、バラエティ番組の視聴が倍近く増えているらしい。スタート時には、局によってTVerへの期待度はかなり温度差があったようだが、今や各局ともその可能性の大きさを無視できなくなっている。

 

テレビ広告収入もついに前年割れ

それにしても、よくぞ動画配信の爆発的増加にTVerが間に合ってくれたと思う。まさに絶妙なタイミングだった。

地上波放送は相変わらず巨額の広告費を集めるが、視聴率は2005年度以来ずっと下がり続けている。にもかかわらず、テレビ広告はリーマン・ショックの影響を受けた2008年、2009年の激減後、毎年少しずつ増加してきた。

ところが、2015年度の上期はついにテレビ広告収入も前年割れを起こした。各局の決算短信によると、在京キー局5社のタイム収入とスポット収入の合計は、前年比98.4%だった。

視聴率が下がり続けているのにテレビ広告費は上昇を続ける、こんなバブルのような奇妙な現象が続くわけがない。かねてそう思ってはいたが、2015年下期の状況によってはいよいよそれが現実化する──TVerが誕生したのは、まさにそんなタイミングであった。

テレビ業界の中にも、視聴率の低下やネット動画の台頭を目の当たりにしてもなお、本気のイノベーションに踏み切れない人たちがいる。

「そうは言ってもまだテレビ広告費は増えているのだから」とか、「まだまだテレビのリーチ力は圧倒的で、しかもこれだけ巨額のお金を集められる広告媒体は他にないのだから」など、さまざまな理由を口にする。いや、実はそういう人たちの方がまだ多数派かもしれない。

このままではまさに「ゆでガエル」のたとえのごとく、気づいたときには死んでいたという未来がテレビ業界に訪れる恐れがあったのだ。

しかし、テレビ広告費がついに減少に転じた。ここで本当の危機感さえ持てれば、そこから反転攻勢を仕掛けることができる。このタイミングでTVerが間に合った意味は、計り知れないほど大きい。

無料広告モデルが機能する

では改めて、TVerの強みを整理してみよう。

まず先にも述べたように、無料サービスであるということ。無料なので、アプリをダウンロードした人はそのまま持ち続け、気が向いたときに使う。アプリが途中で削除されることはなく、ユーザー数は増え続ける。

ここが他のSVOD(Subscription Video on Demand)サービスとは決定的に違う点だ。テレビ各社がちゃんとプロモーションに力を入れて番組数を増やせば、1000万ダウンロードも夢ではない。

そうなると世界が変わる。ユーザー数が100万人程度では無料広告モデルとしてはまったく機能しないが、千万単位になれば話は違ってくる。

もともとCMが途中で入るつくりになっているテレビ番組なのだから、プレロール広告(冒頭に入る動画広告)だけでなく、ミッドロール広告のチャンスもある。

ここで地上波並みに2分の動画広告を入れたらユーザーの反発を招くが、15秒程度ならあっさり受け入れられる。減少が始まったテレビ広告費の受け皿としては、最も期待が持てるメディアとなる。

しかも、プラットフォーマーに何割も搾取されたり、安く買いたたかれたりすることなく、運営費を除き全額が局の収入となる。

この動画広告に、後ほど述べるデータが合わされば、極めて価値の高いネット動画広告となる。この成長可能性は極めて大きく、他のネット広告をはるかに凌駕(りょうが)するだろう。

全局の見逃し番組を1アプリで

TVerの2つ目の強みは、全テレビ局の見逃し番組が、ここに来ればいっぺんに見られることだ。いわゆるユーザーインターフェース(UI、使い勝手)が非常にいいのだ。

TVerがなくても、各局がそれぞれやっている見逃し視聴サービスを利用する手があるが、それではあまりに不便である。

今のネットサービスは、いかにUIをよくするかに徹底的にこだわっている。その優れたUIに慣れたユーザーが、各局バラバラにアプリをダウンロードし、局ごとに違うUIで利用させられるというような面倒なことをするはずがない。

ここ数年間、何度も何度も言ってきたことだが、各局バラバラではダメなのだ。もはやテレビ局はブランドではない。だがテレビ番組はまだブランドだ。だから、局に関係なく番組を選べるTVerが利用される。

「テレビ局はもはやブランドではない」にはまだ抵抗を感じる業界関係者もいるだろうが、どの局の番組か、というのはコンテンツの送り手側の都合だ。送り手側の都合など、ユーザーにはまったく関係ない。

ユーザーにとっては、「見たい番組を見たいときに見られればいい。それが面倒ならば、別に見なくてもまったくかまわない」のだ。それが今のユーザーであり、テレビ局が番組を見ていただくお客さまなのだ。

自分たちがどうやって儲けるかより、ユーザーに快適に楽しんでもらうためにどうすればいいか、それがこれからのテレビ局の経営基準になる。儲けるのはその先にあることだ。

テレビ回帰を促す

TVerのもうひとつの強みは、テレビ回帰の効果だ。

先に述べた「モバイル&ソーシャルメディア月次定点調査(2015年11月度)」によると、TVerのようなテレビ視聴アプリを利用して、テレビ番組の視聴機会が増えると思うと答えた人は16.2%、少しは増えると答えた人が31.1%だった。

つまり、47.3%の人が、アプリによる視聴でテレビ番組を見る機会が増えると答えている。

一方、「少し減ると思う」「減ると思う」と答えた人は、合わせても8.4%にしかならなかった。これはかなり強力なテレビ回帰の力だ。

見逃し視聴によって放送のリアルタイム視聴が阻害されるというのは誤った認識だ。提供スポンサーもそこはしっかり理解していただきたい。

TVerは、それ自身の広告媒体としての可能性と、テレビ回帰を促し地上波放送をブーストさせる可能性を持っている。広告媒体として、テレビの地上波放送はネット動画など比較にならないほどマネタイズの力がある。

これを元気にすることは、テレビ広告の価値向上に直結し、最も手っ取り早い利益確保になる。
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乗り越えるべきハードル

TVerには、課題ももちろんある。何といっても番組数が少なすぎることだ。先に「1000万ダウンロードも夢ではない」と述べたが、それも今の番組数ではとうてい無理だ。

番組数を増やすには、各テレビ局の努力とやる気が必要だ。TVerに対しては局によって温度差があるが、利用者が10倍に増えれば消極的なことは言っていられなくなる。

現在、各局とも独自に見逃し配信サービスを行ってはいるが、TVerというひとつのポータルサイトから全局(キー局、準キー局、ローカル局も合わせて)の幅広いドラマ、バラエティ番組が見られるようになれば、ユーザーにとっての魅力はどんどん高まる。

そこでネックになるのが権利関係のハードルだ。番組数を増やそうとすると、どうしても権利処理の手間とコストが問題となる。各局とも配信番組と共に、煩雑な権利処理作業の増加に悩まされている。それでも在京キー局は、見逃し配信だけでなくすでに大掛かりに過去の番組のVOD(Video on Demand)サービスを行ってきているので、権利処理のノウハウが蓄積され、以前よりはスムーズに処理作業が行えるようになっている。

しかしまだ経験の少ない準キー局やローカル局にとってみると、いったい何から手をつければいいのかわからない状態だ。放送のための権利処理と、配信のための権利処理はまったく異なるからだ。

配信権利処理は、放送に比べれば膨大な作業だ。権利処理のやり方がわからない準キー局やローカル局に、処理方法をアドバイスしたり処理作業を代替したりする仕組みができれば、配信番組は一気に広がる。これは民放全体の課題といえる。

TVerから各局VODへ

もうひとつの課題はデータだ。TVer全体としてはまだユーザーの属性データを取っていない。しかしネットメディアとしての広告媒体価値を上げるなら、属性データはどうしても必要になる。

ユーザー数が数百万人まで増えたら、最初の利用時に性別、年齢、居住エリア、メールアドレスなどの最低限のデータを入力してもらい、ユーザーIDを作成するべきだ。

そうすれば属性に応じターゲティング広告を打ったり、リコメンドをプッシュ通信で送ったり、LINEやフェイスブックなどのSNSや、自社のVODサービスと連動できるようになって、はるかに大きな価値が生まれる。

このテレビ局のVODサービスがTVerの次の、非常に大きな目玉だ。

見逃し視聴サービスとは異なり、テレビ局のVODサービスは、番組の種類も使い方も、課金方法も局によって異なる。

TVerでテレビ局がまとまってサービスを提供する威力を学んだなら、VODも全局がまとまれば、さらに大きな力を持つことは容易に想像できるだろう。

TVerと全テレビ局のVODが同じような使いやすいUIで利用できるとなると、ネットフリックスやユーチューブなど、他の動画配信サービスには本当の脅威となる。世界に例のない新たなサービス、そしてビジネスモデルが誕生する。

わずかでもかまわない、そうした新たな可能性が2016年に芽生えれば、テレビの大逆襲が始まる。

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