あやぶろ

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20132/20

テレビがつまらなくなった理由

小牧さんの考えはこうだ。

どの番組も放送翌日に出る視聴率のグラフ(1分ごとの視聴率をグラフ化したもの)を元に、どのようなシーンで視聴率が上がったか下がったか、どのタレントが話しているときに上がったか下がったかを分析し、視聴率が上がるシーンを増やし、視聴率の上がるタレントを多く使おうとする。例えば歌番組では楽曲の部分は下がり、スタジオのトークで上がる。これはどの局でも同じだ。となると歌番組は、できるだけ歌を少なくし、大物MCが絡むスタジオトークを多くしようとする。他にも例えば法律を扱う番組では、法律の解説部分は視聴率が下がり、トーク部分が上がる。したがってどんな番組でもトークの分量が多くなる、というよりトーク番組になってしまう。

スタジオトークを最も見やすくするセットが、いわゆる「ひな壇」だ。トークが上手いのはお笑い芸人、だから巧みなMCがひな壇に並んだ視聴率を獲れるお笑い芸人のリアクションを引き出してトークを展開するのが、最も視聴率が獲れるということになる。どの局がやっても同じになる。だから同じような番組しか生まれなくなってしまう。じつに明快な小牧さんの推論だ。

 

打開策は・・・

小牧さんはこの閉塞状況を打開する策として、世帯視聴率(一般に言われている視聴率)を捨ててはどうかというアイデアを持っている。どの番組も似たような傾向になってしまうのは、世帯視聴率という同一の物差しだけを頼りに成果を求めようするからだ。そこで番組によってターゲットとする視聴率の種類を変えるのだ。たとえばこの番組はF1(女性の20〜34歳)の視聴率だけを狙う。また別の番組はM2(男性の35〜49歳)だけを…、など番組ごとに狙う視聴者像を明確にする。そうすれば金太郎飴のような番組ばかりでなく個性的な番組が誕生するだろう…、というものだ。ただし、ある条件をクリアしなければならない、と小牧さんは言う。それは、経営トップはもちろん、組織の責任者クラスがこのことを十分理解することだ。ターゲットとなった視聴者層の視聴率さえ獲れれば、世帯視聴率が悪くても責めたりしてはいけない。これができて、初めてテレビは元気になる。

私も似たような打開策を考えている。それは小牧さんと同様にまず物差しの変更、そして現場が安心して冒険でき面白さを追求できる環境を作る事だ。

まず「番組とはハズれるものだ」ということを経営トップが認める。その上で現場には冒険を要求する。冒険とは新しい発想、ユニークなアイデア、独創的な企画だ。そして視聴率ではなく、番組ごとに目標とする「番組イメージ」を設定し、リサーチにかけて変化を測定し、それを番組成功の物差しとする。タレントの顔ぶれで「これだけ揃えば何%は固い」などという視聴率計算をする編成はさせない。

次は環境づくりだ。

先日、会社の先輩の還暦祝いのパーティーで、久しぶりに会った現場の後輩に最近の現場の雰囲気について聞いたらこんな答えが返ってきた。

「いろいろ制約が多くて大変ですよ。番組作りに集中したいけど、やってはいけない決めごとが多くて、コンプライアンスとかに細心の注意を払っているだけで、疲れ果ててます。」

当時はADだったが今やD(ディレクター)やP(プロデューサー)などを務めるバリバリの中堅たちにハッパをかけるつもりで聞いたのだが、逆にこちらが深刻に考え込まされてしまった。これは彼ら現場の努力だけではもうどうにもならないところまで来ているなぁ、というのが率直な感想だ。

テレビ局は様々なミスや失敗などを乗り越えリスク管理の能力を高めてきた。何か問題が発生するたびに、社内研修を何度も行い、膨大なリスク管理表を作成し周知徹底し、少しでもトラブルやミスを減らそうと本当に懸命な努力を重ねて来た。しかしそれは番組制作上の冒険の芽を摘んでしまうことにもなってしまった。

当たる番組は冒険の中からしか生まれない。従って、どうやって冒険ができる環境を作るかが、組織としての課題になる。ミスを起こしても大目にみてやれ、というのではもちろんない。番組制作者が面白いと思う事や良いと思う事をとことん突き詰められるような環境を作るのだ。

番組の危機管理やコンプライアンス管理については、今後、急増する組織の中のベテラン勢に頼ってはどうか。間もなく企業は社員を65歳まで雇用しなければならなくなる。それにあと数年もすると、テレビ局の中の団塊の世代が一斉に50代以上になる。こうしたベテランの力をどう発揮してもらうのかは、どの局にとっても大きな課題だ。どうせなら、今でも最も効率の良いビジネスモデルである地上波放送で、現場が冒険できるように番組制作現場での危機管理やコンプライアンス管理で貢献していただくのはどうだろうか。もちろん上から目線ではダメ、あくまで現場が仕事をやり易い環境づくりが目的なのだから。

前述したように「視聴率をとれ」、「番組をハズすな」、「問題は起こすな」、「金をかけるな」は、経営として正しい判断だ。判断というより当たり前、当然のことだ。しかしそれを実現するために、現場にどのような指示を出すのが正しいのか。そのまま伝える事で逆の効果が発生し、負のスパイラルに落込むのであれば、その指示は間違っていることになる。そこで頭をひねることが大切なんじゃないか、と思う昨今です。

今回はかなり思い切った提言となったので、異論反論、多いにあると思います。是非、あやとりブログにご意見をお寄せください。コメントでも結構ですし、立場上、匿名でないとマズいという方は、匿名投稿ページも用意してあります。

 

氏家夏彦プロフィール
「あやぶろ」の編集長です。
テクノロジーとソーシャルメディアによる破壊的イノベーションで、テレビが、メディアが、社会が変わろうとしています。その未来をしっかり見極め、テレビが生き残る道を探っています。
1979年テレビ局入社。報道(カメラ、社会部、経済部、政治部、夕方ニュース副編集長)、バラエティ番組、情報番組のディレクター、プロデューサー、管理部門、経営企画局長、コンテンツ事業局長(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)、テレビ局系メディア総合研究所代表を経て
2014年6月現職(テレビ局系関連企業2社の社長)
放送批評懇談会機関誌「GALAC」編集委員

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  1. 楽しく読ませていただきました。
    私は報道関係者ではないシロウトですが、テレビがつまらなくなったのはもっと構造的な問題ではないのかな?と思ってます。

    日本のマスコミは官僚化してないでしょうか。特権階級となっていて、競争する必要はないんじゃないですかね。だって電波利権によって新規参入がありません。トヨタやホンダのように「世界と戦う」必要がないんですよね。だから「ミスさえしなければ良い」という考えになるのだろうと思います。

    先日テレビをつけたら、ナショナル・ジオグラフィックの映像を垂れ流して芸人にコメントさせていました。とんでもない堕落だと思いました。

    本当はどんどん新規参入を許して、つまらないテレビ局は淘汰されるべきです。新しいこと、楽しいこと、クリエイティブでイノベーティブな企業が生き残って、それをしようとしない企業は潰れなければならない。

    市場競争のない企業に良い商品は作れません。したがって、マスコミの特権階級を解決しないかぎりは未来永劫日本のマスメディアはつまらなくなる一方だと考えています。「こんなことを言ってもしょうがない」のかもしれませんが……

    • rcvbyhn
    • 2020年 8月 29日

    AIとか機械学習業界じゃネット対象だととっくに広告視聴の質の方にシフトしてるのにテレビ業界じゃまだ視聴率みたいな数字にしがみ付いてんだな

    4世代は昔の世界に生きてんだな…

    • 桑原 博雅
    • 2021年 6月 25日

    放送番組が楽しく可笑しく言い出されてから社会風刺的なリアルなノンフィクションと言うものが遠慮されてきたように感じてならない。本来テレビは娯楽番組だとしたつたえか

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