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201811/4

放送の公共性が問われた「西日本豪雨」報道

私が副編集長をしている放送批評懇談会の機関誌GALACでは、11月号(10月6日発売)で「気象・災害報道とメディア」という特集を組みました。その中で私は「放送の公共性が問われた「西日本災害」報道」という論考を書きました。これは、7月の西日本豪雨の際に、在京・在阪各局が日々、災害に関する報道・情報をどれだけの時間放送したかをデータで可視化し検証したものです。

この記事はネットでは配信されなかったので、GALACを購入した人にしか読まれませんでしたが、今月8日に開かれる放送批評懇談会のセミナー「頻発する自然災害 ローカル局はどう向き合うか」のPRのために、あやぶろに転載することになりました。

なお、言い回しや表現、小見出しなどは変更しています。

 

 

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放送の公共性が問われた「西日本災害」報道
〜テレビの災害報道をデータで検証〜

氏家夏彦 メディア・コンサルタント

「他人事みたい」。7月の「西日本豪雨」災害時のテレビ局の報道に、そんな声が上がった。特に在京民放キー局の対応は、被災地のと温度差を感じるものだった。本稿では、エム・データ社のメタデータを元に、テレビにおける西日本豪雨報道の詳細な検証を行った。

 

例年に比べ多くの台風に襲われた今年の日本列島。しかし被害が最も大きかった気象災害は台風ではなく、梅雨前線による西日本を中心とした豪雨でした。死者221人、行方不明者9人(9月5日現在)を出したこの豪雨を、気象庁は「平成30年7月豪雨」と名付けました。通称「西日本豪雨」です。ところが、この豪雨災害に関するテレビ局の報道が、不十分だったのではないかという疑念の声が、ネットなどで広まりました。

他メディアでこれを指摘したのは朝日新聞です。8月1日、「豪雨報道 十分だったか」という記事を掲載し、「被害が集中したとみられる週末、在京キー局が通常編成を続けた(中略)これにより被災地での報道にも影響が出た」「警戒すべき状況で通常の編成通りに放送すると(中略)警戒心が緩む恐れがある(※災害情報論が専門の近藤誠司・関西大学准教授のコメント)」と、在京キー局の報道姿勢、編成方針を批判しています。

テレビ報道は本当に不十分だったのか、テレビは豪雨災害に関する情報を実際にどれだけ伝えたのかを、データに基づいて検証します。

今回もテレビのメタデータを集計・分析するエム・データ社に協力いただきました。関東、関西の民放キー局5社とNHKが、西日本豪雨について、いつ、どの番組で、どれくらいの長さで放送したのかなどの膨大なデータ(※1)を提供していただき、それを筆者が加工しグラフ化ししました。

データから見えたのは、不十分な民放報道

在京キー局が日々どれくらいの豪雨報道をしたのか。豪雨に関する局ごとの報道時間をグラフ化し、それに被害状況や行政の対応などを時系列で並べました。期間は7月1日から2週間に設定してあります。

西日本豪雨は、台風7号に刺激された梅雨前線が大雨をもたらし、7月1日に北海道で堤防の決壊や河川の氾濫、崖崩れなどの災害を引き起こしたのが始まりでした。同5日に再び梅雨前線が活発化、西日本から東日本にかけて広範囲で記録的な大雨となり、同日、気象庁は緊急会見し最大級の警戒を呼びかけました。

気象庁の緊急会見が行われたのは5日の14時、しかしNHKも含めた各キー局の反応は鈍く、豪雨に関する報道は5日の段階ではほとんど増えていません。

緊張感が不足していた民放と安倍首相?

ちなみにこの日の夜、安倍首相は東京・赤坂の議員宿舎で開かれた「赤坂自民亭」と称する自民党議員との懇親会に出席、官房副長官がその飲み会の様子を画像付きでツイッターに投稿し、のちに多くの批判を浴びました。気象庁の緊急会見を軽視したわけではないでしょうが、緊張感が不足していたと非難されたのは、テレビ局だけではありませんでした。

翌6日、気象庁の懸念は的中しました。多くの地域で河川の氾濫や浸水被害、土砂災害が発生しました。被害を受けた10府県の知事は、次々に自衛隊に災害派遣を要請。気象庁は「大雨特別警報」を発表した。大雨特別警報は、「経験したことのないような異常な現象」が起きうる状況で出すものです。

NHKが圧倒した豪雨報道

これにすぐに対応したのはNHKでした。6日、報道時間を一気に増やし、約12時間30分を豪雨災害報道にあてました。1日の半分以上を豪雨報道したNHKに対し、民放の反応は鈍かったと言えます。前日よりは増えたものの、民放5局を合計してもNHK1局より少ないという貧弱さです。被害の大きさを考えると、十分な報道とはとても言えないお粗末なものでした。

6日の民放の災害報道が増えなかった理由の一つは、この豪雨の発生要因が台風ではなく梅雨前線の活発化だったこともあったのかもしれません。台風接近の際にはどのテレビ局も万全の構えで臨みます。しかし今回は梅雨前線が活発になったということで、どこかに気の緩みがあったのではないでしょうか。

もう一つの理由は、この日の朝、オウム真理教の教祖、麻原彰晃(松本智津夫)ら7 人の死刑が執行されたことです。これはこれで大ニュースであり、特番を組んだ局も複数ありました。しかし特番での豪雨に関する報道はわずかで、各局のニュースやワイドショーもそちらに引っ張られる形となってしまっています。

被害が急拡大していた魔の土日

そしてワイドショーなどの情報番組がもともと少ない週末に突入します。7日の土曜には死者49人、行方不明52人。翌日曜は死者78人、行方不明56人へと被害はどんどん拡大していました。これに対しNHKは圧倒的な量を報道しましたが、民放の報道時間はあまりにも短かった…。週末の2日間で報道特番を打った局は見当たらず、通常編成のまま押し通しました。ワイドショーという有事の即応性に優れた番組がない土日とはいえ、この編成で問題なかったと胸を張れる局は一つもないでしょう。

ところが週明けの月曜から各局の報道量は一気に増えました。連日、それまでの倍以上の時間を災害報道に当てています。特にTBSと日本テレビは、NHKをはるかに上回る報道時間でした。この大量の豪雨報道は金曜まで続きました。

7月6日だけ頑張った?在阪テレビ局

被災地でもある関西エリアはどうだったのでしょうか。次のグラフは、読売テレビ、朝日放送(ABC)、毎日放送(MBS)、テレビ大阪、関西テレビの在阪準キー局5社の西日本豪雨報道の放送時間の合計と、関東の在京キー局5社の合計を日別に比較したものです。

集計期間は7月1日から25日に設定しました。この間、ほとんど全ての日で被害のあった関西より関東の方が多くなっています。西日本を中心とした災害ですが、25日間のうち関東での報道時間が1時間以上多い日は6日あり、50分以上だと11日にもなっています。

ところが、あの7月6日だけは関西が圧倒的に多いのです。6日に何があったのでしょうか。系列局別に、関東と関西で報道時間を比べたのがこのグラフです。

関東に比べて最も報道時間が増えているのがフジテレビ系列の関西テレビです。フジテレビの2時間46分に対し、1時間44分も多く報道しています。次に多いのが読売テレビで日本テレビより1時間24分多くなっています。

各局とも、午後から夕方にかけての長時間のワイドショーと、ニュース枠に設定されているローカル枠をフルに活用し、キー局に頼らず独自の報道を展開していました。

ところが土日になると一転、報道時間は急減してしまいます。7日〜8日で、東西を比較しました。

被害が拡大している中、関東よりも報道時間を大きく増やしたのは関西テレビだけです。土曜の午後に30分の緊急特番を編成するなど、土日で54分多い独自報道を行いました。逆に減らしたのは朝日放送と読売テレビです。特に朝日放送は、土曜の早朝に1時間半のローカル情報枠があるにもかかわらず、その中での豪雨報道は21分しかありません。前日金曜の積極的な報道姿勢に比べると別人のような対応でした。

災害報道の主役はワイドショー

では、どのような番組で報道しているのか、6日の報道時間のデータを「ニュース/報道」系と「情報/ワイドショー」系に分類し、日々どれくらいの時間、放送されたかを表したのが次のグラフです。

7月6日の豪雨報道は、どちらのジャンルもほぼ拮抗していました。日曜はワイドショー枠がないので報道/ニュースが多いのですが、週明けの9日からは情報/ワイドショーが一気に増えました。9日からの月〜金の5日間では、全ての豪雨報道のうち71%が情報/ワイドショーで放送されました。ニュース/報道の2倍以上という多さです。今や災害報道の主役はワイドショーとなっています。

番組別の報道時間ランキング

個々の番組での西日本豪雨報道はどうだったのでしょうか。6月30日からの3週間で豪雨報道の時間のランキング上位20番組のデータを集計したのがこの表です。

報道時間だけ見れば、放送枠が大きい番組の方が多くなるのは当然です。そこでこの表では、各番組が豪雨報道にどれだけ力を入れたかを見るために、番組枠全体の中で豪雨報道が何%を占めたかも計算し表示しました。なお網掛けしてある番組は、ニュース/報道系、それ以外は情報/ワイドショー系です。

「ひるおび!」は、報道時間が15時間で1位ですが、番組の放送枠が長いため豪雨報道時間の割合は29%と、2位となっています。「情報ライブミヤネ屋」は、報道時間は2位ですが割合は49%と他の番組を圧倒しています。「ミヤネ屋」は大阪の読売テレビが制作しているため、西日本豪雨に対しても、当事者としての感覚が東京キー局より高かったのかもしれません。

また上位10番組のうちニュース/報道は5番組ですが、20位の中では7番組と少なくなっています。報道時間の総計も全体の36%と、情報/ワイドショー系の半分でしかありません。

ワイドショーの報道番組化

かつては、災害報道は報道局のストレートニュースがもっぱら担っていましたが、今ではジャンルの垣根がなくなっています。今のワイドショーはこうした災害報道だけでなく、政治ネタや外交ネタを扱う時間も多くなっています。昔は政治・経済・外交ネタは放送すればするほど視聴率が下がるために、ワイドショーでは敬遠されたものです。お天気ネタも同様で、視聴率を引き上げるだけの力はありませんでした。

しかしワイドショーは、難しいネタをわかりやすく見せる努力を地道に積み重ね続けた結果、視聴者に支持されるようになりました。ニュース番組より深く掘り下げているワイドショーもあリマス。特に今回のGALACの特集に寄稿していただいた気象予報士の森朗さんの「ひるおび!」での解説は、非常に専門的な内容にもかかわらず、手作りの模型を駆使して視聴者を引き込む工夫をしていて、お天気ネタを強力な武器に変えたと言えます。

民放の存在意義が問われる災害報道

西日本豪雨報道を振り返ってみると、災害が発生し被害が急激に拡大しているにもかかわらず、通常編成を続けた在京キー局の判断は誤っていたと言わざるを得ません。

本誌の「放送改革」特集にもあるように、将来、民放テレビ局に電波を割り当てるべきかが問題になるのは確実です。テレビ局側は、電波による放送が必要だという根拠として、災害報道などの公共性を真っ先にあげています。しかし今回の西日本豪雨災害への対応は、民放が自らその公共性を否定してしたと受け止められても仕方のないものです。

視聴者が感じるテレビ局の編成方針への違和感は、インターネットで容易に可視化され拡散され、世論として一気に形成されるようになってしまいました。

テレビ局が、今回のように機敏さに欠ける災害対応をしていると、視聴者・国民の間に「テレビ局に電波を割り当てるに足る公共性が本当にあるのか」という疑念が沸き起こり、世論となってしまうかもしれません。テレビ放送の未来にとって必要不可欠な公共性は、今後も維持しさらに高めていかねばならなりません。災害時における柔軟で機敏な編成と、ワイドショーが果たす役割は、ますます重要となるでしょう。

 

(※1)西日本豪雨に関する放送の、日時・曜日・局・番組名・番組開始&終了時刻・内容・秒単位の露出時間・番組ジャンルなどを記録したもの。エム・データ社には、関東だけでもエクセルで14列4800行という膨大なローデータを提供していただいた。

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冒頭でも書きましたが、今月8日に放送批評懇談会のセミナーが開かれます。

http://www.houkon.jp/symposium/saishinkikaku.html

タイトルは『頻発する自然災害 ローカル局はどう向き合うか』です。
開催趣旨には…

「豪雨、台風、地震…日本列島は立て続く自然災害に襲われました。放送にとって災害報道は大きな使命であり、存在意義をも問われます。地元に必要な情報は十分伝えられたのか?ネット上に「フェイク」も含めた情報が溢れる中、放送はネットをうまく活用また役割分担はできたのか?地元でテレビが見られない停電の中で放送はどう機能したのか?CM面での対応は?-など論点は山積しています。」

と書かれています。今回のポストにも書きましたが、民放が国民の貴重な財産である電波を使えているのは、こうした「災害時の報道」という公共性がとても大きな理由です。このセミナーは決してローカル局だけの問題ではなく、在京キー局にも大きく関わる問題です。
また既存の放送局だけでなくメットメディアにとっても、災害時に何をどう伝えればいいかは大きな問題です。フェイクニュースが問題になり、広告主が自社の広告を載せられる信頼できるメディアなのかどうかと、メディアの質が問われている今、このセミナーに参加してみる価値は十分あると思います。

 

 

 

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