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20127/10

7・10【フロントラインはそこにあるのか?】境 治

 

 

この4月からの3か月間で、テレビ朝日が視聴率“四冠”を獲得したそうです。10年ぐらい前に、よくこの局のドラマのポスターを制作していました。その頃は四位が定位置でしたから、当時からすると考えられないことです。時代が変わるとちゃんと順位が入れ替わるテレビ業界って不思議だと思います。
先日あるリサーチ会社の方から聞いたのですが、ここ数年でテレビ朝日はティーンと30歳前後の両方をつかんできたそうです。ちゃんとその世代はそのまま年齢を経ていっているとのこと。テレビ局の支持は世代と大きく関わるものなのだそうで。どの局も同じような番組だと言う人もいますが、やっぱり局のカラーがあるんですね。
その方からはまた“フジっ子”という言葉を教わりました。フジテレビが好きな世代は40代後半に偏っていて意外に狭いのだそうです。ぼくもその世代ですが、確かに自覚ありますね。いまもテレビをつけると“8”を最初に押します。そういう習慣が身体と脳みそに染みついています。もう少し詳しく言うと”フジっ子”は、”TBS育ち”でもあります。ぼくの世代は10代まではTBSで育ち、20代になってからはフジテレビで大人になりました。アスキー総研の遠藤所長によれば、この世代は“テレビネイティブ”です。つまりテレビをメディアの核として育った世代はTBSとフジテレビの世代だということです。
70年代のTBSはどうして強かったんでしょうね?このブログの主宰、氏家さんに聞いたら「うーん、その頃はみんな“テレビとは何だろう”と一所懸命に考えてた、ってことじゃないかなあ」とおっしゃいました。『お前はただの現在にすぎない』そんな哲学的な命題が唱えられていたテレビ局です。考えてみたらなんとストイックな場所だろうと思います。
このブログの書き手のひとり、稲井さんに『調査情報』2008年3−4号を勧められて読みました。特集が“テレビドラマの現在”。何本か、70年代のTBSのドラマづくりの熱気が伝わってくる原稿がありました。壮絶というか、凄みというか、みんなで創造することの苦しみと喜びにあふれていた場だったのだと伝わってきました。喜びではありません。苦しみと喜びです。そういう真剣な場だったのだと思います。
思い返すと、70年代のTBSはすべてのジャンルで“凄み”に到達していました。『ザ・ベストテン』にしろ『8時だヨ!全員集合』にせよ、生放送です。高校生の頃、不思議にも思わずに『ザ・ベストテン』を観てましたが、生放送でランキングを発表し、ひとつひとつの曲にものすごく凝ったセットが準備されていた。しかもそれが動いたり仕掛けがあったりするんです。いま思い返すと、毎回大冒険してたようなもんじゃないでしょうか。
ドラマでも、すごい実験を次々にやってました。とにかくテレビにできることは全部やってやるんだ。そんな意気込みだったのでしょう。ぼくはギター少年でクリエイションというバンドの大ファンだったので、彼らが音楽を担当したドラマ『ムー一族』を観ていました。このドラマはいま思えばムチャクチャでした。ドラマというよりバラエティみたいな。普通にはじまったと思えば途中で「このままお待ちください」というテロップが出て、突然スタジオでクリエイションが演奏をはじめてしまったのを憶えています。なんだかその異様さに興奮したものでした。
80年代に入るとフジテレビが突如最前線に躍り出ました。最近まで知らなかったのですが、それまでのフジテレビは制作を外注に頼っていたのを、経営体制が変わって社内制作の方針が出たそうなのです。外部会社に出向していたスタッフを呼び寄せ、制作会社の精鋭をスカウトし、意欲的な制作者たちが集まってきた。ひょうきんディレクターズの登場もそんな背景があったんですね。
「楽しくなければテレビじゃない」すごいスローガンだと思います。ある意味、TBSがストイックに積み上げてきたものをグシャッと破壊した。TBSが完成した世界を壊して、テレビを素人の世界にしてしまった。そこが痛快でした。最初の頃の「笑っていいとも」なんて、こんな変な人間いるんだ!と驚き呆れるような素人さんたちが出てきてある意味、見せ物小屋でした。TBSが計算されたテレビを創り上げていたのを、フジテレビはテレビ=ハプニングにしてしまった。そして、それは実はテレビ的で、「ただの現在に過ぎない」というテーゼを進化させたものとも言えます。
それが今度は80年代後半から90年代前半、深夜番組の枠の中でTBSとは別方向での完成形を獲得します。ぼくは「ただの現在に過ぎない」テレビを完成させたのがあの頃のフジテレビ深夜枠だと思っています。『やっぱり猫が好き』『夢で逢えたら』『カノッサの屈辱』『アインシュタイン』『奇妙な出来事』『カルトQ』と思い返していくと、ひとつひとつのレベルが驚くほど高かったことに気づかされます。
企画者たちが、制作スタッフが、何と言うのでしょう、“知力”と”芸”を出し尽くすかのようにつくっていたんじゃないでしょうか。観る側も、前のめりで「さあて次はどんな発想の番組なのかな?」と制作者を試すような、あるいは自分が試されるような気持ちで楽しみにしていました。この頃は夜中になるのが待ち遠しくてなりませんでした。テレビを人生の中でいちばんワクワクして観た時期だったと思います。
その時代、その時代で“フロントライン”があるのだと思います。テレビがテレビらしく、ライブなマスメディアの本領を発揮する場が、70年代はTBSにあり、80年代にはフジテレビに移っていったのでしょう。その後それは日本テレビに移り、そしていまテレビ朝日がフロントラインになっているということかもしれません。
もっともぼくにとってのフロントラインはTBS→フジテレビで止まっています。でもいまの30代にとっては日本テレビがフロントラインだったのでしょうし、もっと若い人にとってはテレビ朝日がそうなのだと思います。“テレ朝っ子”の誕生ですね。
ただ、それはあくまで”テレビの中のフロントライン”です。もっと俯瞰で捉えると、”メディア全体のフロントライン”はどうなってるんだろう、という見方もあります。そしてテレビはもはやメディアの最前線ではないのだろうと認めざるを得ません。ではそれはいま、どこにあるのか?中高生の自分の子供たちを見るとヒントがあります。
彼らは朝から晩までスマートフォンを手にしています。LINEで友達とチャットしたり、YouTubeの動画を見たりしています。息子と娘、二人でゲーム機をいじって大笑いしています。娘がピアノで懸命に練習しているのは、ニコニコ動画で誰かが作った曲で、誰かが作った動画とともに人気なのだそうです。「ふーん、それはなんていう人が作った曲なの?」「・・・知らない」作者の名前を知らないのだそうです。
彼らはテレビも見ますが、ほんとうにテレビ”も”といった感じです。週に数本、見ると決めている番組があって、終わるとさっさと自分の部屋に戻ります。続けてついつい他の番組も見る、なんてことはありません。

どのメディアが彼らにとってのフロントラインなのか?それは一口には言えそうにありません。ただはっきりしているのは、彼らにとってテレビは最前線のメディアではないのです。ぼくが『8時だヨ!全員集合』や『ムー一族』や『おれたちひょうきん族』や『カノッサの屈辱』に受けたのと同じような衝撃や影響を、テレビが子供たちの世代に与えることはないのです。
フロントラインは、計算してできるものではない気もします。気がつくと、そこがホットになっていた。だったら要するに、面白そうな場所を見つけて面白いことを追求する、それに尽きるのかもしれません。テレビかネットか、なんてことさえ飛び越えた場所に、21世紀のフロントラインがあるということかな?

 

境 治 プロフィール
フリーランスのコピーライターとして長年活動したのち、なぜか映像製作会社ロボット経営企画室長となり、いまは広告代理店ビデオプロモーション企画推進部長。2011年7月に『テレビは生き残れるのか』を出版。
ブログ「クリエイティブビジネス論」:www.sakaiosamu.com
ツイッターアカウント:@sakaiosamu
メールアドレス:sakaiosamu62@gmail.com

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