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201311/28

マネタイズか死か?~ジャーナリズムのミッション

戦前のメディアに起きたこと

 

ただ、佐々木さんのお話を伺うにつれ、私は個人的な興味を別の点に持った。
東洋経済新報社の伝統と歴史が、この新しいチャレンジを雑誌ジャーナリズムのミッションにどう融合させていくのか、という点である。

 

東洋経済新報社は戦前にあって、当時の軍国主義政権が統べる膨張主義、統制経済に反対する数少ない反骨のメディアだった。
戦前のメディアは新聞と雑誌がほとんどだが、日露戦争の頃を境にして、急速に好戦的になっていった。戦地報道を煽ったほうが、販売部数が数倍に伸びることが分かったからであり、政府と軍部の方針を現実的な観点からチェックしていく役割は、やがて放棄していった。

 

NHKドラマ「八重の桜」にも登場する徳富猪一郎は、同志社を創設した新島襄の教え子だったが、国民新聞をおこしてはじめは平民主義をとなえ、国家主義や軍備拡大に反対するメディア人だった。
日露後のポーツマス講和条約で日本が賠償金をとれなかったときも、現実的な外交方針として講和を支持したため、暴徒化した民衆から国民新聞は襲撃されたほどだ。

 

しかし、猪一郎、のちの徳富蘇峰は大正から昭和にかけて、結局、国家主義・膨張主義に傾き、太平洋戦争の開戦時には時の首相である東条英機から、開戦詔書の案文作りで添削を頼まれるほど政府・軍部と深く結びつき、言論情報統制にも主導的な役割をはたす人物となっていった。
この時代は、在郷軍人会からの不買運動に負けた信濃毎日新聞が、軍部批判をいとわなかった主筆の桐生悠々から筆をとりあげ、退社に追いこむような世のあり様であった。

 

そうした中にあって、東洋経済第五代の社長(主幹)となった石橋湛山(のち戦後に首相)らは、経済ジャーナリストの立場から朝鮮半島や満州の植民地放棄を主張し、統制経済反対の言論を掲げた。インクや紙の配給を減らされる圧力を受けながらも、戦争の長期化に否定的な立場をくずさず、会社がつぶされても言論は曲げられない、という考えで敗戦まで刊行を続けた。
もちろん、時の政府や権力者に批判的な立場をとりさえすればいい、というわけではないが、職や会社を失う覚悟で自分が正しいと思う報道を続けることは、並大抵のことではない。

 

 

 

ジャーナリズムのミッション

 

どんな報道メディアにも忘れてはいけないミッションがある。
民主主義のもと多様性を尊重し、政治行政や経済社会システム全体が健全な姿であるように常に監査し、情報の公開をもとめ、不正やおかしな隠し事があれば白日の下にさらすことだろう。
それは「半沢直樹流」を貫くことでもある。当然、戦争なんてすべてのシステムが破壊され、多くの人命を奪うのだから許されるはずがない。

 

戦前のメディアは軍部からの強烈な圧力もあったが、しかし総じて組織の存続と経営上の利益を優先して、チェック役を放棄していった。
そして今、経営環境が激変したメディア経営は佐々木編集長が言うように、「マネタイズか?死か?」という今日的な命題を突きつけられ、やはり時代の岐路にたっている。

 

反骨の歴史をもつ老舗の雑誌社のDNAはまだ健在だろう。先日、東洋経済から刊行された「そして、メディアは日本を戦争に導いた」(半藤一利氏と保坂正康氏の対談)は、東洋経済出版部門にそれが息づいていることを示している。
一方、佐々木さんは、雑誌媒体が存続できるかは向こう5年が勝負という問題意識を持ち、明治に「時事新報」をたちあげ、起業家としても成功した福澤諭吉を引きあいに出して、「起業家ジャーナリスト」を目指すべきだとしている。
石橋湛山か、福澤諭吉か、どちらの方向性を念頭におくにしても、ジャーナリズムのミッションの本質は変わらないはずだ。

 

いまは戦前、戦時下とちがって軍国主義の世ではないので、少なくとも投獄され肉体的拷問をうけたり、命を狙われたりすることは、まずないが、ネットの普及で媒体が多様化し、読者・視聴者の動向にわたしたちは右往左往している。

 

そんなときに、提示すべきジャーナリズム像がマネタイズだけであると、いかにも侘しい。マネタイズできても、ジャーナリズムの“死”があったことは歴史が示している。
問われていることは、実はなかなか重いのである。

 

稲井2

 

 

 

 

稲井英一郎(いない えいいちろう) プロフィール
TBS入社後、報道局の取材記者として様々な省庁・政党を担当。ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。その後はIR部門で投資家との交渉にあたったほか、グループ会社でインターネット系新規事業の立ち上げに奔走。
趣味は自転車・ギター・ヨット、浮世絵など日本文化研究。新しいメディア経営のあり方模索中。

 

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