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20114/4

“せんぱい”日記 ⑩ 「放送人の会」・震災の記録集約・スキー終了・震災とメディア利用行動  前川英樹

3月25日(金)
放送人の会の企画「放送人の世界/曽根英二・人と作品」第2回がNHK青山荘で開かれる。大震災直後の開催だが、先週の第1回の20人余より参加者が増えて、今回は35人ほど(曽根さんのドキュメンタリーについては、3月21日と30日の「あやブロ」で触れた)。例年の半分以下なのは今の状況ではやむをえまい。参加者の関心は、今回の震災<後>に曽根作品を見たことについてだった。つまり、震災<前>だったら、印象・感想・批評の在り方が全く変わっていただろうということだ。それは、曽根さん(でなくても、ドキュメンタリーというもの)が切りとった「状況」が、現在という時間と切り離せない関係として存在するのであり、今回の地震はその<関係>を打ち壊したのかもしれない(多分そうだろう)という、確信に近い“予感”を多くの人が持っていることを示している。「震災<後>」という言葉は、これからこの国を考える一つのキーワードになるだろう。

3月26日(土)
放送人の会・幹事会。
「大震災をメディアはどう伝えたか」という総括を巡る意見交換。
「総括はいずれなされるであろうが、今はまだその時ではないだろう。しかし、放送人として“その時”をどう体験したか、そしてその後どのようなメディア体験をしたかは記録しておくべきだ」。

3月27日(日)
次回「あやブロ」原稿用メモ書き。

3月28日(月)
午後、民放連で新・放送法のレクを受ける。
昨年度終了した「放送の将来像と法制度研究会」の延長上の作業だが、それから1年近くの間、現実世界の動向から少し離れていた。そのせいだろう、放送法問題が感覚的に遠く感じられる。

3月30日(木)
「あやプロ」原稿を管理人に送る。
大震災について直観的に思ったことをフォローしてみたが、今回で当座の思いを書くことは一区切りしたか?
■ [情報の重要性と意味について考えさせられた…大災害・テレビ・ネット](3.16.)
■ [都心は静かだが、不安も密かに潜行している-大災害・テレビ・ネット②-](3.21.)
■ 「災害をみるメディアの<眼線>」(3.25.)
■ 「記録せよ!『方丈記私記』再読-震災<後>とメディア―」(3.30.)

とりわけ思い入れが深いのは、「方丈記私記」だ。堀田善衛という作家にいつ出会ったかは定かではないが、「定家明月記私抄」の「世上乱逆追討耳ニ満ツト雖モ、之ヲ注セズ。紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」という一文への堀田善衛の拘りに、打たれるものがあったのだった。堀田善衛はこの「定家明月記私抄」のあとがきで、これを書いたのはパルセローナ滞在中だったと記していて、それを読んだ僕は驚嘆したのだった。ゴヤ四部作など、作家としてスペインへの並々ならぬ関心があることは知っていたが、中世の歌人藤原定家のことをスペインの地で書くというのが、どうして可能なのか、この人はタダものではないと思ったのだった。その「定家明月記私抄」よりも早く、同じ戦時下での文学的体験を書いたのが「方丈記私記」だ。そのように時代を生きることができるという、その生き方に僕は惹かれたのだった。

3月31日(木)
今シーズンのスキーは、思わぬ形で終了してしまった。定宿に預けてある荷物片付けに戸隠に行く。寒の戻りで新雪。
(この日の朝日新聞「論壇時評」で東浩紀氏が「大震災と言論人 自らメディア『になる』役割」を書いている。これについては、別「あやブロ」参照。)

4月1日(金)
快晴。午前中ゲレンデを覗いてみる。
いつも滑る山の上の第5、第6リフトは「事情により運休」。穏やかな陽光に無人のゲレンデが寂しい。下のゲレンデもスキーヤーはまばら。チーム“戸隠Jr”がポールの練習、そして親子連れが数人・・・静かだ。
この陽光が一日でも早く被災地に届くと良い。

スキー道具の手入れをして、スキー置き場の棚の上に上げる。来シーズンまでお預けというのは例年のことだが、来シーズンはどうなっているのだろう。シーズン終わりをこんな風に迎えるなんて、思いもしなかった。ウェアーなどを整理してザックに詰め込み、宅急便で送り返す手配。

スキー仲間の村上さんと震災のことをあれこれ会話。
この先輩の状況分析と想像力に、いつも一目置いている。
「何年かしたら、今回の被災地各地に“震災博物館”をつくって、日本人が経験したことの記録を収集し、それを公開して世界中の人に見て貰うことを考えたらどうか」、「報道機関は取材映像を提供して共同管理、共同使用すればいい」、「太平洋岸の被災都市を北から南まで辿るツアーだってあるかもしれない。アウシュビッツだって世界中の人たちが見て“人間の経験=歴史”を見つめてるんだから、自然災害だってそういうことは『あり』だろう」、「今は、トラウマで『そんな話は聞きたくない』という人がいるだろう。だけど、いずれそうした記録を保存するという話になる」、「その時、誰がどのように構想するか、優れたプロデューサーがいると良いのだけど、いるかなぁ、この国に。」、なと゜など。

帰宅したら「民放 経営四季報・春」が届いていた。調査「東北地方太平洋沖地震とメディア利用行動」(民放連研究所2011年3月調査)が掲載されている(調査地域は東京、神奈川、埼玉)。今回の震災におけるメディア体験の調査報告としては最も早いものだろう。地震直後に接触したメディアは、テレビが71%(ワンセグ、データ放送を含む)インターネット38%(内ニュースサイトは31%)となっている。その上で、そのメディアからの情報が「役に立ったか」については、ラジオが46%、テレビが44%が「非常に役に立った」とされている。この調査では、全体にマスメディアの有用性が評価されている。

4月2日(土)
震災以後中断していたウォーキングを再開。日常の回復か?
「日常性とは陽がまた昇ることなのである」(野口武彦「安政江戸地震」 前掲)
春だ、確かに。

4月3日(日)
朝日の論壇時評について、「あやブロ」原稿を書く。
■ 「震災を巡る言論空間は何処にあったか」―「論壇時評」を読む―

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