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20113/16

[情報の重要性と意味について考えさせられた…大災害・テレビ・ネット]  前川英樹

千年に一度の大災害だという。
あや取り手の皆さん、そしてこの「あやブロ」にアクセスして下さる皆さんはご無事だろうか。被害を受けられた方、あるいはお身内にそのような方がいらっしゃったら、お見舞い申し上げます。

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先週、河尻さんポストがアップされ、かなり力の入った河尻的意見に対してこちらもきちんと応えなければ、と思っていたのだった。それから、氏家管理人がレポートしていた放送批評懇談会のシンポジゥムのセッション「ソーシャルメディアとジャーナリズム」の議論についても書きたかった。見事なすれ違い方の面白さも含め、いまメディア(マスであろうがソーシャルであろうが)の立ち位置がどこにあるのかを考えるために、とてもスリリングなディスカッションだった。そしてもう一つ、ACC CMフェスティバル入賞作品上映会に参加して、そこで思ったこともメモしておきたかった。だが、今はその時ではなかろう。

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”その時”、長野県戸隠スキー場の食堂にいた。かなり大きな揺れで、天井から下がった電灯が幅1メートルくらい揺れた。速報で震源が東北と聞いて、大地震だろうと直観したが、地震の規模はどれほどの大きさだろうかとひどく不安を覚えた。東京の揺れなども伝えられてちょっと動揺、直ぐ自宅に連絡。地震発生直後のためか、ケータイは何とか繋がり無事を確認。その後、メールは時々送信できたが、電話はなかなかかからなくなった。それでもその日のうちに家族全員と連絡がつき、TBSメディア総研とも電話で、氏家、関根から「迫真的にしてリアルな話」を聞いた。翌日には知人・友人たちとも連絡が取れたが、長野・新潟の地震の影響もあり、新幹線が動かず帰宅の方法がないため宿に足止め。スキー場も営業停止。13日の日曜日に帰宅。

この間のメディア体験。
仕事で出張ということもなくって、PCを持っていくこともないので情報はテレビ、あるいは携帯端末の音声(テレビの音声も含む)とケータイだった。ネット中心に災害情報体験をしたあや取り手の方のレポートを聞きたい。
客室にテレビのない宿だが(それが良くてこの宿に来る客もいる)、1台だけ共有スペースの隅にあるテレビで、津波映像などを見てまさに息をのんだ。そして、やっぱり“テレビは凄い”と思ったのだが、ではテレビの何が凄いのだろうかとも思った(起こったことの凄さ、すさまじさ、怖さはいわずもがなだ)。
テレビ局のスタッフが撮った映像のことか、そうであれば住民が避難しながら撮った映像はさらに凄い。では、その映像を「不特定多数」にブロードキャストすることが凄いのか。ライブ情報を同時的に多数に送ることの「力」はいうまでもないが、その映像がアップロードされてあとからアクセス視聴できる点ではネットは強い。では、映像の迫力が映し出されているテレビ受信機、パソコンに比べて画面が大きいことが凄いということか。
などと思っているうちに、放懇シンポのもう一つのセッション「ITは放送ビジネスをどう変えるか」で、日テレの倉澤さんが「『テレビ』とはテレビ局が作ったテレビ番組を放送波で送信し、テレビ受像機で観るメディア」と語っていたことに思い至った。つまり、テレビの「凄さ」とは、システムとしての強みなのだ。いささか古典的過ぎるかもしれないが、それしかない。テレビがインターネットを環境として受け入れ、“自ら変わる”と決意しない限りテレビに未来はないとしばしば言ってきたが、どこに主体あるいは強みがあるか、即ち“自分は何者か“を確かめないでは変わりようもない。
ついでに、倉澤さんは日テレの地震特番で、福島原発事故の解説役として出演している。ボルドー大学物理学部修士課程卒、原子力関係の取材経験が豊富で、著書に『原子力船「むつ」虚構の軌跡』がある。「倉澤は、ボルドーでワイン作り勉強をしてきたんだ」というギョーカイらしい冗談をいう人がいたが、とんでもない。

もう一つの長野でメディア体験は、AMラジオだ。ワンセグTV+AM・FMラジオ対応端末(ケータイではなく)を持っていたのだが、AM波(地元&東京)は何人かで情報共有・情報分析したり、場所移動する場合にはやはり強い。ノイズは多いが、ともかく<聞こえる>ということは大切だ。特に、地方にいる時は地元情報が欲しい。非常災害時の時に地域免許の意味が顕わになる。
こうした災害情報そのものではなくて、自分がどう行動するかのための情報(行動・生活情報?)はケータイ経由のインターネットが役立った。新幹線運行状況、首都圏の電車関係の情報、などは主にこれだった。また、メールは電話より繋がりやすく通信手段として助かった。岩手の友人とは2日がかりだったが返信が来た。
僕はまだTBS-HDに籍があるので、地震発生直後に「安否確認情報」がケータイに入ってきた。リハーサルは何度かしていたが、ホントに来たんだ!と思った。僕の場合は直ぐにリアクションしなくても支障はないはずだと思っても、返信しないと何度来る。気持ちは焦るが手順がままならない。現実に災害が発生した時に、システムがちゃんと作動したことはよかったけど、現場対応に追われる連中はどうしたんだろう。こういうことを経験してシステムは賢くなる。

帰宅してからは、地震発生以来のテレビニュースはネット(TBSNewsI)のライブラリーで検索した。また、計画停電関係の情報は東電の、地域情報は市のホームページで情報確認した。また、「計画停電」について、ケータイに直接内閣官房から協力要請のメールが来たのにはチョットびっくり、ちょっと感心、チョット懸念。ドコモ以外でも実施したのだろうか。
戸隠の宿でもそう思ったが、家に戻って各局の報道を見ていて民放が結構善戦していると思った。初期報道はやはりNHKは強い。だが、今回は地元民放だけでなく、系列がニュースネットワークとして機能していると感じた。
ただし、今回の災害の規模被害の実情は空前だろうが、並行して原発の事故について、初期からメディアはもっとセンシティブであって良かったと思う。それにしても、16日現在、事態はますます深刻だ。メディアが情報開示を求めるのは当然だし、そのことにネガティブな公共機関や企業そして政府に迫るのも当然だ。但し、この時こそ、メディアは被災者をはじめとする国民の「知る権利」に応えるために機能するべきであって、特権的立場であってはならない。

ここまでは、というより今もまだ、報道機関は災害の渦中にいる。だから「取材」すること、「伝える」ことに全神経を使っている。しかし、これからどこかで、「(千年に一度の大災害は)何だったのか」という意味付け=編集が始まるだろう。(ニコ動的にいうと)それは余計なお世話なのか、それともそれこそが「ソーシャル時代のジャーナリズム」の存在理由なのか。そして、堀田善衛の「方丈記私記」のような世界をテレビは描けるだろうか。今日(15日)あたりから、ワイドショーの扱いが情緒的傾向になり始めたような感じがする。

以上が、今回の地震関連の、今日(14日)までの大雑把なメディア体験とその感想だ。最初に書いたが、別のメディア体験をした人の話を聞きたい。こういう特殊ではあるが、それだけに本質的なものが見えてくる状況の中から、メディアとは何か、そして「マスとソーシャル」というメディア間の関係をどう形成するかが見えてくるはずだ。東京での体験は、災害体験とメディア体験がもっと直結していただろう、恐怖感も含めて。それを記録しておくことは大切だ。僕たちもメディアについて賢くならなければ…。

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僕は少年時代に、父親が関東大震災の怖さを話聞かせてくれたことを覚えていて、それは例えば、住まいや引っ越しの時の一つの感覚的な判断基準になっている。

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金曜の夜中に地震があり、それが長野北部と新潟が中心だと知って、小松左京の「日本沈没」を思い出した。日本列島が分裂し始めたのではないか、という幻想が朦朧とした頭の中に浮かんだ。あれは小説として傑作だ。だが、今起こっているのは現実。15日夜には富士宮で震度6強だ。

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海外メディアは日本人の冷静な対応を評価しているようだ。

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官房長官はしばしばテレビに登場していたが、当初の対応は中々明確で、チェーンメールのことなど情報についての配慮も適切だという印象を受けた。その後の原発事故対応に至って政府の対処への批判が出てきている。この数日が勝負だろう。もちろん、ダメな政府のもとでも人々は生きていかなければならない。

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昭和20年以後の歴史的経緯(敗戦、55年体制、高度成長、バブル崩壊、そして今に至るまで)がご破算にされて、別のステージに入る契機になるのだろうか。
「安政江戸大地震-災害と政治権力」(野口武彦)は、自然災害が幕末の権力にどう影響したかを書いている。

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チュニジア、エジプト、リビア、バーレーン、などと続く流れは世界史が新しいステージに入りつつあることを予感させるが、その中で今回の大災害後の日本がどう変わるのか、気になる。

前川英樹(マエカワ ヒデキ)プロフィール
1964年TBS入社 <アラコキ(古希)>です。TBS人生の前半はドラマなど番組制作。42歳のある日突然メディア企画開発部門に異動。ハイビジョン・BS・地デジというポストアナログ地上波の「王道」(当時はいばらの道?)を歩く。キーワードは“蹴手繰り(ケダグリ)でも出足払いでもいいからNHKに勝とう!”。誰もやってないことが色々出来て面白かった。でも、気がつけばテレビはネットの大波の中でバタバタ。さて、どうしますかね。当面の目標、シーズンに30日スキーを滑ること。

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