テレビの「信用」は、何に拠って担保されるのか ― 志村一隆
2月15日のポストの14で、前川さんに「国家安全保障システムの放送(情報)と市場性の関係について」私の考えを聞きたいと言われた。そこで、あれから考えていたことを述べてみたい。
「メディア論ノート2002」(高度情報化社会のガバナンス所収、NTT出版)で、前川さんは、増幅するシステムのフィクション化と、そのシステムと人々の「信用」という関係性に警鐘を鳴らし、「マスメディアというブランド。何が真実かではなく、より多くの人が何を真実と思っているかに同意する仕組み」と述べている。(177頁)
そして、インターネット上で「「制度化されざれるネットワーク」を構築できるだろうか」と問いかける。この問いは、制度化しなくてもリアルな場に影響のあるメディアを構築できるかと言い換えてもいいだろうか。
中東の政変にインターネットやケータイ電話が与えた影響によって、「拡張された感覚」はインターネットにも当てはまり、街頭のコミュニケーション活動につながることはわかった。
2月25日の前川さんポストにある朝日新聞の論壇時評で紹介された酒井啓子氏の分析によれば、今回の政変は民衆の権力に対する「祝祭」監視行為という。なるほど、インターネットはピープルズパワーを増幅する装置であり、今回のデモ活動は、「制度化されない」行為としての祭りだ。そして、祭りは、情報の市場的非対称性を消すインターネット上のコミュニケーション行為の結果であろう。
国家安全保障システムとして、「多くの人が真実に思っているかに同意する仕組み」がうまく機能し、またリアルな生活レベルが高ければ、人々は街頭に出る必要はない。空腹はテクノロジーで拡張された感覚では満たされないし、空腹が満たされていれば、街頭に出る必要はない。
情報の市場ダイナミズムは、その非対称性か、生活レベルの差が激しいほど大きく働く。それが、中東と日本との差だ。
「マスメディアというブランド」は、情報の非対称性、あるいは非権力側の情報流通性が高まったとき、その信頼感を失う。知る権利は、権力を対象に成立するが、人々が勝手に政変をインターネットで企画すれば、祭りになる。
「情報社会の対称性は市場の力学とは別の関係によって担保されなければならない」(178頁)と前川さんは述べる。いまのところ、その関係は、「受け手の共同性」、「リテラシー」でカバーされる方向性にある。
そしてその力学は、マスメディアのブランドを傷つける。テレビは、真実と定義された中立という概念に縛られているがゆえ、真実は人の数だけ存在するという身体的な皮膚感覚から、どうしてもズレる。インターネットで情報のセカンドオピニオンが取れたら、「より多くの人が真実と思っているかに同意する仕組み」の「信用」は揺らぐ。
では、テレビは、権力側に立つのか、それともインターネットと入れ子構造にするのか。権力側に立てば立つほど、情報の非対称性は広がりそのダイナミズムは大きくなる。権力の地位保全のために、テレビが加担するほど、セカンドオピニオンが開放されたときの衝撃が大きいというパラドクスだ。
前川さんは、また「信用」の関係性の例として、管理通貨制度、通貨をあげている。通貨は、国家は破綻しないという関係性の上に成立する。FXをやっている友人は、「株と違って通貨は無くならないから、損が出ても追証しておけばいつか儲かる」という。資産を金で保有する中国の友人もいる。彼は国家を「信用」しない。
フェイスブックは自分のプラットフォームで流通する通貨を作り、セカンドライフは、米国の中堅都市と同じ規模の経済活動が行われている。国境を超えながら、為替に関係なくバーチャル通貨で取引が成立する。バーチャル収入をリアル通貨で売買すれば、リアルな空腹も満たせる。
こんな時代に、「円」の価値についてテレビが発信するとき、その情報は通貨発行権を持つ政府寄りなのか、それともバーチャルな活動をするオーディエンス側なのか?
どちらを真実とするのか?リテラシーの高い人だけが、その真実を見抜けて得をするのは、テレビの役割を突き詰めていると言えるのか?あるいは、双方の見方を提供し、情報の整理という役割に落ち着くのか?それは、テレビの役割をサボっていることにならないのか?
あるいは、日本政府が徴兵制度を設けたらテレビはどう報道するのか?なにを持って中立とするのか?その報道によって権力側からの介入はないのか?
「信用」という関係性は、主体的な存在同士で成立する。テレビと通貨は、その存在理由を背後の権力に拠っている。
権力から独立しても「信用」が成立するのか?それは誰に対してなのか?メディア論的に、テレビが問われている課題はこの点ではないだろうか。
志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka
コメント
ワンセグ全番組タイムシフト視聴は視聴率を下げるのか検証してみた〜ガラポンTV視聴ログより
リアルタイムの放送をテレビで視聴する人が増えることは良いことです。 言うまでもなくこれは「視聴率が上がる」ことを意味します。 &nb…
この記事へのコメントはありません。