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20187/6

テレビ局をディスラプト(=破壊)するもの…前編

LINE執行役員の葉村真樹さんが新著
「破壊-新旧激突時代を生き抜く生存戦略」を出されました。
葉村さんは巻頭で

既存の産業を破壊=ディスラプトし消費者にとってより利便性高く拡大するイノベーションを起こし、新たな産業を創造する者をディスラプターと呼ぶ。

いずれの業界も早晩、ディスラプターによる洗礼に見舞われることは避けられないだろう。

「破壊するか、されるか」の中でどのように生きていくべきかの指針を与えることを主眼としている。

と、著書を執筆した目的を記しています。

本書は非常に示唆に富む内容で、付箋を貼り、線を引きまくって熟読しました。特にテレビ業界を念頭において読むと、直面している課題と、業界に漂う閉塞感を打破するためのビジョンが見えてきました。
今回は、葉村さんの著書を参考に、テレビが行き詰まってしまった要因と未来への可能性について考えてみます。

 

デザイン・シンキングの威力

本書ではキーワードとして「デザイン・シンキング」という言葉が出てきます。

デザイン・シンキングは、企業としての業界ポジショニングや、自社の経営資源を考える以前に、まずは自らの顧客(消費者・ユーザー)のことを考える。アマゾンでたとえると、本をどう売るかを業界における自らの立ち位置や、競合と比較した場合の強みは何か、から考えるのではなく、本を必要としている人の立場になって、その人にとって最も良い「本の提供の仕方」を考えることが最強の競争戦略となるのである。デザイン・シンキングはディスラプターの競争戦略そのものなのである。

葉村さんは、アマゾンを例にとって説明していますが、これはそのまま日本のテレビ業界にも当てはまります。この引用した部分の「アマゾン」を「テレビ局」に、「本を売る」を「番組を見せる」に置き換えるだけで、ドキッとするような意味合いが見えてきます。ではやってみましょう。

『テレビ局でたとえると、番組をどう見せるかを、業界における自らの立ち位置や、競合と比較した場合の強みは何か、から考えるのではなく、番組を必要としている人の立場になって、その人にとって最も良い「番組の提供の仕方」を考えることが最強の競争戦略となるのである。』

テレビ局がデザイン・シンキングで自らのビジネスを考えてみることは、これまで行われてきませんでした。

テレビ局は、1953年に放送が開始されて以来、半世紀の間、電波を使って日本全国に番組を届けてきました。その後、ビデオテープやDVD、Blu-rayによるパッケージ販売が加わり、最近はネットでの動画配信が加わりました。しかしあくまでメインは放送で、他は今でも付け足し程度です。
テレビ局の「競合」は50年間、他局でした。首都圏では民放キー局5社しかありませんでした。「自らの立ち位置」は5社しかいない競合の中でのポジション争いでしかありませんでした。(U局や衛星放送は規模が小さいので除外しておきます。)

 

「視聴者のために良い番組を作る」を捨てる

50年間、視聴者のために良い番組を作るというのがテレビ局の使命で、誰も何も疑わずにそれを信じてきました。
しかしテレビ局は今、この使命を捨てるべきです。
まず「視聴者」というのがダメです。インターネットが普及する前でしたら、お茶の間や自室でテレビだけを見てくれるというのが「視聴者」像でした。
今やそんな視聴者はスマホを使わない高齢者だけでしょう。人々は一度スマホを使ってしまうと、あまりの便利さに常に携帯することになります。テレビもスマホを使いながら見るのは当たり前です。

若い世代でテレビを持たない人が増えているのも周知の事実です。
テレビの向こう側にはもはや視聴者はいません。いるのはユーザーです。
ユーザーとなった視聴者は、自分の都合の良い時間に、どこであろうと自分がいる場所でコンテンツを楽しむのが普通になってしまいました。
テレビ受像機があるところだけで、放送しているその時だけしか見られないテレビ放送は、なんと不便で面倒なサービスかと呆れています。

サッカー・ワールドカップ日本戦の視聴率が40%を超えたことを受けて、「やはりテレビはすごい」と言っている業界人もいます。しかしこれはテレビがすごいのではなく、サッカー・ワールドカップ日本戦がすごいのです。

視聴率が高いのが「すごい」なら、この十数年間、下落を続けている在京キー局の年度平均視聴率はどうなるのでしょう。「すごい」の反対語は「ショボイ」だそうです。テレビはどんどんショボくなっていっていることになります。

 

電波の凄さと、どうしようもないダメさ

テレビ局の機能は二つに分けられます。ニュースや情報、ドラマやバラエティー、スポーツなどの番組・コンテンツを作るという機能が一つ。もう一つはそれを視聴者に届けるという機能です。テレビが誕生してからの50年間は、電波を使った放送というやり方で国民に届けてきました。政府の規制改革推進会議などで出てくる「ソフト・ハード分離」のハードの部分です。

公共の財産である電波を使わせてもらっているのですから、テレビ局には担当するエリアに住む人々にあまねく届けるという義務があります。在京キー局だと、関東一都六県に住む全ての人が、どんな山奥に住んでいようがテレビを見られるようにしなければなりません。そのために何十年もかけて努力してきました。
テレビ局の電波を出しているのはスカイツリーだけではありません。全エリアをカバーするためにいくつもの電波塔が立てられています。そのインフラにかかるコストも手間も膨大です。

しかしそのおかげで、視聴率が40%だろうと50%だろうと100%だろうと、放送を見たいと思う人には必ず届けられます。インターネットのように、アクセスが集中しすぎて見られません、などということは絶対に起きません。その意味では、電波を使った放送というのはコンテンツを届けるという機能に関して圧倒的に優れています。

ところが放送には、生でしか届けられないという致命的な制約があります。いわゆるリアルタイム視聴しかできません。ユーザーとなってしまった視聴者には、その制約が我慢できないのです。ネットでの動画視聴に慣れてしまった視聴者は、「自分の好きな時に好きな場所で見れるのが当たり前でしょ」と、テレビ局には無理な要求をします。
これは放送ではどうやってもできません。

 

インターネットはテレビ局にとって天の救い

でもテレビ局にとって幸いなことに、インターネットがあります。放送では無理でもネットの動画配信を使えば、わがままなユーザーの要求に答えられます。
そのため各局は無料の見逃し配信や、有料のアーカイブ・コンテンツの配信を始めました。そしてかなり実現困難だと思われていた、各局相乗りのTVerという動画配信サービスも始まりました。

しかし、わがままなユーザーはこれでも満足しません。「見逃し配信で見れる番組はほん少しだし、放送と同時にネットでどの局の番組も見たい」というのです。そこで放送同時配信が検討されています。NHKは熱心なのですが民放各局は消極的です。
確かに同時配信を実現するには、途方もない難題が山積みです。この難題については、かつてあやぶろにも書きました。
http://ayablog.com/?p=844

同時配信も含め、わがままなユーザーの要求に応えようとテレビ局は頑張っています。しかしそれは周囲から、やいのやいの言われるのがうるさいので渋々応じているのです。どの局の番組でも見られる画期的なTVerですが、中には消極的なテレビ局もあります。そんなところに番組を出すより自社の動画配信サービスだけで出したいと考えているのです。

デザイン・シンキングの考え方からすると、これはあり得ない考え方です。

ではデザイン・シンキングでテレビ局のビジネスを考えてみるとどうなるでしょう。

長くなったので、二回に分けます。

次回の内容は、

*デザイン・シンキングでテレビの未来を考えると…
*必須機能の「盛り上がりの共有」
*効果絶大の評価機能
*破壊(=ディスラプト)されるテレビ局
*ディスラプトする側に回るテレビ局
*テレビ局が電波を捨てる日

 

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  • 氏家夏彦
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