あやぶろ

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201711/18

同時配信、ラジオは⭕️でもテレビは❌

【追記・訂正あり】

最近、テレビの地上波放送の同時配信問題が何かと話題になっています。特にラジオの同時配信サービスのradikoがうまくいっているので、テレビの同時配信もそれなりのインパクトがあるはずだという意見も見受けられます。
しかし私はそれは違うと思います。ラジオでうまくいったからといって、テレビでもうまくいくなんてことはありません。

<テレビの同時配信とは…>

テレビの同時配信というのは、テレビで放送しているものを、そのまま同時にインターネットでも配信するというものです。
すると何がいいのでしょうか?それはテレビ放送が、スマホさえ持っていればいつでもどこでも見ることができるようになることです。
それがなぜいいのでしょうか?これは世代によって受け止め方が全然違います。若い世代の人たちは、テレビ放送がネットで見られたからって別にどうでもいいと思うでしょう。でも50代以上の方々は、「それは便利になるなぁ」と思うかもしれません。若い世代と年配の世代では、テレビ放送に対するイメージが全く違ってきているせいです。

データを見て見ましょう。

これはサイバーエージェントがNHK放送文化研究所の調査を元に作成したグラフです。
左は1日に15分以上テレビを見る人の割合です。10代から40代の人たちは、どんどんテレビを見なくなっているのがわかります。
右はネットで動画を見る人の割合です。この5年間で、こんなにたくさんネット動画が見られるようになっています。

さてこのような状況で、テレビ放送の同時配信をすれば、とても便利になるとありがたく思ってくれる人たちはどれくらいいるでしょうか。どれだけのニーズがあるでしょうか。

<NHKの同時配信実験の結果>

それ以外にも、テレビの同時配信にそれほど価値がないという根拠があります。
一つは、NHKは昨年(2016年)の年末に行った同時配信の実験です。募集した五千人の参加者の中で、同時配信を視聴した人はわずか6%でした。募集に応じた人たちですから同時配信のことを理解した上で実験に参加したにもかかわらず、6%しか見なかったというのは、かなりがっかりな結果です。

<ワンセグ放送の利用者率の低さ>

もう一つは、ワンセグ放送の利用者です。これについてはこの『あやぶろ』の前回のポストにも書きました。
http://ayablog.com/?p=832

ワンセグ放送がスタートしてすぐの2007年の利用者率と、最近、2014年の利用者率がほとんど変わらないというデータがあります。
はっきり言って、テレビ局が期待したほどワンセグ放送は利用されていません。

ワンセグ放送と同時配信とは、同時配信の方が画質がいい、テレビ放送の電波が入らないところでも見られるということ以外に違いはありません。ワンセグ放送でさえこの程度の利用のされ方なのに、わざわざ同時配信をする必要があるのかは疑問です。

<同時配信には大きなハードルが3つある>

同時配信は放送と同じものを配信するだけですから、大して手間も費用もかからずにできるだろう、それならとりあえずやっておけば大して多くはないけれど少しのユーザーは便利に感じてくれるだろうと思われるかもしれません。
ところは実は違うんです。同時配信はみなさんが思っているよりはるかに手間も費用もかかる上に、他にも大きな問題を抱えているのです。

詳しく述べるととても長くなるので項目だけ並べますが、
①権利処理問題(放送と違って配信の権利処理はとんでもなく面倒)
②コスト(権利処理にかかる費用以外にも、配信にかかる費用は多くの人が見るほど大きくなってしまう)
③ローカル局問題(首都圏の放送を全国に配信すると、ローカル局の圧迫になる。放送法との整合性が取れなくなる=放送についての国としての考え方を根本から変えなければならなくなる。ローカル局がそれぞれの県域で配信するコストにローカル局の体力では対応できない。)

以上の3つの大きな問題が、テレビの同時配信には立ちはだかっています。

そこで今回のタイトルに戻ってくるわけです。

<radikoとテレビの同時配信は全く事情が違う>

最近、「ラジオではradikoで同時配信がうまくいったのだからテレビにだって可能性はあるんじゃないか」という意見をネットで目にしました。

これは違うんじゃないでしょうか。
まずラジオはテレビとは普及率が全然違います。テレビの普及率は90%を超えています。しかしラジオは違います。ラジオの受信機を持っている人はどれだけいるでしょうか?私はラジオ受信機は持っていません。ラジオを聴くのは自動車の中か、ランニングの最中にスマホでradikoを聞くだけです。
つまりラジオは聴く人がほとんどいなくなった、だから同時配信であるradikoでラジオを知らない新しい聴取者を獲得する意義があるのです。

<ラジオには同時配信の3つのハードルが低かった>

それからテレビの同時配信に立ちはだかる3つのハードルが、ラジオにとってはハードルで低くなっていたのです。全くないというわけではありませんが、乗り越えられる程度のものであったのは確かです。

権利処理については、ラジオは市場規模が小さいので権利者の方々があまり問題にしなかったため説得できたという経緯があると聞いています。

配信コストも、テレビのように何千万人もの視聴者の一部でも同時配信を見ようとするととんでもないコストがかかりますが、ラジオ番組はそもそも聴取率が多くて1%程度です。となると配信数もごくわずかになるのでコストの問題は生じません。

ローカル局問題に関しては、radikoでは県域ごとに配信の制限をつけていますが、もともと配信数が少ないので細かく分けてもそれぞれの県での配信コストは大したことはありません。ローカル局の経営に対する打撃はほとんどありません。

ですから、ラジオが同時配信でうまくいったからテレビもやればいいというのは、かなり間違った考え方だと言えます。

<偽のユーザーファーストにごまかされるな>

ユーザーファースト至上主義的な考え方もあります。とにかくユーザーが便利に思ってくれることを第一にして、企業の利益やコストは二の次にするというものです。
しかしそれで失敗したのは新聞です。新聞はインターネットが誕生して間もない頃、記事をわずかなお金で提供して、yahoo!がインターネットのニュースを支配するのを助け、自らの経営の首を絞めてしまいました。
同時配信も同じです。同時配信の3つの問題をどうやって解決し、同時配信によってどうマネタイズするのか、その道筋が見えないうちに安易に乗り出すべきではありません。ユーザーがそれほどありがたく思ってくれない同時配信をやらないからといって、ユーザーから嫌われることなどないのですから。ごく一部のユーザー以外はテレビ放送の同時配信など必要だと感じていないのですから。偽のユーザーファーストに騙されてはいけません。

<NHKの同時配信推進の狙いは?>

その意味では民放連の井上会長が、NHKが2019年度開始を目指す番組のインターネット常時同時配信を巡り、来年1月召集の通常国会で実現に必要な放送法改正案が提出される場合、「やみくもに法制化と言われると、今の時点だと反対せざるを得ない」と述べたのは、当然のことだと思います。
https://mainichi.jp/articles/20171118/k00/00m/040/061000c

NHKは、同時配信を推進したい考えがあるようです。それはいかにもユーザーファーストのように見えて実は違うのではないでしょうか。NHKの収入は受信料です。NHKはテレビを持っている人からは強制的に受信料を徴収しています。しかし先ほどのデータでもわかるように、若い人たちはテレビを見なくなってきています。つまり受信料が取れないのです。ですからそういった人たちからも受信料を獲るためには、スマホでも見られるように同時配信をして、テレビを持っていなくてもスマホで見た人からは強制的に金を獲るという考えを採用したようです。

【追記・訂正】
追記・訂正します。9月20日の総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」の資料(http://www.soumu.go.jp/main_content/000508498.pdf)を見るとわかるのですが、NHKは当初の発言を大きく訂正し、放送の同時配信はNHKの「本来業務」ではなくあくまで「補完業務」としました(本来業務と補完業務では受信料からつぎ込むお金の額が全然違います。補完業務なら使えるお金は制限されます)。そしてNHKの受信料を払っている世帯の構成員は、同時配信を視聴できるのですが、払っていることが確認できない世帯の構成員は、ネットでの同時配信を視聴するとき、「受信料を払ってください、、、、」のようなメッセージ付きの画面(BS放送のような)しか見ることができない、もしくは最初のうちは受信できるが一定期間を過ぎたらメッセージ付きの画面になる(災害時などの緊急時を除く)という構想のようです。まぁちゃんとした画面で見たいなら、テレビを持っていなくても受信料を払ってよね、ということではあるんですが。

ただ私がこれまで思っていたのと大きく違ったのは、NHKの動機です。私はNHKの発言や動きから、ジリ貧になってゆく受信料を補填するために、ネットユーザーからもお金を徴収しようという考えだと思っていたのですが、どうもそうではなかったようです。
むしろインターネットが一般化し、視聴者がユーザーになった今、NHKのサービスをあまねく国民が利用できるようにするには同時配信が必要だと言ったところ、ではその費用はどうするのだ、どんなビジネスモデルでやるのだ、と問われ、それは公平の観点からすると、ネットのみのユーザーからも徴収するというやり方はどうだろうか。若年層にとっては、放送とネット配信はもはや同じレベルの視聴手段なのだから「本来業務」と考える、としたところ炎上したというのが真相のようです。
NHKははなから若い人たちから金をふんだくろうとは考えてはいなかったようです。

メディアやコミュニケーションがすごい速さで変化している今、制度がそれに追いついてないのは明らかです。そのために起きる混乱、その混乱による国民が被る利便性の欠如は大きな問題です。総務省の官僚の方々も、大変だとは思いますが火中の栗を拾う覚悟で事に当たっていただきたいと思います。
【追記・訂正はここまで】

NHKの受信料は安くはありません。地上波だけで見てもHuluやNetflix、Amazonプライムよりはるかに高い、WOWOWは3チャンネルが見られるのでNHKの地上波2チャンネルとBSを足した金額と比べると、やはりNHKの方が高いです。しかもNHKは見ようが見まいが強制的にお金を獲られます。

今回の同時配信問題は、こうしたNHKの受信料についての考え方の根本にも関わってくると、私は考えています。

<テレビ局は同時配信よりも力を入れるべきことがあるはず>

テレビ局は同時配信については、慎重に考えるべきでしょう。技術的にはいつでもできるのですから、環境が整ったところで一気にやれば十分です。
むしろ力を入れるべきなのは全局がそろった見逃し視聴であるTVerと、今はまだありませんが、全局の過去のアーカイブ番組を見られるようなプラットフォーム(例えばHuluで全局の過去番組を見られるようにする)を構築することだと思います。それこそが本当のユーザーファーストです。

テレビには、そしてテレビ放送にはまだまだ可能性はあります。ただそれを実現するにはこれまでの発想を飛び越えなければならないものばかりです。これまでの成功体験を大胆に捨てることが必要です。過去の成功体験に縛られて苦しい状況に陥っているテレビ局やテレビ放送業界には未来はないと思うべきです。

 

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  • 氏家夏彦
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