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201311/27

【テレビ未来予想図】テレビ局がまとまれば、広告費+販促費を狙える!?

先週金曜、政策分析ネットワークの政策セミナーで、『テレビの未来〜その限界と可能性〜』というテーマでお話しをしてきました。内容は、あやとりブログに書いた、『テレビの未来』シリーズ①〜⑦がベースになっています。今回はその内容をざくっとご紹介します。
12月10日に第2回あやぶろナイトが開かれますが、その時にこのエントリーを読んでから参加されると、より深く情報や知見を得られると思います。

【テレビの限界】
ネット常時接続時代になった今、「視聴者」は「ユーザー」になったと捉えるべきだ。「視聴者」は、テレビ局から一方的に送られる番組を見るだけの存在だが、「ユーザー」は、常にインターネットにつながっていて、いつでもどこでも自分の知りたいこと、見たいものを検索でき他のユーザーとつながって面白そうなコンテンツを見つけ、クリックひとつで簡単にそのコンテンツを楽しめる。欲しいものがあればその場で購入できる。一昔前では考えられないような至れり尽くせりのサービスを当然のことと受け止めているのが、ユーザーだ。

一方、テレビ放送は誕生以来60年間、変わっていない。ビジネスの基本形は自宅にいる、その時だけしか見られないというものだ。ユーザーとなってしまった視聴者の目には、テレビ放送はもはや時代遅れで不便なサービスと映ってしまっている。

テレビは競争相手がごく少数に限定されるという極めて優遇された環境、言わば「テレビの壁」に守られてきた。テレビ広告という、効率的に巨大な利益を生み出す完成度の高いビジネスモデルを「テレビの壁」の内側に囲い込み、これを少しでも毀損するものは徹底的に排除するというのが、テレビ局経営の重要な責務であり、非常に正しい企業判断だった。

しかし今は、「テレビの壁」の外側のインターネットという場で、動画コンテンツの新たな流通経路が誕生しユーザーに支持され急拡大している。この新たな領域は、「テレビの壁」の内側の特権的領域とは関係なく、テレビのコントロールが効かない。「テレビの壁」が崩壊し始めている。テレビを繁栄させてきたこれまでの知識や経験はもはや役に立たない。テレビの未来は、過去の延長線上にはないのだ。

とは言え、テレビの未来に最も重要なのは、今でも圧倒的に効率の良いビジネスである地上波テレビを再び元気にすることだ。ただしそれは、番組制作にリソースを集中するような単純なことではない。ユーザーから不便で時代遅れだと思われているテレビを、便利でクールなサービスに生まれ変わらせなければばらない。

【全局全番組の見逃し視聴サービス】
まず、いつでもどこでも番組を見られるようにしたい!
それは、全局全番組の見逃し視聴サービスだ。

これは、簡易型全録機『ガラポンTV』の技術使用を利用した、過去2週間分の全局(計8局)全番組をスマホやタブレット、PCを使っていつでもどこでも視聴できる月額有料のサービスだ。
(詳しくは、あやとりブログの記事を参照のこと)

ガラポンTVには、
*  CM飛ばしがされにくい
*  通常の録画視聴を減らし、リアルタイム視聴を増やす効果がある
*  テレビ離れしたネットユーザーと相性がいい

といった特徴がある。これを生かすのだ。
このサービスの肝は、在京キー局が足並みをそろえて共同企業体を作り実現すること、そして利用料の一定割合を視聴実績に応じて、各テレビ局に支払うことだ。これにより違法問題を回避し、マネタイズも実現できる。また利用者が自分の録画機に録画された番組を見るので、新たな権利処理も不要だ。

各局が進めているVOD事業にダメージが発生するかもしれない。しかし何もしなければ、リアルタイム視聴に大打撃を与える高機能全録機が普及してしまう。そして違法動画サイトの利用拡大も加わり、最も大切な地上波テレビのビジネスモデルが破壊されてしまう。

今は高価な高機能全録機だが、数年もたてば手頃な価格まで下がるだろう。そうなったら爆発的な普及は止められない。

また違法動画は、例えば、スマホで『半沢直樹』と検索すると、そのあと5回タップするだけで、中国のサイトの動画が簡単に見られる。これを阻止できるのは全局全番組見逃し視聴サービスだけだ。

【メタデータ・プラットフォーム】
テレビの未来のための具体策、次は「メタデータ・プラットフォーム」だ。
これについても、あやとりブログで何度か書いてきた

簡単に説明すると・・・
テレビ局がメタデータのプラットフォームを構築すれば、データ利用者である家電メーカー、通信キャリア、ケーブルテレビ事業者、EC事業者、通販事業者、旅行サイトなどWeb企業、各種小売業者などに対して、大きなイニシアチブを獲得できる。例えば、「○○テレビで話題の!」などの売り文句は、強力な販売促進になっているので、テレビ局がメタデータを提供すれば、利用者は放送と同時にユーザーにプッシュできるようになり、大きな売上向上が期待できる。

この場合、メタデータを販売するだけでなく、データ提供の対価として、売上の一部を回収するアフィリエイト・モデルを狙う方が効率的だ。

全録機では、番組と同時にメタデータも記録するので、録画視聴からメタデータを利用しネット経由で発生した消費すらも、マネタイズの対象にできる。

テレビの敵であるはずの高機能全録機が、テレビ局にロングテールのマネタイズをもたらすのだ。

カギは各局が足並みをそろえること。新聞のラテ欄が、全局並んでいるから便利であるのと同じだ。全局参加のプラットフォームでなく、各局バラバラにメタデータを提供しても商品価値はない。

【オープンプラットフォーム】
テレビの未来にとって大切な考え方が「オープン・プラットフォーム」だ。
例えばメタデータで説明すると、新聞やテレビ誌、電子番組表に提供している程度のデータはAPIで無料公開してはどうか。すでにNHK、日テレが個別に実施しているが、あまり普及しているようには見えない。それは全局分のデータではないからだ。

全局のデータをAPIでオープンにすれば、外部プレーヤーが、テレビ情報を利用したサービス開発が可能になる。すると、テレビ局では想像もできなかったテレビを使った新たな楽しみ方や遊び方を、様々なIT企業が開発してくれる。外部プレーヤーの力でテレビの視聴者を増やし、地上波テレビを再活性化する。最大の収入源である媒体価値の向上にもつながり、これはマネタイズ以上の価値がある。

しかし、このオープン化には大きな障害がある。それはテレビ局自身だ。テレビ局はこれまで、全ての利益を内側に囲い込んで外に漏らさないようにしてきた。これは遺伝子に刷り込まれている。これに逆らって発想を転換するのは大変なことだ。しかし、テレビもこれからは、ネット企業のようにAPIをオープンにして、外部プレーヤーを巻き込んで面白いサービスを次々打ち出し、ユーザーを一気に集め、共に繁栄する生き方に、方向転換しなければならない。

【ビッグデータを握る】
ビッグデータには、前述したメタデータと、ユーザーのログデータがある。
スマートテレビが普及し、様々なネットサービスが利用できるようになると、視聴者のユーザー登録によって、ログデータを使えるようになる。どのような属性の人が、どんな番組やサービスを利用したのか、細かな視聴行動もわかる上、さらにECのデータや、ポイントカードのデータなどとつながると、ネットショッピングで何を買ったのか、どこのコンビニをよく利用するのかなどの膨大なログデータ、つまりビッグデータを利用できるようになる。

これまでは視聴率という漠然としたデータしか使えなかったのと比べると雲泥の差だ。これはテレビの未来にとって、かなり決定的に重要な意味を持つ。

テレビのビッグデータを握れば、番組やCMコンテンツと消費行動を紐づけたマーケティングに活用でき、クライアントである広告主に対し、広告枠を提供するだけでなく、販売促進に有益な情報を提供できるようになる。視聴者に対しても直接働きかけられるようになる。テレビCMと販売促進が連動できるようになる。

つまりテレビは、広告費だけでなく、市場規模が倍以上もある販売促進費を取り込めるのだ。

【テレビ各局がまとまれば夢が広がる】
各テレビ局はこれまで、様々なネットサービスを提供してきた。しかしどれも満足できるユーザー数は確保できていない。これは、たとえテレビといえども、各テレビ局単独では多くのユーザーを集めるだけの真に魅力的なサービスは構築できないことを示しているのではないだろうか。

最近注目されているソーシャルテレビも、そこまでの力はないだろう。NHKの調査によると、SNSでテレビに関する情報や感想を週に1日以上読んだり書いたりする人は15%だけだ。ましてや、番組と連動させたサービスを利用する人は、さらに少ないだろう。
一方、録画視聴を週に1日以上する人は40%もいる。つまりタイムシフト視聴は、多くの視聴者のニーズに合致しているのだ。現在、テレビ局が提供しているタイムシフト視聴サービスは、VOD(ビデオオンデマンド)だ。これをテレビ局が合同でプラットフォームで提供しているのが「もっとTV」だ。しかし、視聴できるテレビは一部に限られている。

それに対し、ネット企業の配信サービスは充実してきており、ついにAmazonがテレビ番組の配信にも乗り出した。テレビ局は番組の売上は手に入れられるが、肝心のユーザーIDやログデータはAmazonのものだ。「テレビの壁」の外側でVOD市場はすでに成長を始めてしまっており、ここでのテレビ局の売上はもう無視できない規模になっている。今更、テレビ局がまとまってもこの分野で多くのユーザーを集められるとは思えない。

今まだ可能性があり有望なのは、まだ存在していない「全局全番組の見逃し視聴サービス」だ。これを実現すれば、多くのユーザーが利用し、ビッグデータを獲得できる可能性がある。ビッグデータを獲得してこそ、巨大市場である販売促進費を取り込むことができる。

テレビ各局がまとまることは、60年間も互いに強烈なライバル意識をもち闘ってきただけに非常に困難だ。協力し合うことは、自局のパワーを相手に与えることにもなるので、自分だけでやった方がいいという考え方の呪縛は強力だ。しかし今、テレビ局は単独でもそこまでの影響力が本当にあるのか。ユーザーとなってしまった視聴者を独力で動かすパワーがあるのか。
呪縛を打ち破り、全局が足並みをそろえることが実現すれば、テレビの持つ圧倒的なリーチ力を、CM以外でお金に換えられるチャンスが訪れる。そこにこそ、テレビの明るい未来の可能性がみえてくる。

【テレビの進化】
テレビ局の進化の方向はメディア・サービス企業だ。

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テレビ局は様々な事業を展開している。上の図はTBSを参考にしたものだがこれでもまだ全てではない。
まず、これら事業全てをサービスと考える。そして地上波テレビをハブにして、インターネットによって結合させる。この中で、最もユーザーが集まるのは、まだ実現していない全番組見逃し視聴サービスになるだろう。入り口はどのサービスでもいいが、どれかをユーザーが利用したら、次々と別のサービスに誘導し、楽しんでもらい、面白いと思ってもらう。ついでにお金も落としてくれたらラッキーだ。

このように様々なサービス群を精緻に組上げることを、サービスデザインという。サービスデザインにより、レベルの高いサービスを提供できれば、ユーザーの感情に強く働きかけ、楽しい経験と高い満足感を与える。これを体験したユーザーは、サービスへの信頼感や忠実度を高めて、周囲の人にサービスを紹介したりするインフルエンサーやアンバサダーと言われている存在になる。テレビ局は地上波テレビを核にして多彩なサービスを複合的に提供する、メディア・サービス企業に進化すべきだ。

メディア・サービス企業に大切なポイントが3つある。
まず、ユーザーファースト。あらゆるサービスを通じて、ユーザーに面白いと思ってもらうことが一番だ。ただし、テレビの番組作りにはあてはまらない。番組は、視聴者に媚びて作ると当たる番組は生まれない。スティーブ・ジョブスが言ったようにユーザーは自分が欲しいものを知らない。同様に、視聴者は自分が何を見たいのか知らない。番組制作者が、自分の感覚を信じて、徹底的にこだわって作れば、中には当たる番組も生まれる。失敗なしに成功はない。
ユーザーファーストは、番組ではなく、メディア・サービス企業がサービスデザインをする際の旗印だ。

次のポイントはUX(ユーザー体験)だ。テレビ局の様々なサービスを利用したユーザーが、トータルから面白いと感じる満足感、体験を、サービスデザインを構築する際の最も重要な指標とする。

3つ目のポイントは、スピードだ。インターネットのサービスは目まぐるしい速さで変化している。ついこの間まで、最先端を走っていたゲームサイトが、突然、人気を失いフロントラインから、ずるずる落ちていくのは、インターネットでの日常の光景だ。テレビは、蓄積した膨大な番組というコンテンツがあるので、そう簡単には、流されないだろうが、今までのように、石橋を叩き過ぎて渡る前に壊してしまうような決断の仕方では、どうにもならない。
インターネットのサービスなのだから、放送のように完成度の高さは求められない。お試し版であるβ版のサービスを次々打ち出し、日々改良を加え、いくつもの失敗の上に、成功例を重ねていく。

こう考えていくと、テレビ局が目指す姿はインターネット企業と全く変わらない。競争相手はインターネット企業だと心得て、これまでよりはるかに厳しい環境の中で生き延びていく覚悟が必要だ。しかしこれこそが、唯一のテレビのサバイバルの途だ。

氏家夏彦プロフィール
「あやぶろ」の編集長です。
テクノロジーとソーシャルメディアによる破壊的イノベーションで、テレビが、メディアが、社会が変わろうとしています。その未来をしっかり見極め、テレビが生き残る道を探っています。
1979年テレビ局入社。報道(カメラ、社会部、経済部、政治部、夕方ニュース副編集長)、バラエティ番組、情報番組のディレクター、プロデューサー、管理部門、経営企画局長、コンテンツ事業局長(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)、テレビ局系メディア総合研究所代表を経て2014年6月現職
テレビ局系企業2社の代表取締役社長
放送批評懇談会機関誌「GALAC」編集委員

 

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