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20123/1

「テレビの仕事は楽しいかね?」…稲井英一郎

前回のポストでは、テレビ業界はイノベーションに本気で取り組む必要があると書きました。でも、イノベーションといっても漠然としていますよね。映像技術のイノベーション、番組制作方法のイノベーション、ビジネスモデルのイノベーション・・・

「創造的破壊」という言葉で経済活動が内生的に発展していくという理論を考え出した20世紀を代表する経済学者シュンペーターは、イノベーションの諸相を説明するときに、最初「新結合」という言い方をしました。今からちょうど百年前の1912年です。

生産要素がそれまでA,B,Cとあった場合に生産された消費財はXだった。しかし、ある企業家(起業家と表記されることもある)のリーダーシップの下、新しい生産方法(技術)が発明され、その技術を使えばAに新しい原材料Pを組み合わせるだけでよくなり、画期的で魅力ある新しい消費財Yが生まれた。そしてYの生産に向けた新しい組織が考案されて採用され、Yの新しい販路と市場は瞬く間に大きくなり産業は新しい段階へと進んだ・・・
古い生産要素の組み合わせは5つの分野で新結合に取って替られたのです。

シュンペーター自身が例示したイノベーションの典型は、英国の産業革命時における蒸気機関車を活用した長期距離輸送を行う鉄道事業ですが、我々レベルで考えるときは、もうちょっと幅広に捉えたほうがいいでしょう。私が面白いと思うのは、経営戦略やコンサルタンティングの本でよく取り上げられるコカ・コーラの誕生秘話です。

コカ・コーラの本社は米国のアトランタにあります。アトランタにはコカ・コーラのほかCNNの本社があり、世界中から観光客が訪れます。そのアトランタに今から一世紀以上も前、ジョン・ペンバートンという薬剤師がいました。
ペンバートンは新しい飲料を開発するため、港を歩き回って船の積み荷から香料などを選んで歩き、1886年5月に最初のコカ・コーラを作り出しました。はじめはコカ・コーラのシロップは水で割って飲まれていました。しかし、ある日、ある店がうっかり水と炭酸水を間違えてお客に出してしまったところ、それが大好評となって「炭酸割りのコカ・コーラ」が誕生したのです。
http://www.cocacola.jp/happy/pemberton/about.html~日本コカ・コーラのHPより)

米国の著名なマーケット・リサーチャーでコラムニストでもあるデイル・ドーテン氏の著作“THE MAX STRATEGY”(きこ書房からの邦訳あり)によると、ペンバートンは元々、何十種類もの治療薬を考えだし「フレンチワイン色のコカの木」「インディアン女王の毛染め薬」などという薬も売っていたそうなので、当初は薬の開発を目的にしていたものを飲料にも研究を広げ、ふとした偶然から新しい生産要素の組み合わせが考え出され、あの「コーク」の味がうまれたことになります。秘伝中の秘伝とされているレシピのマジックも手伝って、これぞお伽噺のような新結合の例です。

イノベーションをお国柄にする米国には、この手の話は山ほどあります。ドイツからの移民だったリーバイ・ストラウス氏は、当時カリフォルニアで沸き立っていたゴールドラッシュに目をつけて金鉱夫向けの商品を積み込んでサンフランシスコ行きの船に乗りました。唯一つ売れ残ったのがテント用の帆布でしたが、シスコに着いてズボンが品薄になっていることに気づいたストラウス氏は、帆布を生地にしたオーバーオールを作らせたら飛ぶように売れました。

その後、仕立屋からのアイデアを基に、リベットで生地を補強する改良が施されて、ついに世界を席巻するアメリカ製ジーンズが誕生したのですが、これも必然に偶然が加わって新結合がうまれたものといえます。
http://levistrauss.co.jp/history/index.html~リーバイ・ストラウス ジャパンのHP)

上記2つの事例は、画期的な新技術が発明されたことによってイノベーションがなされたわけではありません。旧知の技術に、旧知のアイデアがあっただけですが、軸となる発想や目標、行動力があり、技術とアイデアの組み合わせを変えたことによって、誰もがそれまで考え付かなかったまったく新しい商品が生まれ、人々の需要を生みだしたのです。

なんだか、新しいことに挑戦する人たちを勇気づけてくれる話ではありませんか?特に、マーケティングを必要以上に重視する企業や、時間に追われて横並び的な発想をしがちな業界にとっては参考になります。

デイル・ドーテン氏は、さらに面白い話を紹介しています。「ホーソン効果」のエピソードです。心理学の教科書にも出てくる言葉なので、ご存知の方も多いでしょう。
ホーソンというのはシカゴにあった電話機を製造する工場の名前です。ここは当時、ウエスタン・エレクトリック社といって、のちに米国通信大手のAT&Tの製造中核部門になり、昔よく見たあの「黒電話」を開発したところですが、このホーソン工場で照明の明るさが生産性にどんな影響を与えるか、という実験が行われました。

どんな結果が出たか。そう、あなたが想像する通りでした。照明を明るくするに従って生産性が上がりました。至極常識的な結果ですよね。しかし、その次に起こったことが想定外でした。明るさを元に戻したところ、それでも生産性は落ちなかったのです。

そこで研究者はもう一度実験を行いました。照明を変えていく労働者のグループと、照明の明るさを変えないグループに分けて実験したのですが、なんと、両グループとも生産性が大いに上がったのです。
わけが分からなくなった研究者たちは、その後、この工場で時間をかけて様々な実験を行ったあと、ようやく次のような一つの仮説を導き出しました。

 「人間は特別に注目され、人間的・社会的存在として扱われるならば、労働条件の違いにもかかわらず自主的、自発的にやる気を出し、仕事に取り組む」

つまり、新たな試みに関わっているという意識、特別に注目されているという意識が、働く人々を意欲的にさせるプラスの影響を与えている~試行錯誤を繰り返したホーソン実験の結果は、人間関係論や心理学の確かな効果として世の中から広く注目され支持を集めました。

もっともホーソンでの実験方法や観察データのとり方がかなりお粗末だったため、のちには批判や論争を巻き起こしました。統計学的に実証できていないとか、長期の実験期間中に労働者が習熟していったせいであるとか、偽薬でも効果があると暗示をうけて服用すれば薬効が生じる「プラセボ効果(偽薬効果)」と同じだ、といった学者間の論争に発展したのです。

しかし、こうした学術的論争にもかかわらずホーソン効果は、いまだにマネジメントの世界では説得力のある一種の「真理」として受け容れられています。このこともまた我々にヒントを与えてくれないでしょうか。
イノベーションに取り組むことそのものが、新しい挑戦に参加しているという自立心を生み、人々から注目されることで、それは必ずプラスの効果を生みだすはずである、と。

ここで、もう一度冒頭の新結合の話に戻りましょう。シュンペーターは新結合が動態的に進行する過程を説明するときに、観察される5つの諸相で定義しました。
■新しい生産方法 ■新しい原材料 ■新しい組織 ■新しい消費財 ■新しい販路と市場

これって何かに似ていると思いませんか?私には河尻さんが挙げた3つの連立方程式に似ているように思えたのです。
●メディア・思想論      ⇒ 新しい消費財・新しい原材料
●システム・インフラ論    ⇒ 新しい生産方法
●ビジネス・マーケティング論 ⇒ 新しい販路と市場・新しい組織

しかも前川さんが指摘されたように、変数だらけの方程式です。だからこの連立方程式を解けという命題に対して、私はテレビ事業において「創造的なイノベーションを実現すること。そのためには内部から自発的に新たな挑戦を不断に巻き起こすこと」と回答します。抽象的な答え方ですが、正解は多岐にわたるはずです。

イノベーションも千差万別でしょう。まったく新たな視点や切り口という番組面での変革もあれば、番組スタッフの人材開発を全産業的に取り組むこと、画面表示の革新、視聴者との新たなコミュニケーション構築の提案、Webと連携する広告手法の開発など。画質をひたすら追求して現行のフルHDを軽く上回る超高精細映像“4K”や“8K”を地上波でお茶の間に届ける実用化もひとつでしょう。

ある産業でイノベーションが起こると他の産業にもそれが波及し、社会の様々な革新を非連続的にもたらすことをシュンペーターは「創造的破壊の嵐」と形容しました。

IT革命の進行は、かつて創造的破壊を起こしたことがあるテレビ事業に刺激と危機感を与え、挑戦を受けたテレビは幾分古びた慣行を捨てて新たな領域を切り拓くべき「嵐」の時代に入りました。でも、どうせやるなら楽しみながら取り組んだほうがいい。

 

「テレビの仕事は楽しいかね?」 ~ あなたならどう答えますか?

 

稲井英一郎(いない えいいちろう)
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

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