あやぶろ/OLD

テレビの中の人による唯一のテレビ論、メディア論ブログ

© あやぶろ/OLD All rights reserved.

20126/25

6・25【幕張のIMCとNHK技研公開】志村一隆

 

 

作り込まれた「ネットとテレビ」の融合コンテンツ
先月、あやぶろメンバーの氏家さん、河尻さん、須田さんとNHK技研公開におじゃました。そして、その3週間後、幕張で開催された「IMC(Interop?)」に行った。
両方とも面白かった。というのも、テクノロジーを意図を以て利用したコンテンツが展示されていたからだ。表現者の意気込みが感じられるのってやっぱりいい。
たとえば、幕張で見た「Hybridcast(ハイブリッドキャスト)」は、手元のタブレット端末で映像を見ながらグーグル検索に飛ぶときのインタフェースがオシャレな感じだったり、テレビ映像とデータ情報の表示のバランスがよく考えられていた。

 幕張で展示されていた「Hybridcast」。
上画面がテレビ映像、下がデ-タ部分。作り込まれたインタフェ-スのアプリ。

ほかにも、マルチスクリーン型放送研究会の「サワリや」は、タブレット上で番組と同期しながらアナウンサーのセリフが出たりする。テレビ番組と調和すべくサービス、コンテンツを考えている。(マルチスクリーン型放送研究会は、あやぶろでも議論されている。今谷秀和氏の『マルチスクリーン型テレビ論』を参照。)
「さわりや」は、「『テレビ+タブレット』環境を前提にしたコンテンツは何か?」という問いから、テクノロジーを限定的に選択している。

 マルチスクリ-ン型放送研究会の「サワリや」あえて単純化したサ-ビスに意図を感じる

ハイブリッドキャストは、「タブレットで『映像+情報』を楽しむユーザ・インタフェースは何か?」という問いから、テクノロジーを最大限利用し、アプリを作り込んでいる。
どちらも、テクノロジーはツールであり、表現がゴールであるというコンセプトがしっかりしていたので、とても面白かった。
『テレビ+α』関連で、ここまで作り込まれたコンテンツは、欧米の展示会でも見たことがない。これは、インフラとコンテンツ制作が統合している日本モデルのいいところなのだろう。

 

ネットとテレビの融合表現
日頃、スマホやパソコンで目に触れるインターネットサイトの表現様式は、とにかく進歩が早い。「カッコいい!」と思えるものも、あっという間に古くさく感じてしまう。インターネットには映像もふんだんに盛り込まれているから、消費者は、こうしたネット表現とテレビ表現を無意識にでも比較しているだろう。プロの映像表現者も、こうした環境で番組が評価されていることを意識する必要がある。
ただ、ネットの文化や機能を取り入れるだけが進んでるという時期は過ぎている。スマホにさえ、映像編集機能が基本搭載されるくらいだから、プロに求められるのは機械の動かし方だけではなく、表現の視点や切り口であろう。受け手は、何か制作者が意図したものが伝わるのが面白いのである。
その点でハイブリッドキャストのコンテンツは、素直にネット表現を追求したものだったし、「さわりや」は敢えて逆を行く表現(最新ネット的でない)だった。どちらも表現者の意図が伝わってきて、アリだと思う。
表現された結果が、「さわりや」になっても「ハイブリッドキャスト」になってもそれはその人の表現としてリスペクトに値する。あとは、好みの問題だ。テクノロジーやネット文化をテレビにコピーするだけだったネットとテレビの融合が、新しい段階に入ったと言える。

 

制作分野のイノベーション
ハイブリッドキャストのコンテンツは、放送の制作技術が進歩したというより、ネットの制作技術を取り込んだものだ。本当は、放送の制作環境が時代に合わせた形に変化するのがいちばんいいのだろう。米国NABに行くと、ファイルベースの制作フローの提案が盛んにされているが、こうしたイノベーションは、日本のNHK技研公開では不思議と見た事が無い。
スーパー・ハイビジョン、圧縮などの送出や再現部門の新技術はよく見るのだが、制作、編集などの新技術は、あまり見かけない。アニメーションを自動で作る「TVML」くらいだろうが、それももう何年も同じ展示をしている。
そんな制作技術分野でイノベーションが生まれないのは、放送のデジタル化が、「放送波のデジタル化」で完結してしまった点にあるからでないだろうか。
たとえファイルベースに移行しても、デジタルファイルを保存したハードディスクを持ち運んでいたり、メタデータの付与が複数のワークフローにまたがっていたりしては、今までのテープがデジタル化されただけである。
それは、カセットテープのあと、デジタルに変わったと言ってCDになったのと同じだ。ウォークマンのあと、携帯型CDプレイヤーを買ったが、パッケージディスクは必要だった。
その後、我々はディスクの要らないiPodとiTunesで真のデジタル革命を知り、さらに現在はネットワーク、クラウドへと発展したサービスを利用している。Google Musicは、iTunesの楽曲が自動的にクラウド上にアップロードされ、iPhoneでもアンドロイド端末でも、音楽を楽しめる。便利。放送の制作技術のデジタル化は、CD・MD段階で止まっている。
普通の仕事だって、自分はクラウドに保存された会社の過去の資料を検索、参考にしながら、新たなプレゼン資料や報告書を作っている。スケジュール表、決済もネットになった。テクノロジーの進化とともに、仕事のやり方も変えていくのが、普通のプロ意識というものだろう。それをどう取り入れるかは別な話だけど。
それでも、スマホの機能充実を例にあげたように、いまやプライベートで使う民生機器やネット環境のほうが、セキュリティでガチガチな会社環境よりも使いやすい。(BYODなんてバズワードもある)
テレビの表現者もそんなことを感じてはないだろうか。制作技術のイノベーション不足が、新たな表現へ意欲を奪ってはなければいいのだが。

 

他の展示の記録メモ① デジタルサイネージ
他に面白かった展示を記録のために書いておく。
「Interop」の横で「デジタルサイネージ ジャパン」という展示会もやっていて、こちらも面白かった。
なかでも、マイクロソフトの「Kinect」を利用したモーション・キャプチャ機能を付けたデジタルサイネージを展示した企業が1社だけいた。「安川情報九州」という安川電機の関連会社だ。すぐに、追随するところが出てくるにしても、いち早くこうしたサービスを開発する意気込みがいいなと思う。(この製品のカタログはコチラからDLできる)
現在、公開しているKinectのSDKでは、それほど多くの機能は開発できず、手を横に動かす程度の動作認識のみらしい。

 「安川情報九州」社が展示した「Kinect」を利用したサイネ-ジ

ただ、Kinectを開発したPrimeSense社のモーション・キャプチャは、手を握ったり開く動作、前後に動かす空間的な位置も把握でき、より複雑な動作のコントロールが出来る。(CES2012で見た。その様子はこのYouTubeで)
ほかにも、スウェーデンから来たDISEは、鏡に映像を映し出していた。服に付けたタグを鏡にかざすと、その服を来たモデルの映像が鏡に流れる。もちろん、その映像はお客さんの映像でも、どんなものでもよい。
映像コンテンツは、DISEが提供するダッシュボードで作成する。ブログを書くのと同じで、画像や映像、テキストなどを組み合わせるだけ。他にも、10台以上のモニタを同期させる仕組みなどを展示していた。

DISE社の鏡をモニタにしたサイネ-ジ

2月に訪れたバルセロナでは巨大なデジタルサイネージが地下鉄の駅に結構な数、設置されていた。ネットワーク環境の良い日本では、もっと大掛かりな仕組みが可能だろう。こうした映像の制作、配信、管理などを放送局が取組んでもいいのではないだろうか。ビジネスが小さいからといって放送局が進出しなければ、映像のプロ以外の人がコンテンツを作り、その市場を抑えてしまうだろう。
自分たちが、この領域に進出するのかしないのか、一定の考えを持っておいても損は無いと思うのだが。
その意味で、日本テレビブース横にあったダイドードリンコの自販機に地デジチューナーを積み、データ放送を表示させる仕組みは面白かった。この自販機は蓄電池を備えており、災害時に停電となっても、しばらくは放送を受信し、放送局が送信する災害情報を表示し続けることができるという。こうした屋外で放送チューナーを搭載する機器を増やす作戦も、放送の社会貢献という意味で今後効いてくるのではないか。ちなみに、デジタルサイネージのボードは1台20万円から60万円くらいが価格帯らしい。

 日本テレビの放送を表示する自販機


他の展示の記録メモ② 音声認識技術
Kinectのような動作を認識するだけでなく、音声認識の技術もある。NHK技研公開にもあった。
NHKでは、番組を見ながら「字幕用キャスター」という方が居て、機械でもわかりやすい話し方で言い直しているという。知らなんだ。。
テレビ番組をテキストに直すと、色々なサービスが可能になる。iPhoneのSiriのような、音声でリモコンを操作するなんていうのは、今後主流になるサービスだろう。他にも、好きなセリフを入力すると、その言葉が使われた場面を探し出したり(このサービスは、米国版Huluでは既に導入されている。便利)、自動録画機能も番組情報のテキストだけでなく、ある言葉、例えば「消費税増税」という言葉が使われた前後60秒だけを録画するとか、サムネイルで見せるとか、といったサービスも可能だ。必要ないかもしれないけれど。
こうしたユーザーサービスだけでなく、情報の送り手のテレビ局や広告会社的にも、どういう言葉のときに視聴されているのか、されてないのか、など視聴行動の分析もできる。
映像をテキストに変換してアーカイブ化し、そこからサービスを開発、分析するのは、映像をそのまま分析できなかったからである。それが、映像そのままを把握し、分析してしまう技術もある。
NHK技研公開では「興味度推定技術を応用した番組推薦システム」という固いネーミングだが、テレビに付けられたカメラが、テレビを見ているあなたの顔の向き(角度)、体の動きを把握する技術があった。「顔が下を向いたら興味が無い」などと判断するらしい。
顔認識技術は、オフィスの入退室や家のセキュリティなどに既に応用されている。もう5年前くらいだろうか、「ホームセキュリティ」という視点でシリコンバレーにベンチャー企業を探しに行ったことがある。映像の位置に何かが入ってくる、動くものがある、といった色々なパラメータで映像の分析を試みていた。

 

誰でも映像編集できる時代のプロ表現
結婚式の披露宴の余興だって、スマホやデジカメで撮影した映像をパソコンで編集している。普通の人が普通に映像表現する時代だ。もちろんお手本はテレビなのだが。
そんな時代に、プロの映像表現として、幕張のIMCで作り込まれたコンテンツを見られたのは幸運だった。テクノロジー導入からコンテンツへと新たな段階に来た『テレビ+α』の今後に期待したい。

 会場のトイレには、こういうサイネ-ジもあった

 

志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取 締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka

[amazon_image id=”4022733489″ link=”true” target=”_blank” size=”medium” ]明日のテレビ チャンネルが消える日 (朝日新書)[/amazon_image][amazon_image id=”4492761934″ link=”true” target=”_blank” size=”medium” ]ネットテレビの衝撃 ―20XX年のコンテンツビジネス[/amazon_image]

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

20146/18

そこに、パースペクティブ=展望はあるか?2014年の論点⑤

停滞する民主主義が進化する途 ワールドカップの中継番組の瞬間最大視聴率が50.8%だったそうです。このニュースを見…

20146/18

そこに、パースペクティブ=展望はあるか?2014年の論点④

ストレンジなリアリティー:ガンダムUC ep7を見て考えたこと 『機動戦士ガンダム』は30年以上前に、フォーマット…

20146/17

情報“系”の中のテレビジョン

6月は、いろんなことがある。 会社社会では6月は大半の会社の株主総会の季節だから、4月の年度初め、12月の年末とともに一つの区切りの季節だ…

20146/16

テレビというコミュニティ。あやブロというコミュニティ。

あやとりブログに文章を書くようになってかれこれ二年以上経ちました。2011年に出した『テレビは生き残れるのか』を読んでくださった氏家編集長か…

20146/13

ワンセグ全番組タイムシフト視聴は視聴率を下げるのか検証してみた〜ガラポンTV視聴ログより

リアルタイムの放送をテレビで視聴する人が増えることは良いことです。 言うまでもなくこれは「視聴率が上がる」ことを意味します。 &nb…

ページ上部へ戻る