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20122/7

[“日本国憲法殺人事件”-河尻さんとの雑談から、山田風太郎記念館にアプローチすることになった-] 前川英樹

この間のゲリラ新年会が終わって店の外に出たところで、どうしてそういう話題になったのか定かな記憶はないが、「山田風太郎はいいね」「明治ものが抜群ですよ」「いや、室町ものいいんだな」などという会話になり、今度は風太郎で一杯、ということになってしまった。
風太郎物を読みだしたのはそれほど早くなく、「幻燈辻馬車」が多分最初だ。発行は昭和51年(1976年)で、以後明治ものが出るたびにほとんど初版本で購入している。その間に忍法帳に遡り、以来、室町ものも、日記シリーズ、エッセーの類もまめに買い込んだ。「人間臨終図鑑」(上下)などという不思議な本も(風太郎に不思議でない本はないのだが)全ページ眼を通した。あの時期は風太郎しか読んでなかったらしい。
あの時期とは、TBS闘争が終焉し、TBSは編成的には頂点にあり(ということは、そこから少ずつ凋落が始まる)、少数者の自己主張も風化して行って、個人的にいえば「来た仕事は全部やる、挨拶はチャンとする(?)」みたいな、空虚を忙しさで埋めながら、自分の中の緊張感をどう持続するかということだけを考えていた、そんな時期だった。忙しさではもちろん空虚は埋まらない。その埋まらない部分を“風太郎浪漫”に求めていたのだろう。山田風太郎の敗戦体験と僕の60年安保とTBS闘争の体験がどこかで秘かに繋がっていたように思ったのかもしれない。そういえば、村木良彦さんが「日本の近代を考えるときに、司馬遼太郎史観より山田風太郎史観の方を取る」といっていたが、全く同感だ。ぼくの司馬史観への抵抗は結構強い。ついでにいえば、風太郎論では革命思想の書として山田風太郎を読み解いた、平岡正明の「風太郎はこう読め―山田風太郎全体論―」(図書新聞 1991)が圧倒的に面白かった。

1972年の「あさま山荘事件」で、一つの戦後が区切りをつけられた。
たまたま、今朝(2/6)の朝日新聞の書評欄で、鈴木邦男(新右翼団体「一水会」顧問)はあさま山荘事件について、「あの事件で左翼は終わった。『革命を夢見ること』は『犯罪』だと断罪された。それが、警察、マスコミ、国民の『総括』だった」と書いている。Yes!しかし、左翼はその程度の総括もしていない。何故と言って、その後左翼はサヨクになり(「左翼がサヨクになるとき」磯田光一)、革命は流通革命やIT革命という産業用語になってしまったからだ。
くり返すが、ぼくが山田風太郎を読みだした1970年代は、そんな時代だった。

ということを思い起こしつつ、翌日になって以前から気になっていた「山田風太郎記念館」(兵庫県養父市関宮)のホームページを開いてみた。それでちょっと驚いた。これまでは一度は行きたいと思いつつ、一体何を展示してあって、どうやって行くんだろうなどとホームページをぼんやり眺める程度だったのだけど、何気なく「掲示板」を開いてみた。と、そこには「山田風太郎原作の『娘たちの復讐』というテレビドラマがあるようですが、原作は何でしょうか」など、これに関する質問と、「調べた限りでは・・・ということのようです」という回答が並んでいるではないか。
ちょっと待った、それってプロデューサーもディレクターも前川さんなんだよ!
というわけで、以下のような書き込みをした。

 

この掲示板のページを初めて開いたところ、「娘たちの復讐-日本国憲法殺人事件-」についての記事を拝見しました。私は、この番組のプロデューサーであり、ディレクターでした。
脚本家の佐々木守さんと企画検討のうえ、「夜よりほかに聴くものもなし」(「山田風太郎傑作選」第二巻 現代教養文庫)の第四話「必要悪」と第九話「敵討ち」の二つの話を再構成して一つのドラマにしたものです。主演は田中好子(スーちゃん・昨年逝去)と三浦洋一(故人)。佐々木守さんもすでに亡くなられています。山田風太郎さんに原作の許諾を頂き、放送前に脚本をお送りしたところ「全く無関係のふたつの物語が組合わさり、しかも骨格の大きな話に変身しているのに驚いております」との葉書を頂戴しました。葉書は今も手元にあります。「小生キャンディーズのスーちゃんが三人娘の中では一番のファン」とも書いてあります。佐々木さんも私も、タイトルは「日本国憲法殺人事件」としたかったのですが、番組宣伝効果が疑問ということで、サブタイトルになってしまいました。殺人の罪で逮捕された若い男女(田中・三浦)が獄中で結婚するとき、父親(岩井半四郎)が二人を前に、日本国憲法第二十四条「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と読み上げることで、戦後民主主義を象徴するという意図が込められています。(略)台本は、昨年まで手元にありましたが、脚本アーカイブ構想が進められていたため、その準備組織に寄贈したところです。30年前のことであり、記憶も不確かですが、概ね以上の通りです。

 

少し補足しよう。
ドラマの脚本家としての佐々木守さんとは、どこか波長の合うところがあって、といっても守さんは目眩のするほど幅広の人だから(大島渚の映画、「ウルトラマン」「七人の刑事」のシナリオ、劇画「男どアホウ甲子園」の原作ナドナド)、ぼくと波長があったのはほんのちょっとした部分だろうが、結構面白く仕事をした。その守さんも風太郎読みで、こちらは初期の探偵ものから読んでいて、読み手としてはぼくより遥かに上手だった。その守さんと、2時間単発のサスペンスものをやることになり、風太郎もので何か、という話になったのだ。
で、守さんが出してきた企画は、初期の探偵もののシリーズ二つを組み合わせ、一つのドラマにしてしまうという、乱暴というか、大胆な提案だった。初期の風太郎の探偵ものは、当然のことながら敗戦後の状況が色濃く反映されていて、筋金入りの?戦後民主主義者の守さんは、そこに焦点を当てて[風太郎ワールド+守ワールド]を出現させようとしていた。「あのさ、戦後民主主義っていうと、みんな憲法9条っていうけどさ、それより24条知ってる?おれは、あれが戦後民主主義の象徴だと思ってるんだ」ということだった。もちろんサスペンス・ドラマだから、殺人事件は起こる。二つの殺人事件の主人公の男女を獄中結婚させ、結婚式の代わりに憲法24条を読みあげる、というところをラストにした。タイトルは「日本国憲法殺人事件」・・・のはずだった。ところが、番組宣伝担当から「宣伝のしようがない」という強烈な反対があり(脅えたのだろうか、でも何に?)、番宣は編成局所属でもあって、とうとうこの「日本国憲法殺人事件」はサブタイトルにされ、「娘たちの復讐」という良く分からないタイトルになってしまった(自殺に追い込まれた姉の復讐を妹がするというのが、話の一つの筋だったからだ。もう一つの筋は、戦後米兵相手の慰安施設の設置を上層階級が進める中で、下層社会の青年が犯す殺人事件。)1982年の制作だった。演出としては、残念ながらあまり良い出来ではなかった・・・と思う。

山田風太郎記念館の担当者から、一日おいてお礼の返信が来た。これを機に「山田風太郎の会」に入会することにした。記念館は、山田風太郎の生家の近くだが、山陰線の八鹿駅からさらにバスで相当入り込んだ辺鄙なところにある。ちょっとそこまでというわけにはいかない。季節が良くなったら行ってみよう。どう、河尻さん。いや風太郎好きな人がいたらどなたでも。

スーちゃんも、三浦洋一も、佐々木守も、山田風太郎も、みな故人になってしまった。
そういえば、風太郎さんから来た葉書を守さんに見せたら、「それ頂戴よ」というので、「ダメダメ、これはぼく宛の葉書なんだから」、「いや、脚本のこと誉めてあってさ、それ書いたの俺なんだから」、「そんなこと言ったってダメですよ」などと他愛ない、子供みたいなやり取りをしたものだった。守さんがあんなに早く逝ってしまうのだったらあげればよかった。今度風太郎記念館に行ったら寄贈することにしようかな・・・。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前川英樹(マエカワ ヒデキ)プロフィール

1964年TBS入社 。TBS人生の前半はドラマなど番組制作。42歳のある日突然メ ディア企画開発部門に異動。ハイビジョン・BS・地デジとい うポストアナログ地上波の「王道」(当時はいばらの道?)を歩く。誰もやってないことが色々出来て面白かった。その後、TBSメディア総研社長。2010 年6月”仕事”終了。でも、ソーシャル・ネットワーク時代のテレビ論への関心は持続している・・・つもり。で、「あやブロ」をとりあえずその<場>にして いる。
「あやブロ」での通称?は“せんぱい”。プロフィール写真は40歳頃(30年程前だ)、ドラマのロケ現場。一番の趣味はスキー。ホームゲレンデは戸隠。

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