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20111/19

「メディアには何が“刻印”されているのか-木原さんの挑発に条件反射-」 ― 前川英樹

 木原さんの< あやブロ>を読んで、本当は?『ソーシャル・ネットワーク』も観て、それから書くべきだと思うのですが、取り敢えず条件反射的に思ったことを書いておきましょう。文体(です、ます)も木原さんに合わせます。

 「当時の『学生運動』を現代のwebの世界の『ソーシャルネットワーク構築』と読み替えてみることはできないだろうか?」と木原さんはいいます。Yes!できます、それは。そもそもインターネットがアメリカ西海岸で一つの文化として成長したことがネット力の源泉であったということは、正しくそういうことだったのではないでしょうか。カウンターカルチャーとしてのインターネットというのは、どんなにベンチャーのサクセスストーリーとしてネットが語られようとも、何処かに刻印されているように思います。テレビがライブ性という先行メディアへのカウンターとてして登場し、そこからついに脱却できないようにね。
 旧左翼(あるいは古典的左翼)から新左翼が生まれた時の最初の宣言文書のタイトルは「全世界を獲得するために」というものでした(それを書いた人たちは、50年世代と言われる人たちです)。何という大胆な、そして清冽にして凄烈なフレーズでしょう。ちょっと感動的ですね。ひょっとしたら、アメリカ西海岸の青年たちも、ガレージの中でコンピューターをいじりながらそんな風に思っていたかもしれない。つまり、何時だって“革命的”とはそのようなものではないでしょうか。そういうコトバが学食の< 鯵定>みたいに飛び交っていた時代が日本に、そして多分アメリカにも、ということはつまり世界中どこにでもあったし、ありえた(ありうる)ということです。「読み替え」OK、それが想像力=創造力というものではないでしょうか。

 木原さんは、もう一つ「学生運動家たちがいまのウィキリークスみたいなシステムを手に入れたらどうなっていただろう」と問いかけています。ウーム・・・多分、彼らはそれなりにしたたかですから(少なくとも、今の学生たちよりははるかに)、< 政治的効果>を最大限考えて利用したでしょうね。学生運動も政治運動だとすれば、心情的・文化的モメントと現実的・打算的運動論のなかで、間違いなく後者が優先します(過度にね)。つまり、前者にこだわり続けようとした者は脱落し、あるいは排除されたでしょう。そうであるが故に、そこに例えば大島渚の映画(「日本の夜と霧」、シナリオ「深海魚群」)、あるいは福田善之の芝居(「真田風雲録」、「遠くまで行くんだが」)などが成立したということだと思います…黒澤の「羅生門」を思うあたりは木原的でいいですね。そう思うと、学生(革命)運動から排除されたもの、あるいはそれと訣別したものに何が刻印されているか、それこそが創造的ではあるまいか、と考えることもできます。
 本題に立ち返れば、実はウィキリークス問題というのは、情報において「全世界を獲得しよう」と思った、例えばグーグル的なるものと反グーグル的なるものの空隙に生ずる虚数のような感じがするのです(否定的ということではありません)。もちろん、そうであるが故に21世紀の情報民主主義はウィキリークス的なるものが機能しなければならない、それが本質的な要因なのだという考え方も成立します。いま私たちはネット社会を生きるという未知との遭遇の途上にいます。ということは、便利で効率的という物差しではない< 何か>が必要なのです。それが、古典的民主主義におけるメディアの< 異議申し立て機能>だとして、それとウィキリークス問題とはどのような関係なのか、そしてマスメディアはその< 異議申し立て機能>を機能させているのか、それともいないのか、これもまた“刻印”に関わる問題でしょう。

                 □

 と、ここまで書いて突然思うのですが、マスメディアだって、ネットベンチャーだって、事業には運動論と組織論、そして理念ないし抒情(思い)がなければ成り立ちません。創業とはそういうものですし、事業の継続もまたそうであると思います。ということは、自分の関わっている仕事は、出自の時に何が刻印されていたのかに思い至らないと、それを乗り越えることさえできない、そういう時代にテレビは入っているのだし、ネットビジネスだって早晩そういう時代を迎えるだろうと思います。もちろん、それはとても大事なことなのですよね、木原さん。

                 □

気がつけば、木原さんの挑発に乗って思わずアレコレ書いてしまいました。
さて、それでは「ソーシャルネットワーク」を観に行こうかな…。

TBSメディア総合研究所“せんぱい” 前川英樹

前川英樹(マエカワ ヒデキ)プロフィール
1964年TBS入社 < アラコキ(古希)>です。TBS人生の前半はドラマなど番組制作。42歳のある日突然メディア企画開発部門に異動。ハイビジョン・BS・地デジというポストアナログ地上波の「王道」(当時はいばらの道?)を歩く。キーワードは”蹴手繰り(ケダグリ)でも出足払いでもいいからNHKに勝とう!”。誰もやってないことが色々出来て面白かった。でも、気がつけばテレビはネットの大波の中でバタバタ。さて、どうしますかね。当面の目標、シーズンに30日スキーを滑ること。

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