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20123/17

[新大陸から帰還したコロンブス]志村一隆


 

バルセロナ「王の広場」

「バルセロナの王の広場」

バルセロナの旧市街、細い路地を辿ると急に広場が拓ける。「王の広場」と呼ばれるその場所で、コロンブスがイザベル1世とフェルディナンド2世に、新大陸発見の報告をしたという。時は15世紀の終わり。
1年前、前川センパイのポストで紹介されていた山本義隆氏の著書「一六世紀文化革命」に「大航海時代、冒険者たちが実際に新大陸に行ってみたら、本に書いてあったことと全然違うので驚いた」みたいなくだりがある。
まさにその通り。「二一世紀」でも、今まで教えられてきたのと全然違う体験をたくさんする。

 

教え込まれたのと違うことを知る

たとえば日本は「小さい国、極東の島国」とずっと思っていた。それが、米国に留学したとき、フィリピンやインドネシアからきた学生が、「日本の軍事力はとても強力だ」と言うので驚いた。一緒に住んだ台湾人は、「中国兵なんて、銃を持っても狙って打たないから当たらない。日本のほうが絶対強い」と言う。韓国人も他のアジア人留学生も全員兵役を経た人だった。
彼らには日本はとてつもない大国に見えている。この感覚は自分が米国に対してイメージしていたのと同じなのだろうか。なにしろ小さな頃から、「アメリカ人の豊かな暮らしを見て、こんな国と戦争したら勝てるわけないと思った」といった話を色々な媒体で見聞きしてきた。このアメリカ話が、本当なのか、意識的、無意識的なプロパガンダなのかは分からない。
こんなこともあった。初日の授業で国別に自己紹介をすることになり、まず台湾人が「アイアムフロムタイワン」と言った。その瞬間、中国人学生が「台湾は国じゃない」と言い放った。ワオ。台湾人は全員、下を向く。その中国人と私の初会話は、「ドゥユーノウナンジン(南京)?」。彼とはそれきり2年間一言も言葉を交わさなかった。韓国人は「中学までは日本人大嫌いだった。今では好きにだけど」と言う。彼らは彼らで何かを教え込まれているのだろう。もちろんいい人もいた。念のため。
欧州から来ていた人たちは、自分の国がどのように見られているか理解していて、自分なりの国家感を持っていた。隣国人との比較が日常の話題にでるからだろう。「台湾は国じゃない」と叫んだとき、すかさず「教室に政治を持ち込むな」と言ったのはスイス人だった。
そんな留学生活で、自分には国について話す意見が無いことに初めて気付いた。国家なんて意識せずに暮らしてきたからだ。これも意識的な教育だったのだろうか。

 

知らないまま過ごす人もいるだろう

留学中、小学校で毎週土曜算数を教えていた。アトランタで最貧地区の学校で、日本という単語すら初めて聞く子がいた。ましてや日本が地球の裏側にあるなんてのは、想像を遥かに超えている。大人でも生まれてからジョージア州を出たことが無い人がいたくらい。そんな街、アトランタ。
留学生活の2年目は米国人と家を借りた。ヒスパニック系が多く住む地域。ある日、家の前に止めていた車の窓ガラスを割られた。そんなエリアでも、玄関前の芝が伸びたままにしておくと、隣人が「芝を刈れ」と注意してくる。色々なモラルがある。
あの頃のキッズたちはあれから何も教えられずに育ったのだろうか。経済的理由で学校に行けないと、知識もプロパガンダも耳に入らない。
何かを教え込まれるのと何も知らないまま暮らすのとどちらがいいのだろうか。

 

失業率20%の社会で暮らすのはどんな感じ

今年のバルセロナでは知人がスリにあった。欧州の旧市街を歩いていると、知らないうちになんか雰囲気が変わって、肌がささくれ立つ瞬間がある。そんな動物的本能が感じてから数分、道で話しかけてきた若者がいた。そして、我々の横を通った車に意識が向いたスキに、ポケットのケータイが盗まれた。若者と別れたあと、我々のやりとりを見ていたであろう清掃のオジサンがスレ違いざま「注意しな」と話しかけてきた。笑顔で「OK」と返事しながら、5分歩いた後やっとスられた気付いた。まさに平和ボケ。交番の警官は「lost? Stolenだろう」と言う。スリはよくあるらしい。
スペインの失業率は20%を超えている。失業率が20%の社会を生きるのはどんな感じなのか。現地の友人はケータイ代を月8ユーロしか払っていない。チップも払わない。彼と奥さんは共働きで経済的に恵まれているほうだが、それでも節約する。奥さんは、今まで使っていたケータイキャリアが、最高益を計上したのに、レイオフを行ったことに抗議して、そのキャリアを解約した。200カ国以上から7万人が集まったバルセロナの携帯端末の展示会の入り口ではレイオフされた人たちが毎日デモをしていた。

 

「お前はどう思う?」と問い続けてみる

格差の下層で何も知らないまま暮らすか、豊かだけれど何かを教え込まれる、どちらが幸せなのだろうか。
インターネットには情報が溢れている、という。たとえば、冒頭のコロンブスが王様に謁見したという「王の広場」をインターネットで検索すると、ブログがたくさんヒットする。そのどれもが「イザベラ女王がコロンブスに謁見したという広場です!」という記述だ。「地球の歩き方」と同じだったりする。そして、本当に「王の広場」で謁見があったのか、例えばウィキペディアを調べると、そんなことは出ていない。そもそも「王の広場」は英語版、日本語版ともウィキペディアに載ってない。ただ英語版の「コロンブス」に王の広場らしきドラクロアの絵が表示されている。ウィキペディア以外にはこんなサイトに絵が載っている。要は、誰かが「イザベラ女王が王の広場で謁見した」と書いたものを、みんなでコピペし合っているだけなのだ。インターネットで何かを調べると、こういうことが多い。多様な意見が乗っているようで情報ソースが限定的だ。知らない間に、同じ意見や情報だけが飛び交う。
つまり、我々は検閲が無くてもインターネットの自由さを使いこなせていない。
そこで、メディアは違う意見を述べる勇気を持てるのか、それとも同質性を強化する方向に靡いてしまうのか。同質な社会の心地よさもいいけど、新天地も面白いよ!と思わせるほどのことを言い続けない限り、今はまだ自由なインターネット空間を新たなメディアとして成立させることはできないであろう。あやぶろもそんな場であり続けて欲しい。

 

志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取 締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka

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