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201112/7

余人を以て代え難いシンガポール ― 志村一隆

z54cEX0LXq.jpg          シンガポールの目抜き通り「オーチャード・ロード」

Singapore Keeps Growing

11月のシンガポールは気温30度。午後は毎日ゲリラ豪雨が降る。
国土の広さは、先月あやぶろメンバーと訪れた仙台市くらいだ。東京都の3分の1。しかし、海岸線はどんどん沖に伸びていて、創業時海岸沿いに建てられたラッフルズホテルは、もはや海岸から1kmも離れている。地下街は30分歩いても、まだ終わらない。
「1ヶ月後に又、おいで。風景がいまと全然違うから」笑顔で誰もが言う。
目抜き通りは片道5車線、両側の8階建てのビルより高い街路樹が聳える。港には、大型船が無数に浮かび、市内から30分の空港に着陸する飛行機が空で順番待ちをしている。
シンガポール国立博物館には、建国の物語が、食文化やファッションを含め展示されている。たとえば、「Laksa(ラクサ)」は、ペルシャの「麺」が語源で、マレー人貿易商が持ち込み、中国系の具材を取り込んだ料理、とか「Bak Kut Teh(バクテー、肉骨茶)」は滋養強壮のために作られた漢方薬が染込んだスープが特徴なんていう解説がある。「からゆきさん」のインタビューも聴けるし、「サンダカン八番娼館」(山崎朋子、文春文庫)の「おサキさん」のエピソードぽい手紙もある。(驚いた!) 戦後一時復活した一夫多妻制の紹介もある。かなり充実していて、オススメ。
元首相のリー・クアンユー氏は、物語の語り部としてはどうだったのだろう。河尻さんや須田さん、是非教えてください。

英語って必要なの?? 

「日本人は英語話せないよねぇ」
みんなに言われた。ガクッ。アメリカならまだしも、アジアでもそう思われているのか。。。街を歩けば、マンダリンや広東語、英語から聞いたことの無い言葉までが耳に入ってくる。彼らは自分の家系の言葉と英語のバイリンガルなのだ。
その語学力を活かして、金融業や貿易で稼ぐ。いっぽう、中華レストランには、マンダリンしか話せない移民の子たちがウェイトレスをしている。
彼らの給料は英語を勉強しなければ上がらない。

裏切られた「労働」と「仕事」

そんな姿を見て、先日読んだ一冊の本を思い出した。
水野和夫氏は「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」(日本経済新聞出版社)で、成長を至上命題とする資本主義の現状と限界を描いている。原油などのエネルギーコストの上昇で行きづまり、それでも利益を出さなければならない企業が人件費を削る。実体経済から乖離しても利潤をあげ続けるため、リアルからバーチャル領域にも進出する資本の宿命の物語だ。
16世紀から始まる近代とは国民国家構築の時代であり、国民の大多数であった労働者は、資本にすり寄った国家に裏切られたという。
氏の論理から言えば、英語も話せない移民のウェイトレスの子たちは、国家に裏切られる労働者であろう。いや、英語を話せず、専門技術も無い日本の都市労働者だって同じではないか。
いままで、「我慢」して労働すれば、「なんかいいこと」があると思わされ、温厚で協調性があって、上司に文句を言わない人になろうと努力してきた。Exelの罫線直しヤパワポのフォント修正を「仕事とはこういうもの」と思い込まされてきた。
しかし、国家や企業がぶら下げてきたニンジンは幻想になりつつある、ことを水野氏の著作は語っている。

余人を以て代え難いシンガポールの物語

国家が労働を、企業が社員を裏切ろうが、人生は続くのだから、個人個人は悩んでいる暇はない。ベンチャー企業の社長だったら、得意先に裏切られたところで、明日の支払いができるキャッシュが無ければ、誰を恨んでもしょうがない。自分が倒れるだけだ。
でも、どうしたらいいのだろう。
以前、前川センパイが「放送人はシーラカンスか?」(2011/8/24)と「内田樹さんの「最終講義」を読んで・・・」(2011/9/7)というポストで「職業」について述べていた。
結局、裏切られて悩むヒマがあったら、相手が裏切れないよう自分の技を磨くしかない。余人を以て代え難いプロフェッショナルな技を持つ人が、自分の「労働」を「職業」と呼べるのだろう。
「リー・クアンユー回顧録」(日本経済新聞社)を読むと、リー氏が、シンガポールを他では代え難いポジションを確立し、自律的に行動していたことがわかる。
大国に頼って、裏切られたところで、誰のせいにもできない。アメリカや中国の陰謀と分析するだけでは、明日のご飯が出てくるわけではない。そんな、国民を背負った気概が感じられる。
1967年のイギリスポンド切り下げから、1968年1月に発表されたシンガポールからのイギリス軍基地撤退の様子とその後の国家運営は、イギリスをアメリカと置き換えて読むと、大変タメになる。

日本地図じゃなくて、アジア地図を部屋に貼ろう

もちろん、シンガポールは小国で、日本は大国だ。日本のGDPは、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピンの4ヶ国を足したものの4倍もある。英語ができなくても、国内で十分豊かな暮らしができる。それはそれでいい。
しかし、その豊かな暮らしを保障してきた枠組みは不変ではないし、その豊かさゆえに、我々は変化の情報や対応を十分把握しているとは言い難い。たとえば「日本は拡張主義で、集団主義で怖い」と思っている人もまだアジアにいると知るべきだ。滞在中、玄葉外相が訪中し温首相と会談したニュースが、CCTVの英語放送で流れていた。タイトルは、「Japan Looking for Influence in Asia」だった。
日本はアメリカから裏切られるのか、中国とアジアとどう付き合うのか。アジアの地形は、第二次大戦前も後も変わらないが、視点によって地図の見え方は変わる。西洋的な視点ではなく、アジアが1つになる哲学を構築できるのか。
そもそも、日本人は自分で考える教育を学校でも職場でも受けていない。受け身思考が身に付いている日本から戦略的思考が生まれるのだろうか。
日本にとって余人を以て代え難いものはなにか?戦略的思考には、取捨選択、トレードオフがつきものだ。
シンガポールで会った女性が、「Made in Japanの製品が欲しいのに、日本メーカーって工場がもう日本に無いわね」と笑っていた。日本に来る中国人観光客は、ニコンのカメラでも「Made in Japan」のカメラが欲しいのだ。
日本が、金融ではなく実体経済に利があるのなら、そこに集中してはどうだろう。英語など話せなくても、驚くべき技術や匠の技があれば、グローバルで注目される。マーケティング、販売はバイリンな国に任せればよい。
経済活動が政治よりも拡大している時代に、国境内ですべてをまかなうのは無理だ。余人を以て代え難き技を磨き、それ以外は他国と連携する考え方が必要だろう。
そんな思考は、日本国内だけを見ていては生まれない。大きな日本地図ではなく、アジア地図を部屋に貼ってみよう。

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