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20116/4

「実物とリアルの違い」 志村一隆

6月のロンドンは、9時を過ぎてもまだ明るい.木は高いし空は青い。ターナーの風景画そっくりだ。いや、ターナーの絵がリアルにそっくりなのだ。絵が描かれた場所と同じ空気を吸えば、その絵がリアルに感じられる。ダリのぐにゃとした時計の絵や、ムンクの叫びは、明るいけど無人な夜11時の北欧や、夕方3時で真っ暗な日が続く冬の欧州を体験すると、よりリアルに感じられる。彼らの想像力が、身体的な経験から生まれたのだろうと理解できる。
こうした身体的リアルさに基づくアート活動をジャーナリズムに置き換えたのが、河尻さんが目指すアクション・ジャーナリズムなのだろうか。
2年前に襖絵の展覧会に行ったら、展示されているのは高精細なデジタル画像だった。実物そっくり。実物の襖絵を漫然と見るのと、デジタル画像の作品を見ながら、その作品と対話するのと、何が違うのだろうか。実物の襖絵を見た人が、デジタル画像しか見てない人に向かって、「本物を見なければダメだ」と言えるのだろうか。私は、制作者が何故それを描いたか、その過程を探るほうが大事だと思う。
実物を単に見るだけでなく、その制作過程を探った結果の表現のほうが、作品とのリアルな体験と呼べる。実物の記録を求める人と、リアルに基づく洞察を求める人と、どちらが多い社会なのは、メディアの立ち位置にも大きく関係しそうだ。
インターネットには、無数の記録がアーカイブされる。ニューヨークには、一般人のオーラル・ヒストリーを録音するボックスが建ってたりする。受け手は、こうした無数の記録から自分に近いリアルを見つけ出す。個人的な体験が他人と共有体験で裏付けされる。記録の解釈は受け手側の自由な感性に委ねられ、個々にズレたままだ。そこには、マスメディアが作り出す一つだけの見解はない。
インターネットのソーシャル体験が増えるほど、社会はそのズレを許容し、他との関係性はそれを前提としたものに変化するだろう。それは、国家から見た共同体を崩壊させ、マスメディアの視点にも変化を促す。受け手との距離感が近い情報がインターネットに溢れるなかで、いままで通りの一方向的な記録はその相対的立場が縮小し、リアルの一片に過ぎない存在となる。こうしたメディア間の相対的な位置関係の変化をマスメディアは理解する必要があるだろう。
先日、ヘンリー・ダーガー展に行った。ダーガーの表現は、人に見せるのを前提にしていないという。定職があり、帰宅してから誰にも知られずに表現し続けた。次に、レンブラント展。ポートレイトがあり、パトロンがいる。依頼されての芸術。そして、河尻さんポストにあったChim↑Pom。絵自体よりも、その存在、タイミング、場所などの文脈が意味を持つ。河尻さんがメディアを“仕業化”すると指摘するChim↑Pomの活動は、コミュニケーションのデザインまでを表現領域と考えた結果だろうリアルの記録も、発見されない限り、表現として記憶されない。
アートは、記録を可能な限り普遍化し、その文脈を売り込む。受け手は、作品と対峙しながら、その文脈をリアルに体験する。今日、ホワイト・キューブ・ギャラリーで見たGeorg Baselitzの作品は、鳥や犬が逆さまに描かれている。普通に描かれる鳥の記録よりも、確実に作品とのコミュニケーションが発生する。
事実をそのまま伝えるよりも、受け手が理解するためにコミュニケーションを必要とするリアル性が、これからのメディアに求められているのではないだろうか。

志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka

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