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20122/7

どっこいテレビは生きている。でも、テレビの敵ってなんだろう? - 稲井英一郎

「テレビは崩壊した!?」

「テレビCMは死んだか!?」

最近よく語られるこの手の話題を聞くたびに、なんでこうなるのだろ~という気がします。どうしてか?日本のテレビ局の視聴率や経営状況は確かにしんどいところがあるのですが、テレビ放送そのものに、こんなに否定的見方をする人が多い国はあまりないからです。
まずは、ちょっと世界を見渡してみましょうか。

「米広告主のチョイスはテレビ」

「2012年、米広告主が真っ先に選ぶ媒体に引き続き「テレビ」が選ばれた。米メディア・サイトのメディア・ライフが様々な広告代理店の動向を分析した結果だ。地上波テレビ局の強さは、他媒体がまねの出来ない消費者への到達率。そのため、国土の広い米国で、新製品などを津々浦々に宣伝する際に、テレビ以外の媒体は考えられないとの認識が広告主の間で揺ぎ無いものになっている。」
2011年12月米メディアライフの発表より抜粋、邦訳はテレビ朝日アメリカ。下線部は筆者。以下同)

現在の日本でよく展開される「テレビ崩壊論」で、このような調査データが語られることはどれほどあるのでしょうか?私はあまり聞いたことがありませんが。

 「テレビはスーパーメディアとしての地位を堅持」

「2011年、テレビは現代のスーパーメディアとしての地位をさらに固め、「テレビは今にも廃れる」と主張する評論家たちの予測ははずれるだろう。世界全体での年間視聴時間は1400億時間増加し、ブラジル・ロシア・インド・中国4か国における有料テレビ収入は20%増加するだろう。テレビで取り上げられた料理家の料理本は、同業者の本よりも何千万冊も多く売れている。テレビ番組はいつでもいかなるときでも世界中人々の話題の中心であり、10億件を超えるツイッターでツイートされ、世界の注目を集めている。」
(2011年5月「デロイト・トウシュ・トーマツ」の情報・メディア・通信グループの報告より抜粋)

どうです。グローバルトレンドでは、テレビを「スーパーメディア」とみなす人達がいる。しかも世界4大会計事務所のひとつ、デロイト・トウシュ・トーマツが。

 「全世界の広告費がテレビ広告費の増加により8.8%上昇」

 2011 年第1 四半期、全世界の広告費は8.8%の伸びを記録。背景には広告主がテレビ広告費用を増やしていること、さらには消費が伸びているアジアやラテン・アメリカ市場への投資が継続されていることが挙げられる。「ニールセン・グローバル・アドビュー・パルス」レポートによると、テレビ広告費用は11.9%の伸びを記録、4 大メディアにおけるテレビ広告費のシェアも63.5%から65.3%に上昇した。この上昇傾向は経済先進国、新興国に共通して見受けられた。
ニールセンのグローバル広告分析部門責任者は、「新たな消費者層にリーチしたい企業、特に経済発展国を狙っている企業にとってテレビは最も重要性、費用効果共に高いメディアであることは明らか。テレビは全世界の女性が新製品やサービス情報の検索手段として最も利用するメディアとなっています。
(2011年7月 ニールセンワイヤより抜粋)

「ニールセン クロス・プラットフォーム・レポート」

従来型テレビ
アメリカ全体での月単位テレビ視聴時間は昨年に比べ、視聴者1人当たり22分増加した。テレビは引き続き、全世代にとって最も顕著なビデオ・コンテンツ源となっている。
(2011年6月 ニールセンワイヤより抜粋)

さあ、どうですか?ニールセンは米国などでテレビ視聴率やインターネットの利用者動向を調査し、マーケティング分析を得意とするグローバル企業グループです。
世界の潮流としては少なくとも2011年はテレビ、あるいはテレビ広告が持つマスへのリーチパワーが見直される回帰が顕著に見られました。この流れは2012年も続いています。

 もちろん、だからと言って日本のテレビ視聴率も広告売上も大丈夫だ、とは直ちにならないでしょう。アメリカでは移民の増加により今も人口が増えていること、特にスペイン語の放送局・番組が増えていることなどにより米国民の平均テレビ視聴時間が延び続けていること、一方アジアや南米諸国では経済成長が続いていることがマクロ経済要因として背景にあります。

 またテレビと一口でいっても、カテゴリーにはCATVやブロードバンドで伝送される番組、DVRによるタイムシフト視聴もデータには含まれているので、日本の環境とは異なる点もあります。

 しかし、ここで重要なことは、経済成長または人口の増加が生じている地域で、より多くの消費者をがっちり掴みたいという広告主のファーストピックが「依然」として、いや「以前」よりもテレビを選択する傾向が強まっている、ということなのです。

 5-6年前のことですが、某外資系証券会社の日本人アナリストが、1,000人の消費者に到達できる媒体別のコスト(広告料金)比較をしたことがありました。
CPM(cost per mill)といい、もともとはウェブマーケィングから来た概念でウェブページ1,000回ビューしたときの広告掲載料金のことでしたが、その応用試算によると、日本の地上波は約200円~700円でした。新聞は約3,000円、一番高いのはダイレクトメールで約62,000円でした。

この数字を見ると、同じコストで新聞の5~15倍という圧倒的なマスの消費者にリーチできるテレビのインパクトは、広告主がマスを対象としたいときに比較優位性をもつ媒体であることを示しています。
日本では視聴率5%程度の全国ネット番組でも1回のテレビCMでリーチできる消費者が、大雑把に見積もっても200万人はいるでしょうか。10回放送されれば、のべ2000万人、100回で2億人となります。全系列のゴールデン帯に各局別に毎晩4回ずつCMを流しても1週間あれば到達できる数であり、同じ数をネットで稼ごうと思っても至難の技、というよりまず無理でしょう。

米国になると桁が違ってきます。テレビCMの『トップ・オブ・ザ・ワールド』に君臨するのは、たぶんスーパーボウル(NFL)でしょう。ロイター電などによると、週末の2月5日に行われたフットボールのスーパーボウルではテレビの30秒CM枠の平均料金が前回より約15%も上がって史上最高の350万ドル(約2.7億円)になりました。

 今回最高額の枠は400万ドルだそうですから30秒で3億円!が飛んで行きます。しかし米国内だけで1億人以上が番組をみるのですから世界中ではどれだけのリーチをこのCMで稼いだのでしょうか?グローバル企業が毎年CM枠の争奪戦を繰り広げているのも頷け、過去10年で50%以上高騰してきています。

スーパーボウルで放送された世界一リッチなCMをまとめた Youtube サイト

スーパーボウルで放送された世界一リッチなCMをまとめた Youtube サイト(画像をクリックで"NBC Sports"へ)

ところでターゲット消費者にしっかりリーチできると一般的に信じられているインターネットのオンライン広告について、ニールセンは本当にリーチできているかの確証はないと言う見解を示しています。その効果測定に、テレビ視聴率との比較検証ができる「ニールセン・オンライン・キャンペーン・レイティングス」という手法を活用して実際にリサーチしたそうですが、初期データにおいて、狭いターゲットに絞ったオンライン広告を流した場合でも、ターゲット捕捉率はテレビ広告の場合と「さほど変わらない」という結果が出たそうです。

インフラ面の環境で言えば、日本の事情がテレビに有利な面があります。国土の狭い日本では、地上波ネットワークがインフラ整備を小まめに進めてきた結果、一部の難視聴地域を除いて地上波によって放送番組を受信できる世帯がいまや大半です。しかも不断の技術革新によりハイビジョン放送の解像度はブルーレイに迫るほどの高画質となり、これではDVDやブルーレイが以前ほど売れなくなったのも当然です。

一方、インターネットや電話・携帯では、一定以上の利用者によって同時に大量のデータが流された場合に、いわゆる「回線がパンクする」という状態になり、通信が途中で途切れたり、受信中のデータが失われたり、終には通信不能になる「輻輳」(ふくそう)状態が発生するという問題があります。安定的な情報伝達可能な媒体という面に限れば、この輻輳が起きない伝送路をもつテレビにインターネットはどうやっても適わないのです。

さらには、PC並みの機能をもつスマホの普及に拍車がかかっている状況を考えると、モバイル端末による動画などのデータ通信量が、2015年には10年実績の18-26倍まで爆発的に増えるため、現行の3G回線が数年でパンクするという予測も報じられています。
高速道路に見立てていえば、GWやお盆、年末年始など特定の時季に車の大渋滞がおこるだけならまだ良いのですが、これが毎日大渋滞するとなると輸送システムが破たんし、ついには経済の大混乱が起こりますよね。通信関係者の悩みは尽きません。

いや、高速に大量データを送れるLTEサービスの普及や、3G回線の通信量制御、公衆無線LANや家庭でのWi-Fi化促進により他の回線網にデータを逃がすことなど、諸々で対応可能であり余計な心配はいらぬ、とおっしゃるでしょう。

それよりもアップルテレビやスマートテレビの開発が進めば、今度こそテレビにとって脅威ではないのか?テレビは数あるアプリの中での「ワン・オブ・ゼム」になるので大幅に視聴率が下がるんじゃないか、と警告する方もいます。
そうかも知れません・・・知れませんが、アップルテレビやスマートテレビが、最終的にどんなUIやリモコンのスペックを身に付けてコモディティ商品に進化するのか現時点では分かりませんので、なんともいえないところです。
また、せっかくの未来型高機能テレビが登場できても、伝送路と大容量コンテンツの大量送受信を捌けるサーバーシステムなどの能力が飛躍的に上がらない限りは輻輳の問題はついて回るでしょう。

素晴らしい景勝の地に快適で魅力的な観光施設を建設しても、そこに至る何車線もの高速道路が整備されていないと、でこぼこ道を車でぶっ飛ばして行くことはできないので、訪れる人はあまりいないという結果になりかねませんから。

要するに、テレビ放送システムが本来もつ基本能力は、いくつかの面でインターネットを依然凌駕しており、日本以外では媒体としてのリーチパワーが増してきていることを考えると、あまりに悲観的な日本特有?のテレビ崩壊論は短絡的すぎるといわざるを得ません。
内田樹さんの「日本辺境論」が新書でよく売れているそうですが、テレビ関係者も含めて日本のテレビ産業に一種の劣等感を抱く傾向があるのは、辺境の民だからでしょうか?

さて。
そうは論じてみても、地上波テレビのHUTが幾分低下傾向を見せ、視聴率が振るわないネットワークは楽観できない経営状況となっています。この背景には、日本社会の高齢化が予想を上回るペースで進み、労働力の中核である生産年齢人口が減りつつあることや、デフレ脱却が果たせないでいることも要因かも知れません。だとしたら、ことはテレビ離れにとどまりませんが・・・

せっかく良い立地に店構えと器(テレビ放送システム)、良い食材(長年の制作ノウハウや人脈)を持ちながら、それでもお客(視聴者)とくに若い客(世代)がなかなか食べに来てくれないとしたら、それは料理人の腕とセンスが悪いからなのか、若い客が近所からいなくなったのか、いやそもそも街全体が寂れてきたのか、あるいはそのすべてか?

ここでようやく前川さんがポストしたカンヌ報告の「あや」を取りますが、結論は単純です。「テレビは一度死んだと思った方が良い」という命題を自分なりに評価するとしたら、メディア機能としては問題がそれほど見当たらないので、『過去の成功体験をいったんリセットすることで常にイノベーションに挑戦する心構えが必要だ』という解釈に行き着きます。

イノベーションを怠る姿勢は、変化を恐れ自己愛に執着することから生まれます。己を滅ぼす敵はすなわち己の中にあり。なんだか禅か武士道の哲学と似た感じになってきましたが、洋の東西に似たような思想は存在します。
オーストリアの経済学者、シュンペーターは「創造的破壊」という言葉で経済活動を新陳代謝させる重要性を唱えました。著作が昨年、日本で大流行した現代経営学の祖、アメリカのドラッカーは「イノベーションのできない組織はやがて衰退し消滅する運命」と喝破しています。

テレビがインターネットに適わなかった点は、番組・編成内容や創造性・オリジナリティなどの面も含めて、イノベーションに自ら向き合う本気度ではなかったでしょうか。それは、己の敵をきちんと見据えなかったからだと思うのですが。

稲井英一郎(いない えいいちろう)
1982年TBS入社。報道局の社会部および政治部で取材記者として様々な省庁・政党を担当、ワシントン支局赴任中に9/11に遭遇。
2003年からIR部門で国内外の株主・投資ファンド・アナリスト担当
2008年から赤坂サカスの不動産事業担当
2010年より東通に業務出向。
趣味は自転車・ギター・ヨット(1級船舶免許所有)、浮世絵など日本文化研究。
新しいメディア・コンテンツ産業のあり方模索中。

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