宮城被災地を訪れて② - 堀 香織
【管理人より】前ポストの続きです。
翌朝7時半、金華山を対岸に見る牡鹿半島の宿を出発した。
途中鮎川港に立ち寄った。ここは明治時代から続く国内有数の捕鯨基地で、20年前には「おしかホエールランド」という鯨に関する博物館も建てられた小さくも活気ある観光地だった。しかしその博物館も金華山に向かう船の発着場も破壊し尽くされている。
道路には波が打ち寄せていた。地盤沈下がひどく、満潮時には道路がほとんど浸水するのだが、もともと埋立地だったらしい。建物などすべてが軒並み放置されたままなのは、埋立地だった範囲を元通りにする考えはないからかもしれない。
しかしながら湾の別の場所から金華山行きの船は発着しているし、捕鯨も一部再開している。声をかけてくれた土地の男性は「昨日やっと公民館近くの食堂と寿司屋があいたんだよ」と嬉しそうに言っていた。少しずつ、少しずつだけれども、町が息を吹き返している。
その後、いったん石巻市に入り、高速道路を使って南三陸町の志津川へ向かった。
冬の濁りない太陽の光の下で、志津川は、まるで戦場跡のようだった。
公立志津川病院の扉のない正面玄関を入ると、ここにも献花台があり、線香や蝋燭、花輪、折り鶴、飲料水、ぬいぐるみ、車のオモチャなどと一緒に病院の看板が置かれている。
院内はロープなど張られておらず、瓦礫が撤去されただけの1階を見ることができる。隅々まで、どの部屋の天井から壁から本当に隅々まで、津波の凄まじい爪痕が残っていた。
数百メートル離れているはずの防災庁舎は病院からすぐ見えた。遠藤未希さんが声をかぎりに避難を呼びかけていた場所だ。当日ここにいた30人の職員のうち、生き延びたのは町長もいれて10人だった。
志津川はどこまでも見渡せてしまう何もなくなった街だった。流れ込んだままの水があちらこちらできらきらと反射していた。ここに暮らしていた人はいまこの町を見て何を思うのか。8カ月も経って、どこから手をつけていいのか、まだ途方に暮れたままなのではないだろうか。
日没後の17時ちょっと前に南気仙沼に着いた。
ここも破壊されつくしていた。南三陸では感じなかった、何かが腐ったような臭いが少しだけ残っている。生き物の気配はない。日暮れの残光が町のシルエットを浮かび上がらせる。町を覆いつくす水が紫色に反射する。空には宵の明星。
その風景一体が、不謹慎だけれども、美しくて、息を呑む。私の住む東京にも、この町や石巻や女川や志津川にも、それだけは平等だとでも言うように、日は暮れ、そしてまた昇る。
原型をとどめていない車、放置されたままのバス、鉄筋だけ残った建物、家の土台。それらが夕闇に包まれて、見えなくなる。風が強かった。風が慟哭のように唸りまくっていた。
翌日仙台で取材を終え、夕方帰京した。
家の最寄り駅から続く短い商店街は夕暮れに染まって活気があった。行き交う人々、その楽しげな声、店の灯り。「営み」という言葉が脳裏に浮かぶ。その言葉は、GWに仙台市内の被災地を廻ったときにたった一つ浮かんだ言葉であった。「幸せ」と同義語の、強烈な言葉であった。
商店街を歩きながら無理矢理、この町が津波や地震で喪われることを想像してみる。駅から徒歩5分の環八まで見えるものは鉄骨の骨組みだけで、そこここに集められた瓦礫が積まれて、生命と生活が焼き尽くされたときの独特の臭いが漂う、「私の住む町」を。
目の前の活気ある町と、宮城で見てきたあの町を重ね合わせるのは難しい。でも、同じ日本の地続きの風景なんだ、と、意識しなくてはいけない。そこから、微力だけれども、何かが始まるのだと思う。
最後に。
GWに仙台を訪れる後押しとなった知人の言葉を振り返れば、まさに「テレビや雑誌で伝わらないもの」は至るところに存在していた。そして震災から9カ月が経つ現在でも、そこかしこに存在している。
いまからでも被災地に行けるなら行ったほうがいい。その目で見て、静けさに耳を澄ませ、匂いを嗅いで、感じることを感じるままに感じたらいい。まだ間に合うのだ。
空気と、匂いと、静けさと。
距離と、光の美しさと、闇の深さと。
それは決してブラウン管ではわからない。自分の目というメディア(媒体)に敵うものはない。
町はあなたが来るのを待っている。そしてあなたが「東日本大震災」を自分事として考えるきっかけになることを信じている。
堀 香織(ほりかおる)
フリーライター。1971年石川県生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業後、雑誌『SWITCH』の編集者兼ライターに。6年勤務ののち、フリーとなり、インタビュー原稿の執筆や単行本の取材・校正などを行う。現在、某映像制作プロダクションに在籍し、デスク兼リサーチャーとしても活躍中。
blog「夜想小話」http://holykaoru.exblog.jp/
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