あやぶろ

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20144/23

日本のソーシャル黎明期の終り

この春、日本のソーシャルの立役者2人の離職の報を聞いた。一人は、NHKの公式ツイッターアカウント、@NHK_PR 1号さん。
もう一人はフェイスブック・ジャパンの「顔」だった児玉太郎さんである。

2009年7月、TBSは@tbs_boo というツイッターアカウントを始めたが、@NHK_PRがスタートしたのは、その3か月後。
@tbs_boo と @NHK_PR のファーストコンタクトは、1号さんの名著「中のひとなどいない」(新潮社刊)に詳しい(笑)。

その後「お茶でも?」ということになり、2009年冬NHKにお邪魔し、初めて会った日のことは今でも忘れられない。出身地が同じ関西の港町ということもあり、「震災」に対して人一倍センシティブだった1号さん。その後、東日本大震災の「被災地」に対する献身的な取り組みはご承知の通り。その誠実な人柄と教養(特にアニメw)と、ユーザーひとり一人に対するフラットで優しい目線と、時にイジワルな言動は「ツンデレのチクタクさん」としてぐんぐんフォロワー数を増やし、いまや60万人を超える。

ゆる~い企業アカウント、いわゆる「ゆるアカ」というネット用語ができたのは、1号さんの功績である。世界中を見回してみても、企業アカウントが独自の“人格”を持ち、そこにフォロワーがつくという現象は日本だけ。@NHK_PRは、企業アカウントの成功例として、後発の企業アカウントに大きな影響を与えた。
1号さんが繰り返し言い続けたこと。それは、@NHK_PRのPRは「パブリック・リレーションズ」であり、「プロモーション」ではないということだった。カンタンに言えば、「長期的な理解と信頼の醸成」を目指していて、ただの「宣伝」ではないということか。

実際、1号さんのツイートは生半可にマネのできるものではなかった。 @tbs_boo だって、人柄、教養、イジワルという点に於いては、1号さんと遜色なかったはずだ。
圧倒的に異なっていたのは、ユーザーに対するリプライの質と量。見ず知らずのフォロワーさんから寄せられたコメントに対し、“乱取り”のように鮮やかにリプライを返していく1号さんの所業は、もはや“神業”に近いものだった。時に自分勝手で独りよがりなユーザーのコメントにも、硬軟両様で対処していく。何万人ものファンから届くファンレターに、一通一通直筆で返事を書く大スターのようなものだ。

はからずもこの @NHK_PR 1号さんの大成功は、ソーシャルメディアがいかに時間と手間がかかるものかということを、私たちに教えてくれたのだった。

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一方の児玉太郎さんに、初めてお会いしたのは2010年の夏。ヤフー・ジャパン現CEOの宮坂学さんと一緒にTBSにいらっしゃった。当時フェイスブック・ジャパンは、児玉氏と、同じくヤフー・ジャパン出身の右腕・森岡康一氏、のちにウォンテッドリーを起業する仲暁子氏の3人のみ。「テレビ局に来るのは初めて」という児玉さんは、まだ初々しい青年という印象だった。

「ヤフー・ジャパン在職中にフェイスブックの可能性に魅せられ、米フェイスブック視察中に部屋に閉じ込められ、フェイスブックへの転職を迫られた」という話。「ヤフー・ジャパンで働いた10年は、ユーザーのリクエストに耳を傾けることがメインだったが、フェイスブックは自分たちの目指す未来があり、その実現のために動くことが楽しい」という話。堂々としたガタイとは裏腹に、どことなくはにかんで語る姿がさわやかだった。

しかし、フェイスブックが注目を集めるにつれ、児玉さんの態度も自信にあふれるように変わる。当時、SNSといえばミクシィ全盛だった日本で、まるで黒船かブルドーザーのように殴り込みをかけた。フェイスブック・ジャパンの代表として児玉さんは多忙を極め、連絡もカンタンではなくなった。それでも、「アプリに不具合がある」とつぶやくと、即攻でメッセージが入り、あっという間に改修して「どうですか?」と聞いてくる。根っからの技術屋だなあと痛感させられた出来事だった。
そして、TBSが初めて訪れたテレビ局であったのに、日テレと「Join TV」という前人未到のテレビ&ソーシャルのプラットフォームを作り上げた。ううむ。。。
気がつけば、フェイスブックの日本ユーザー数は2500万人を超え、人口の半分とまでは行かないものの、ラインに次ぐ日本第2位のSNSに育てあげた。間違いなく児玉&森岡の名タッグの功績である。

そのフェイスブックに変化があったのは、やはり2012年5月の米フェイスブックの上場だったろうか?かつての児玉さんの言葉を借りれば、「自分たちの目指す未来」に「株主」という要素が加わり、フェイスブックは新たなステージに入ったように見える。
かつて、児玉さんに「日本でフェイスブックが普及したら、どうするんですか?」と聞いたことがある。児玉さんは少し考えて、「フェイスブックが普及していない世界のどこかに、転勤すると思います」と答えた。その児玉さんがフェイスブックを去る。感無量である。

@NHK_PR 1号さんのアカウントが3年半。児玉さんがフェイスブックにいたのが4年。日本のソーシャル黎明期を支えた2人の退場は、日本のソーシャルの新しいステージへの号砲となるのだろうか。もちろん、あの2人がこれで終わるはずもないのだが、がはは。

 

山脇伸介(やまわきしんすけ)プロフィール
1991年テレビ局入社。
朝昼の生情報番組やニュース番組のプロデューサーを経て、
2007年8月から1年間、ニューヨーク大学院(NYU)で「テレビとインターネットのこれから」について学ぶ。
帰国後、他局に先駆けてTwitterやFacebookの導入に尽力。
著書「Facebook世界を征するソーシャルプラットフォーム」(ソフトバンク新書)
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