ローカル局には、視聴率より大事なミッションがある。
先日、RKB毎日放送という福岡のテレビ局に呼んでいただき、ちょっとした講演をしました。社内向けのレクチャーで、ぼくなりに今後ローカル局にとってソーシャルメディアは重要な要素になります、そこにはこんな将来像があります、というようなお話をしました。福岡は出身地なので気さくに迎えていただき、楽しく過ごせました。
RKBは月〜金で午後めいっぱい、『今日感テレビ』という情報番組を制作し放送しています。毎日数時間、主に地元の情報を送り届けるのです。これを、キー局制作の番組と張り合って放送するのですから大変です。現場を見学させていただき、皆さんが日々苦労しながらも地元のために熱く踏ん張っている様子がわかりました。地元密着の情報番組って、ローカル局にとって大事だなあと感じた次第です。
『チャンネルはそのまま!』というマンガを知ってますか?佐々木倫子という、『動物のお医者さん』『おたんこナース』など、コミカルだけどじんとくる作風で知られる漫画家の作品です。『チャンネルはそのまま!』は札幌のローカル局HHTV(北海道☆ほしテレビ)を舞台に、”バカ枠”で採用されたと言われる主人公の新人報道ウーマンが失敗を重ねつつ成長していく様子を描いています。北海道テレビに取材して描かれており、登場する小倉部長は『水曜どうでしょう』の藤村Dがモデルではないかと言われています。げらげら笑いながらあっという間に読めちゃうのでオススメですよ。
http://www.amazon.co.jp/チャンネルはそのまま!(1)-ビッグコミックススペシャル-佐々木倫子-ebook/dp/B00CY239SW/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1404701357&sr=8-3&keywords=チャンネルはそのまま!
その『チャンネルはそのまま!』の第三巻に「ウサギと獅子」というエピソードがあります。人間味あふれる分、どこかのんびりしているHHTVに、えぐいまでのやり方で視聴率至上主義を公言するひぐまテレビが対比されます。地元の蝦夷屋デパートはCM出稿をHHTVからひぐまテレビに変えます。もちろん視聴率がいいからです。挽回したいHHTVは蝦夷屋デパートの催事を情報番組でとりあげることにしました。ところがひぐまテレビは同じ日にその催事の中継をぶつけてきます。その上、HHTVにあらゆる嫌がらせをしてきて・・・というストーリーで、最後にはHHTVスタッフの奮闘で一瞬だけ視聴率でひぐまテレビを抜くことができました。視聴者からも問合せが多く、蝦夷屋デパート宣伝部長はHHTV営業マンに感謝するのです。営業マンは最後に「視聴率があれば人は幸福になれるだろうか」と自問します。
じーんと来るし、考えさせられるエピソードです。漫画ですからわかりやすくHHTVは人間味あふれるいいやつらで、ひぐまテレビはいやらしいほど視聴率を追い求めます。蝦夷屋デパートは視聴率が高いからひぐまテレビのCM枠を買います。でもHHTVが蝦夷屋デパートのために奮闘したのも重々分かっている。だから感謝します。
感謝されてもCM枠を買ってもらえなければ何にもならない。じゃあ地元のために頑張るHHTVの姿勢は無意味なのでしょうか。だとしたら放送局とは何でしょう。ぼくも漫画の中の営業マンくんと同じように自問してしまいました。
ぼくの旧友で、ローカル局で働いている男がいます。長年のつきあいですが、先日初めてその局について話を聞きました。その局は明確に、地域メディアを目指しているのだそうです。
ローカル局が地域メディアを目指すのは当たり前だろうと言われてしまうかもしれません。でもローカル局はほっとくと地域メディアというより、キー局の支店になってしまいます。その方が楽なんじゃないでしょうか。
地域メディアということは、RKBのように地元制作の番組で頑張らねばなりません。大変です。手間もお金もかかります。その上、視聴率がとれるとは限りません。キー局の番組をそのまま流した方が視聴率はとれるかもしれない。あるいは過去にヒットした番組でも安く購入して流した方がいいのかも。でもそれだと地域メディアとは言えません。ケーブルテレビの再送信と大してちがわない。
旧友は言います。地元制作の番組は重要だ、なぜならば地元スポンサーの信頼が得られるからだ。そう言われて、ハッとしました。『チャンネルはそのまま』のHHTVと蝦夷屋デパートの関係そのままです。
地元の信頼。それこそが、ローカル局が地域メディアになれるかどうかの尺度です。視聴率ではないのです。もちろん視聴率のように測定はできません。強いて言えば、蝦夷屋デパートのように「ありがとう」と何度言ってもらえるか、なのでしょう。
地域メディアが持つべき地元の信頼は、スポンサーだけではないでしょう。みんなです。地元に住むみんなからの信頼を得なければ地域メディアとは言えない。でもそれが得られれば、視聴率の何倍も価値あるものが持てるはずなのです。そうすれば、CM枠がセールスできなくてもいい。いや、信頼があればCM枠も売れるはずなのです。
地域メディアであろう、というのは、考えてみると当たり前のことです。だってテレビとは、いやメディアとは、コミュニティのために存在するものなのです。
メディアについてぼくたちは長い間勘違いしていたかもしれません。表現者という特別な立場にある者が、コンテンツを普通の人びとに送りとどける。それがメディアというもの。そんな解釈はもう通用しません。もはや普通の人びとが、驚くような感性と才能でいとも簡単にコンテンツを産み出すことをぼくたちは知っています。
それでもなお、メディアとそこで働く人たちに使命があるとしたら、コミュニティのために伝えるべきことを探してきちんと伝えることです。その中に表現が盛り込まれるにせよ、その表現が熟練と能力で産み出されるにせよ、特権的な立場としてではなく、人びとへのサービスとして行うべきものなのです。そのことにやっといま、みんな気づきつつあります。
『チャンネルはそのまま!』はまだ第三巻までしか読んでません。六巻まで出ているそうなので続きを読むのが楽しみです。人間味あふれるHHTVはその後どうなるのでしょうか。バカ枠入社の主人公は何かやらかすのでしょうか。そしてひぐまテレビとの姿勢の違いはこれから、2つの局に何をもたらすのでしょうか。それは現実のローカル局の今後にも、関係するかもしれませんよ。
境 治 プロフィール
フリーランスのコピーライターとして長年活動したのち、映像製作会社ロボット経営企画室長・広告代理店ビデオプロモーション企画推進部長を経て再びフリーランスに。2011年7月に『テレビは生き残れるのか』を出版。
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