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20134/25

島森路子さんのこと―ひとつの魔法の時代の終わり

島森さんは不思議な人だったと思う。なんだか気難しいかと思うと、いきなり純粋朗らかに茶目っ気をふりまくのは「なんでやろう?」と思った。頑固でしなやか。潔癖でユルい。姉ぽくもあり、母ぽくもあり、学級委員長ぽくもあり、いろんなキャラがコロコロ入れ替わるようで全体として矛盾がない。一度会うと、忘れられない印象を残す。天然の美魔女なのかもしれない。ご本人曰く「AB型だから」だそうな。

2011年、NYで石岡瑛子さんにお目にかかったとき、島森さんのこと大変案じておられた(2008年の北京でも)。島森さんは石岡さんの仕事や生き方にインスパイアされて広告に本格的に興味を持ったらしく、大学の卒業論文もそういったテーマだったと聞いている。

こんな感じでとめどなく思い出されることはある。土曜の夜、島森さんがTBS「ブロードキャスター」に出演しているときは、みんなでブロキャスを観ていた。テレビに出ていると、さっきまでなんだかんだ一緒に作業していた人が、なんだか華やかでスゴい人のように思えた。それはテレビの魔法というものかもしれない。

働き始めてからの最初の4年間という貴重な時間、島森さんから教わったことは多い。しかし、それは長い時間ではなかった。私の在籍中の後半4年は不在だった。雑誌が最終コーナーを走っていた頃のスタッフには、島森さんに会ったことがない人も多い。

その4年間は、周りのスタッフたちと見よう見まねの“広告批評”を続けていた。「島森編集長ならどうするか?」を考えながら。その試行錯誤というか格闘の中で自分なりに得たものは大きい。僭越ながら島森編集長の気持ちがわかった部分もある。それはもはや「広告批評」というよりも、その名前を借りた実験だったのだが、そこには別の世界が広がっていた。

島森さんは口癖のように「広告が面白くなくなった」と嘆いていたし、何度もそう書いていた。マジカルで素敵な時代を現役編集者として知らない私が言う資格はないが、確かに比較すればそうなのだろう。

しかし、実は見ている風景が私などとは少し違った気もする。時代はどんどん変わって行った。アウトプットはもちろんワークフローにしてからそうで、2005年以降、依頼やデータのやり取りにFAXを用いることは減っていった。

試験的にブログもやってみたし、発売号の評判を他人のブログでリサーチするようにもなった。Youtubeが知れ渡ってからは、評判がよかった海外CMのおまけCD-ROMの価値が下がった。広告は、(もし見たい人がいるならば)見たいときに見られるものになり、それを紙に印刷、紹介することの意義は薄れた。広告学校に通うタイプの学生たちは、ニコニコ動画に熱中するようになっていた。

広告の面白さ自体も、見た目の美しさや内容の愉快さではなく、行為としてのダイナミズムや技術を用いたインタラクティブなワーク機能に移行したように感じる。つまり広告(メディア)と現代社会との接点がドラスティックにチェンジしたのである。古い魔法は効きにくくなってしまったし、かつてのクリエイティブの魔法使いたちは元気がないように私には思える。

つまり、メディアというよりもネットワークの世界で刺激的な動きがあり、そちらに目を向ければ面白いのだが、もはやこれらは「広告」とは呼べないかもしれず、雑誌というパッケージでカバーしうることでもない。なので私は、紙の「広告批評」は終えたほうがよいと思った。比喩として言うが、広告を“骨董”のように愛しむようになってしまうと、同時代の批評は成立しないからだ。

島森さんがその動きをどう思ったか知りたいが、もう永遠にわからない。やれることはやったとしか言いようがない。コワくて直接確認する勇気は持てなかった。しかし、「“いま”とはどんな時代なのか?」ということを口癖のようにおっしゃっていたので、これはひとつのアンサーでもある。だから本当の本当は“それ”は終わっていないのだ。

冒頭にも書いたが、最後にお目にかかったのは2006年の夏前と記憶している。特集の進行状況などをご報告した。「なぜこのタイミングでスタッフがごっそり辞めるのか?」についての話もあった。それは私(河尻)が原因ということになっていたし、まるで身に覚えがないわけではないが、あの状況を考えると致し方ない面もある。「あなたは仕事を一人でし過ぎる」とも言った。確かにそうだ。反省している。でも、それを言うなら島森さんだって……。

そして、それまでも何度か言われていたことだが、「あなたがこうなるとは思わなかった」とまた言われた。「仕事が楽しくて楽しくてしようがないでしょ?」「はい」というのが最後の会話だ。“こうなる”の意味はわかるようでわからないが、笑顔だったのでうれしかった。

仕事だけを通じてつながっていたし、病の性質のこともある。色んな経緯もあるので、その後はお目にかからないほうがいいと思った。お疲れさまでしたという言葉と、ただ感謝する気持ちだけが残った。

自宅にいま、島森さんがずっと使っていたハーマンミラーのイスがある。“編集長仕様”のチェアだ。それを初めて見てから13年たった。それまではそんなオシャレなイス見たことなかったのでビックリした。いまも時折、このイスに座って考えている。新しいコミュニケーション、僕たちの時代の魔法について。

 

★プロフィール
河尻亨一(元「広告批評」編集長/銀河ライター主宰/東北芸工大客員教授/HAKUHODO DESIGN)
1974 年生まれ、大阪市出身。早稲田大学政治経済学部卒業。雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心にファッションや映画、写真、漫画、ウェブ、デザイン、エコ など多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する様々な特集企画を手がけ、約700人に及ぶ世界のクリエイター、タレントにインタビューする。現 在は雑誌・書籍・ウェブサイトの編集執筆から、企業の戦略立案およびコンテンツの企画・制作まで、「編集」「ジャーナリズム」「広告」の垣根を超えた活動 を行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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